四〇年ぶりの元サッカー少年たちよ!(6)
江崎さんが意味深なことを言うと、試合後半戦の笛が鳴った。
ボールはマウントス側からのスタート。
『慶人直伝の現代サッカーで、旧式どもに地獄を見せてやる』
先ほどの意気込みに反して、マウントスの攻め手にそれほど変わりはない。
相手チームは、末さんいわく【さきイカ】なる異名を持つボランチの立浪英太さん(五十二歳)が中盤の軸にいて、ボールを両サイドに振り、サイドアタックを起点にFWにつなぐ戦術に映る。連携の流れはシンプルだけど、ここではスタミナがそのまま戦術の幅につながりそうだから、割りきった単純さは強みでもある。
【さきイカ】さんがボールをつなぐ先は、トップ下のMFを務める【東北の魔術】殿方・ロバルト・祐二さん(五十八歳)。序盤はミスも多かった足元は、徐々にこなれてきて、私から見ても「おー」っと思うくらいインサイド、アウトサイドを器用に使いこなし、ボールを両足に吸いつかせはじめた。
そしてロバルトさんが左右に振り、そこからラストを務めるのが、キャプテンでFWの【渕山砲】江崎勇さん(五十八歳)。当時は異名通りの大砲シュートが強烈だったらしいが、今のところはまだ空回り気味のご様子。
前半戦のシュートに関しては、四季川や通行人への暴球を防ぐために張ってある、野っ原の左右前後の防球ネットを開発するにとどまっていた。
(それでも、攻めのビルドアップはちゃんとできてるよね~)
一方で、私が応援すべきブリッジスはというと。
「ガッハッハ! やっちまったわい!」
ボランチの郷里さんは、昔日の理想を再現したいのかミス多め。
「オエエェ……」
「オエッ……」
「オエエエェ……」
服部さん、兼島さん、八木原さんのMF陣は、再開直後ですでに死に体。
「末ぇ、もっと走れ走れ!」
「末ぇ、若手なんだから走れ!」
「……走れ、末」
「ちょっとお!? 十塚さんはまだしもサンダーブラザーズは一個上でしょうが!」
疲れからか。最年少の五十二歳、左SBの末さんに負担を強いる。
「さて、コーチングはしようがないな」
GK最上さんは体力的には楽そうだけど、GKにはGKの定めと重圧。
「ゴラァ茜っ! 切り込むのが早すぎだっ!」
「じゃかぁしい! 昔だったら合わせてたじゃねえか大悟っ!」
頼みのツートップも、理想のビジョンは再現できなさそうで。
「ハァー。どーしよーもな。こんな試合、見てると目が腐るってやつですよ」
「まあまあまあ」
ノノちゃんの機嫌も加速度的に悪くなる。なぜ私がゴキゲン取りを?
しかし、マウントスがボールをこぼしたとき、彼女の目が見開いた。
「……プレッシングだ。あの人たち、守備をハイプレスに切り替えましたよ」
「え?」ノノちゃんが口にしたことは、次第に分かりやすく形になった。
ブリッジス側にボールが渡ったのを見て、マウントスは前半戦のようにラインを下げて仕切り直すのではなく、周囲の複数人でボールに迫りはじめた。
それは単にボールホルダーに当たるだけでなく、それぞれが周囲のパスコースをふさぎ、こぼれ球を拾える位置に展開し、網目を形成するような動き。
「なんだあこいつら! まさかゾーンディフェンスか!?」
間違ってはいないけれど、近年ではその言葉では聞かなくなった。
攻守をターンのように切り替えるのではなく、攻めるように守る動き。
お父さんたちの時代にも違う名であったそれが、理論的に磨かれたもの。
二〇一〇年代から先の現代サッカーを席巻した「ゲーゲンプレッシング」。
「ご愁傷さま。これブリッジス、負けますよ」
つまらなそうなノノちゃんの不吉な宣言は、バッチリ当たってしまった。
ここまでのドタバタしたオジさんサッカーとは一変し、マウントスが生きた連携を見せはじめた。プレス戦術は運動量が増えることでスタミナに直撃するし、寄りも早くはないし、体のキレも目に見えてよくなったわけではないけれど。
しっかりと練習して備えてきたのか。ちゃんと形になっている。
無防備で、無作為で、戦術なんてものを準備していないブリッジスには。
「ぐっ、なんだと!?」
「横パスのラインはもうないぞ、【大船頭コンビ】よ!」
攻め上がったお父さんから、千藤さんに渡すコースがない。
「おお!? くわあ!」
「ぬるいな服部さん! さすが【ノー・トリック】だ!」
トップ下の服部さんは三人に囲まれ、ボールをあっさり奪われる。
急なプレッシングにより、次々とボールを奪われるブリッジスの面々。
ただただ数人で押し寄せるだけの流れではなく、ちゃんと理を兼ねている。
同時に攻守の切り替えが高速化したことで、ゲームテンポも急激に変化。
ブリッジスの選手たちは、途端にゲームの流れについていけなくなり。
そして――。
「見てろ、千藤! あのころは渕山の麓が精いっぱいだったがな――」
「くっ……!」GK最上さんと、FW江崎さんの一対一。
「五十八歳の【渕山砲】は、渕山の頂まで届くぞッ!!!」
開けたゴール前から、江崎さんが勢いあるシュートを放つと。
縄のようなゴールネットを突き破り、審判がゴールを宣言した。
しかも、それでもなお試合は続き。ゴール。ゴール。ゴール。
有機的な守備からの継続的な攻めにより、点差が一方的に積み重なる。
戦術のないサッカーと、戦術のあるサッカーの戦い。
片方のチームにしか見どころのなかった後半戦三十分は、終わってみれば。
「1-4か。おい【大船頭コンビ】。おまえら、生まれてボールを何千回蹴った?」
「ハァハァ、な、なんだとゴラァ、このやろう……」
ニヤリ、を飛び越してニチャリと笑った江崎さんが。
「俺は八千万回だ。今後は二度と、俺への上から発言を控えることだな」
「ゼェゼェ、え、江崎のくせに、調子に乗りやがって……!」
「かーっかっか! あの日のインハイでの屈辱、ようやく返してやったぜ!」
剛気に笑って、周囲に上下関係を見せつける。
うん。当人たちにはね、それぞれのプライドがかかっていて、いろいろ因縁もあるんだろうけれど。失礼な話、なんともほほ笑ましいイチャイチャである。
私の目には、年のいった男子たちによる青春の一幕にしか映らない。
まあさ、結果は残念でも、お父さんたちはまともに練習してないしさ。
それに仕方ないよ。運動不足なオジさんなんだし。
「あーあ、つまんなかったー。瞬くぅん、早くデートいきましょーよぉー」
「は? ヤノノノ、おまえとはなんも約束してねえだろうが」
「えぇー! 瞬くんってばひっどぉーい!」
わざとらしいプンスカ。めげない子だ。
「つーか紗友、俺このまま練習いくわ。悪いけど、親父たちの面倒頼む」
「うん分かった。がんばってね~」
今の瞬にはオジさんたちより、慶人くんとの決戦のほうが重要なのだ。
「あーあ、瞬くん行っちゃった……んじゃ、私も帰るんで」
「あ、うん。ばいば~い、ノノちゃ~ん」
「フンッ!」
明るい髪とデート服を翻して、ノノちゃんがササッと帰っていく。
お目当ての瞬がいないのなら、私といても気まずいだけなのだろう。
試合が終わって十五分ほどしたあと、意気揚々と勝利を喜んでいたマウントスの皆さんと、「ごめんね紗友、うちの父親が大人げなくて……」と申し訳なさそうな慶人くんを笑顔で見送り、野っ原には私とブリッジスの十一人が残された。
土手には観客が誰一人おらず、こちらも見ずに愛犬を散歩させている十塚さんの奥さんが「やーね! 旦那にバカさせる代わりに旅行をね――」と、家庭で勝ち取ったなんらかの権利をワイヤレスで通話している姿だけが見える。
当の本人、コンビニ「トロリーマート」店長の十塚さんは顔を伏せていた。
「まあまあまあ。みんなお疲れさま。カッコよかったよ~……前半戦は~」
気落ちしたオジさんたちを励ますのは、若き監督の役目だろう。
けれどもだ。
「……くっそぅ」
「……もっと練習しとけばなあ」
「……わっぱどもめが、次はいわしたる!」
「……普段からしっかり運動しとくべきだったな」
あまり益にならなそうな怨嗟をふつふつと湧かせている。
「まあまあまあ……まあ」
この年齢になっても、練習していない言い訳をできても、彼らは男子なのだ。
この日、ウチのお店での反省会は、珍しく物静かなお通夜みたいだった。