四〇年ぶりの元サッカー少年たちよ!(4)
「みなさ~ん、準備はいいですか~?」
「ゴラァ! おまえらの監督が言ってっぞ! さっさと支度しろや!」
「こっちは問題ねえぜ、紗友ちゃん監督!」
「ガッハッハ!」
「問題ないでーす……うちのカミさんがお怒りなこと以外は」
「……うちも」
「……ワイも」
「……自分も」
「……ああ」
急にしおれる一部オジさんたち。
「まあまあまあ」所帯じみたオジさんたちの哀愁を慰める。
まあ、私的には奥さん方のほうも味方だから、中立なんだけどさ。
六十歳前後のオジさんたちが居酒屋おおふねの前に集まった、日曜日の午前。
先週のちょっとしたイザコザをきっかけに、なぜか本気の試合? をすることになってしまったのは、はてさて、いいことなのやら悪いことなのやら。
どちらにせよ、まあ。
「じゃあ行きますよ~」
「「「「「 おうっ! 」」」」」
とにもかくにも、旧四季橋商店街「ブリッジス」の初試合だ。
飲み物や冷却スプレーを詰めたリュックを背負い、先頭を歩く。
人通りの少ない旧四季橋商店街では、顔なじみが怪訝に見てくる。
すでにうわさを聞きつけている人は、笑いながら手を振ってくれた。
「瞬も見にくるなんて、ちょっと意外だね」
「一応な。俺的にはヤノノノがいんのがよく分かんねえんだけど」
チラッと、横目を振った瞬の右腕には。
「キャハッ! だってだってぇ、瞬くぅんがいくってゆーからぁー」
ハイカラーなグラデ髪をかっちりキメている、後輩女子ノノちゃん。
両腕はまるで恋人のように絡ませている。瞬、当たってる当たってるよ。
「ノノちゃんと一緒にサッカー見にいく? のは久しぶりだね~」
「フンッ。べっつにー。私は瞬くんといるだけで、先輩は関係ないですしー」
今もカワイイけれど、昔はもうちょっとカワイイ後輩だったのだが。
「あっはは、そっか。まあそれでもね~」
「言わせとけ紗友。つーか離れろヤノノノ」
「フンッ!」言われても離れないノノちゃん強し。
監督としての適切な服装が分からなかったので、今日は青と白で色分けされているジャージ姿だ。瞬は普段着で、飾り気のない白シャツに黒スラックス。
対してノノちゃんは、鎖骨と肩を大胆にさらけだす薄紫のショルダーネックに、爽やか黄緑のゆったりフレアスカートを着こなしている。
うんうん、まごうことなきアンバランスな三人。
後続のオジさん十一人はというと、デザインこそ違えど、みな青系統のジャージやスポーツウェア、レプリカユニフォームを身に着けていた。それだけでも一応、スポーツ集団であることは分かるはず。なんで青なのかは「サッカーつったら青だろ!」という、お父さんたちのよく分からない信念で決まったみたい。
ゆっくりめの歩調で、のんびりめに先導しつつ、かまぼこ天井のアーケード入口を抜ける。すぐ先には土手道、その下には試合予定地の野っ原がある。
網なしの枠だけゴールは一昨日、商店街仲間のスーパー「木ノ庄」店長の服部さんが日曜大工コーナーの余り物を使って改修していた。ゴールネットに比べてかなり頑丈な縄のような太さの編み目だけど、機能的には問題ないはず。
最初に視界に入ってきたのは、川側に立てられた特大の防球ネット。
野っ原は四季川沿いだからボールの水没が問題なんだけど、昔の町内サッカーチームが資金を捻出しあって購入した防球ネットが、今も旧四季橋の橋の下で眠っていた。長らく野ざらしではあったが、普通に使えたみたい。
「ほう、あいつらか。江崎のマウントスとやらは」
お父さんの目線の先。野っ原に、赤黒ユニフォーム集団が立っている。
「赤と黒のユニフォームたあ、いかにもやられ役じゃねえか」
千藤さんのカラーイメージはそうらしいが。
「そう? 私的には強者のカラーって感じだけど~」
「紗友、察してやれ。親父世代は遺跡みたいなもんだから」
「そーですよ先輩。今どきサムライブルーで喜んじゃう世代とか、ププッ」
二〇四二年を生きる私たちは、ちょっと違うサッカー感。
ブリッジスより先に集まっていた、渕山町のサッカーチーム「マウントス」。
デザイン統一のユニフォームは、ブラックを基調にレッドの差し色。
なによりユニフォームをそろえているってだけでけっこう強そう。
「きたな、旧四季橋の旧式。ブザマをさらす覚悟はしてきたか?」
「じゃかぁしい、江崎。豆鉄砲になった【渕山砲】を笑いにきたんだよ」
気の強いストライカー同士、江崎さんと千藤さんがバチバチ。
その一方で、うちのチームの何人かは、違う相手に顔色を曇らせている。
「のう最上。ありゃもしや、渕山高の【三角終点】どもか?」
「郷里さんと私の中間世代なので記憶は薄いですが、おそらくそうかと」
郷里さんくらいお年をめした、三枚のDFラインを警戒する人たち。
「わっ、ロバルトも一緒なんだね。久しぶり」
「オオゥ、ハットーリさん! オヒサシュウでございまーす!」
東北なまりのトップ下は、お父さんや江崎さんたちの同期みたい。
「もしかして、あなた、あの【さきイカ】さんですか?」
「……やめてくれよ、末さん。ええはい、あのときの【さきイカ】ですよ」
なにやら、思い出話を噛むと味が出そうな人もいる。
なんだか試合というより「あのころ戦った相手は今?」みたいな。オジさんたちの同窓会的な香りがしてきた。他方で、私たちにも同じような相手はいて。
「紗友に瞬、それと……もしかしてヤノノノちゃん? 珍しい面子だね」
「あ、慶人くん。お久しぶり~」
黒Tシャツにジーンズというシンプルさ。でも見れちゃうイケメン。
江崎さんの息子で、私たちの中学の同窓。江崎慶人くんがやってきた。
「慶人、この時期にオヤジチームの監督なんざ、ずいぶんと余裕なんだな」
「みんなの初試合だしね。それに、観戦にきてる瞬も同じことだよね?」
「俺はいいんだよ、見てるだけだから」
「ハハッ、変なへりくつ」
身長172センチの瞬。対して指一本分は背が高い慶人くん。キリッとした黒髪ショートとフワッとした茶髪ショートの対比は、高校サッカー好きの女子が黄色い声をあげそうな見目のよさ。まあ、どっちも女子より蹴球っぽいけれど。
瞬と慶人くんは小学生から中学生まで、あと二人の仲のよかったサッカー仲間を加えた親友グループの連携により【四人デルタ】と呼ばれていた。
名称の由縁は、ワントップの瞬、トップ下の慶人くん、MFのアンカー、偽SBの四人を線で結ぶと、常に有機的な三角形を形成していたから……らしい。
というのも私は中学以降、瞬たち男子サッカーもぜんぜん見なくなったからね。教室での遠めな会話がすこし耳に入ってきたくらいで、知識が薄いのだ。
「僕も今は見てるだけ。名義だけの監督だから、勝ち負けもどうでもいいしね」
「気楽だな。自分は自信あるからって?」
「いや、実力があるんだ」
「――言ってろ。後悔させてやるよ、今年のインターハイ地区予選で」
「――それはこっちのセリフだよ瞬。今年も県大会には僕らがいく」
二人は近年、四季川を隔てた四季橋高校と渕山高校とに分かれ、通年の高校サッカー大会でしのぎを削ってきた。でも昨年のインターハイも選手権も、勝ったのは慶人くんたち渕山高で、四季高は瞬の入学以降、一回も勝てていない。
ヘタに刺激しては悪い、男子たちのプライドもバチバチ。
それもまあ、分かるんだけどさ。今日のところはねえ。
「二人とも戦うのは来月だったっけ? 今日はまずお父さんたちだよ~」
「……へいへい。分かってる」
「そうだったね、ごめん紗友」
ニコッと、慶人くんが柔らかに笑った。
さすが当時、瞬よりも女子人気が高かったヤサメンである。
「紗友も、そっか。サッカーチームの監督をやるんだ」
「いやあ、慶人くんが同年代だからって、あてがわれただけ~」
「それでもうれしいよ。それに……ヤノノノちゃんも一緒だなんて」
ピカピカでフワフワなスマイルが、ノノちゃんをロックオンするが。
「ハァー? 私は関係ないですしぃ! 瞬くんといるだけですしぃ!」
残念、まるで効かず。すっごくイヤそうなお顔。
「そうなんだ。でも懐かしいよね、昔みたいで」
「だぁーかーらー、私は関係ないんですけどぉーーーっ!!!」
難しいお年ごろの女子がうなっていると、そろそろ試合がはじまりそうだった。お父さんからも「紗友、そろそろはじめる」と一声かけられる。
どちらも相手を驚かすためか、アップは事前に済ませてきた形だ。
慶人くんが手を振りながらマウントス側に戻っていく。よくよく見れば、向こうには十一人以上、控えらしきオジさんも数名いる。
そして今日は控えの人たちが審判をしてくれるらしく、フィールドプレイヤーしか集めてこなかった初心者監督としては、ただただ恐縮するばかり。
野っ原の土手道には数人ほどの観客。散歩途中でこちらを眺めている。
久しぶりだろうしね。商店街の人が、この場所で、サッカーするのなんて。
『それじゃブリッジス対マウントスの試合をはじめます……キックオフ!』
ピーッ! 砂地の野っ原に、赤いホイッスルの音が響いた。