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そして宇宙に描いた

「は~い、手羽元の黒酢煮込み、おまちどうで~す」

「サンキュー、紗友ちゃん!」

「うまそー!」

「あらあ、ありがとう十塚ちゃん。じゃんじゃん食べてね~」


 旧四季橋商店街チーム「ブリッジス」と渕山町後援会「マウントス」によるプレミアムシルバーマッチは、千藤さんが三点目を追加したのち、残り時間四分で選手交代してきた相手にも反撃を許さず、ブリッジスの逆転勝利で幕を下ろした。


 といっても、最後の数分はもはや試合の行く末のハラハラより、ピッチにいるほとんどのオジさん選手たちが呼吸も絶え絶えなゾンビ姿でのっそりのっそりと歩くだけに終始していて、見ている人たちは別の意味でドキドキだった。

 最後まで元気だったのは、元気に転がるボールくんくらいなもの。


 それに催し自体、観客数はまるで大したことなく、おまけに雨も降ってきたせいで、それぞれの地元で数日ほど語られればいいねってな結果に。

 そのあとのFリーグ五十周年選手たちのトークイベントには数倍のお客が入ったようだけど、満席にはほど遠く、オジさんたちも死屍累々のため欠席と。


 試合終了から控え室で二時間ほど死体同然に休んだあと、私たちはそれぞれの家族の運転でここ旧四季橋商店街に戻り、お昼休みを取った。

 しかし現金なもので、地元に帰って急に元気になったオジさんたちは調子に乗り、日暮れ前の今しがた、さっそく居酒屋おおふねで祝勝会を開いた。


「しっかしよう茜、江崎の最後のあの憎たらしそうな顔、忘れられんな!」

「ったりめえだ大悟、ザマミロってんだ! 酒がうめえ!」

 お父さんはお母さんの懇意により、今日も飲み側で参加中。

 老体に鞭打つつもりは私もないけれど、お母さんってばほとほと甘い。


 まあ、私もケガ人ですので? お手伝いできないから座ってるだけだけど。

 それを見越して、あらかじめ大皿料理を大量に用意していたお母さんすごい。


「ガッハッハ! 見さらしたか小娘! ワシの華麗なテクをよう!」

「はいはい、悪くはなかったですよ」

「ガッハッハ! じゃろうじゃろう! そうじゃろう!」

「でも、作戦なしにあれは自殺行為です。私の観点では最っ悪の部類です」

「な、なんじゃと小娘がっ!」

 ビールジョッキ片手に、いい気になっていた郷里さんがいきり立つも。


「ボランチが最前線まで詰めるのは、攻撃的なフットボールの姿勢としては支持しますが、郷里さん、あのとき周りにポジションの埋め合わせを頼みましたかぁ? してませんよねぇ? 自分勝手に飛び出ただけですよねぇ? あそこで攻めを失敗してカウンターされてたら残りはDFだけだったんですよぉ? 中盤ガラ空きでアンカーのいないディフェンスラインじゃ抱えるリスクが大きいんですよぉ? そこをあなたどう思ってたんですかぁ? 点入れればいいと思ってたんですかぁ?」


 とってもネチっこい、コーチからのネチネチ返しが飛ぶ。


「じゃ、じゃが、結果的に点を入れたんじゃ! 文句ないじゃろうが!」

 仮に、私が言われてもそう返事しそうだったけれど。

 ここで郷里さんが犠牲のモデルケースになってくれてよかった。


「そうですか。結果だけを求めるなら、郷里さんが得点を入れたのは結果ですね。でも、郷里さんがDFとMFの中間役たるアンカーの役割をリターンの確約なしに捨てたというのも、また結果ですよね? それはどちらも同じ、郷里さんの言う結果です。私のフットボールをやる以上、今度から私の作戦や許可なしにやったら許しませんから。ブリッジスはフィロソフィとディシプリンがプレーを規範する組織的サッカーを目指しますので、みなさんの技は今後すべて事前に提示させます」


 とーってもネチっこい、コーチからのネチネチネチ迎撃。

 私も二度と、同じようなことをノノちゃんに言わないようにしよう。


「ぐ、ぐんぬぅ! 風呂だのプリンだのよう分からんことをっ!」

 哲学と規律、って言ってあげれば簡単なのにね。


 一方で、最初は勝利に浮かれてばかりだったオジさんたちも、時間が経つにつれて、話のトーンの真剣味を増していった。

 今日の試合は、オジさんたちの思い出サッカーとしてみたら楽しいイベントだったのだろうけれど。今となっては先も考えてしまうのか。


「服部よう、最後の攻めはさすがに時間使いすぎだろ」

「ドリブル後にあんだけ簡単に背をさらすなよな、ダッセェ」

「ちょ、ちょっと! あそこは僕が【三角終点】を引きつけたからああなって」

「私はGKだから試合中は感じづらいが、やはり全員スタミナがなさすぎるな」

「つっても、ワイらの体力トレーニングには限界あるやろ」

「先に練習してたマウントスでもあれじゃ、なあ?」

「ワタシらオッサンには、スタミナの底に限界があるのかもしれないわねえ」

「そうだ、あの、ゲロゲロプレスだったか? おいらたちもやろうぜ」

「……ゲーゲンだ」

「それにスローインもさあ、十塚さんさあ、あれ肩ガックガクだったでしょ」

「ああん!? スーパー屋のくせに手前にケチつけてんのかコラ!」

「ですから、郷里さんはもっと考えて動いてもらって、うんぬんかんぬん」

「ぐ、ぐんぬぅ……なぜワシだけ小娘に説教されなあかんだ……」

「それに千藤よう、ディフェンス意識はいいが、もっと受けにこいよな」

「大船もだ。手前ら『もらい』にはくるが『受け』にはこんよなあ」

「そ、それはまあ、今後の課題っつーことで……」

「きょ、今日はたまたまだ、たまたま……」

「結局、自分たちはこれからもサッカーしちゃいそうですね」

「あったぼうよ! ブリッジスはこれからだぜ!」

「さっきのFリーグ五十周年ので、またなにかやるらしいしな」

「ジジイリーグ発足とか? ついにワタシ、プロになっちゃうのねー!」

「八木原はそれでいいだろうよ。もうルビーナの実権もねえ隠居ジジイだし」

「おいらん家の電気屋、いつまでできるかなあ……」

「おい大サンダー。その路線の話は暗くなるしかないからやめろ」

「そうだぞ。俺らにはミラクルサユがついてんだ、安心しろ」

「ほんと、紗友ちゃんがまたサッカーだなんて……」

「しかもワイらの監督に……」

「あの紗友ちゃんが……」

「ミラクルサユ……」

「……ううう、おいら泣けてくる」

「……泣く」

「えがっだなあ! ほんとえがっだなあ!」

「よおおし! おまえら祝勝会は終わりで、紗友ちゃんお帰り会のはじまりだ!」

「おおー!!!」

「飲むぞー!!!」

「飲まなきゃやってらんねえぜ、こんな幸福感じゃよう!」

「んなの幸腹亭ならいつでも味わわせてやんよ!」

「おまえんとこ脂っこいんだよブタが!」


 急に変な慈しみムードになって居心地が悪い。すんません、あれな子で。

 しっかし体は確実に疲労しているだろうに、ほんとみんな元気である。


 そんなふうに私も飲みの末席で、お母さんのいろいろきんぴらリメイクと、昨晩の残り物の金目鯛の湯霜作りのお刺身を緑茶で流していると、郷里さんがグッタリして根負けするまで散々言い負かして気持ちよくなったであろうノノちゃんが、私の目の前の席まで移動した。相変わらず茶髪とハイカラーのグラデ髪が、このお店どころかこの町にも不釣り合いな美少女オーラをキラキラに発している。


「サユちゃん、私との約束……ちゃんと覚えてますよね?」

「え、なにそれ」

 なんかこう、すっごい真剣な眼差しで言われてドキッとした。

 が、私にはなんのことか思い当たることがなく。


「えっと~、もしや小さいころに結婚しよって約束したとか、的なやつ?」

「違いますよバカ! コーチやったら、ゆ、ゆゆゆ、遊園地いくって話ぃ!」

「あ~、それねそれ。えっと、瞬に頼めばいいんだっけ」

 記憶違いでなければ、そういう話だったはずだが。


「ハァー!? なんで瞬くんと行かなくちゃなんないんです!? バカなんですか!? サユちゃんとに決まってるでしょ! 頭悪いんじゃないんですか、フンッ!」


「え~……ま、まあいいけど、うん」

 約束自体はやぶさかではないのだが、いかんせん腑に落ちない。


 まあまあ、まあ。ノノちゃんともこうしてまた普通に喋れるようになったのも、よく考えれば今日からの話だからね。五年経ってずいぶんとまあ大変化したかわゆい後輩の取り扱いは、あらためて私なりに考えていけばいっか。


「ありゃ、大悟。そういや神棚のボールがねえぞ」

「ん……ああ、そういや昨晩、野っ原に置いてきちまったかもな」

 耳に入ってきたお父さんたちの会話で、ピンと来た。

「あ、ごめ~ん! 私が置いてっちゃったんだ! 取りにいってくるね!」

 自分のボールをほったらかしたことに気付き、いそいそ松葉杖を手に取る。


「ちょ、おバカ! サユちゃんは座っててくださいよ! 私がいきます!」

 ノノちゃんに止められ。

「そうだ、紗友は座ってろ」

 お父さんに止められ。


「なら、ここは前半戦でポカした末。おまえ行け」

「いやちょっと! あれは小サンダー先輩が無理にブロック入ったからで!」

「ポカと言えば、十塚さんのフラインガーは戦犯ものでしたね」

「オオラァァア! スーパー『木ノ庄』! ぶっ飛ばされてえのか!」

 変な飛び火で罰ゲーム化しはじめてしまったころ。


 ガラガラ。「紗友いるか」。お店にジャージ姿の瞬が入ってきた。

 ランニングでもしていたのか、額にちょっとの汗が垂れている。


「あん? 瞬か。どうした。まさか紗友ちゃんをデートにでも連れてくのか?」

「殴るぞ親父。おふろくが紗友の足を見たいから、いるか確認してこいって」

 額の汗を手で拭ってから、チラリとこちらを見る。


「あとでのほうがいいか?」

「ううん、だいじょ~……あ、じゃあ紀子さんに悪いから、私が瞬の家いくよ」

「いや、いいから」

「てゆうかね、野っ原にボール忘れちゃってね。ついでに一緒に来てよ」


 自らの尻拭いをするにはいい口実を得たと思い、松葉杖を使って動かない右足を持ち上げる。お父さんたちにも瞬にも「よせよせ」と止められる。


 でも、さっきまでは完全に忘れていたのに、思い出した途端、ちょっぴりの恥ずかしさと、自分で拾いにいきたいというキュッとした感情に胸を支配されて、意見を押しとおした。昨日までの自分を、中身だけすこしずつ腐っていた大船紗友を、もう死んでしまったと思っていたミラクルサユを、ちゃんと自分の手で拾ってあげにいきたいって思った。そういう気恥ずかしい理由こそ、口にはせずに。


 あきれ顔になりつつ、瞬は私を居酒屋おおふねの外に導いた。お母さんと千藤さんがにこやかな反面、お父さんとノノちゃんはやたら苦々しい顔だった。


「商店街の地面、ゴツゴツしてるから杖突く場所は気をつけろよ」

「ふっふ~ん、勝手知ったるもんで~す」

「そこ、マンホールも滑りやすいから気をつけろ」

「もお、お母さんかよ~」

「それに近いんだよ」


 外はすでに夕日が落ちていて、町を照らすのは街灯だけになっていた。

 でも、茶色で温かい旧四季橋商店街のアーケード街の照明。大好き。


 瞬は私のゆっくりな歩幅に合わせて、早くもなく、遅くもない足取りで隣を歩いた。私が転びそうになったらきっと、すぐに手を差し出して助けてくるに違いない。そんな事態は今までもなかったけれど、そうだって信じられる。


「そういえば、慶人くんとなにか約束してたんでしょ~」

「ああ、まあ、さっきの試合の勝ち負けでな」

「そうなんだ。どうなったの」

「……勝った側が先に言うだの、慶人らしい、どうでもいい、そんなことだよ」

 サラサラに伸びた黒髪をかき上げて、そっぽを向いてしまう。

「そんなことですかい」

「そんなことですよ……俺らにはまあ、死活問題だろうけど」


 瞬と慶人くんは数日後、地域のインターハイ予選でぶつかる。二人ともサッカーとひたむきに向き合っているし、それぞれの視点でお互いを意識しているだろうし。勝った負けたの重みは、当人たちにしか分からないこともあるはず。


 つまり、男の子の戦いなのだ。この紗友さんにはサッパリお見通し。

 まったくもって、実に考えを読みやすい友人たちである。


「紗友さ、その足でマジでサッカーする気?」

「もっっっちろん、ですが?」

「……俺はブリッジスの監督を続けて、って言ったつもりだったんけどな」

「まあ左で蹴っても、踏ん張ったり振動だったりで右もちょっちキツいけど」

 左足オンリーサッカーも、右足が壊れたあとにとっくに経験済み。


「で、監督のほうもちゃんと続けるんだよな」

「そのつもり」

「じゃあさ、四十年経ったら、俺もブリッジスに入れてくれよ」

「……んん?」

 なんだ? 急に変なこと言い出したぞ。


「え~。だとすると私、四十年後も監督やってないといけないの~?」

「そんときゃ、親父たちみんなポックリいってるか」

 カラカラと不謹慎に笑う瞬に、ちょっとだけ安心もする。


 彼には今朝からブリッジスの試合が終わるまで、個人的に超絶迷惑をかけてしまった。最近はインハイに向けての緊張感を高めていただろうに。

 そんな気持ちから反省の弁でも述べようと思ったら、逆に言われた。


「紗友の前で言うのは苦しいんだけどさ。俺は十年後はまだしも、二十年後までサッカーをやってる自分なんて想像してなかった。普通に考えて無理だろ。いろいろさ。でも親父たちがこうしてサッカーやり直せて、遊びと言っちゃ失礼なくらい親父たちなりの本気でやれてるの見てさ、正直感動したわ。サッカー選手ってプロだろうがそうじゃなかろうが、年齢でフィールドを降りたら二度と戻れないくらいに考えてたから。おまえが作ったチーム、もしかしたら俺たちサッカーやるやつを救ってくれるのかもしんねえな。今がダメでも、将来プロになれなくても、四十年後もサッカーできるんならって、今から感謝したいくらい本気でそう思えた」


 まっすぐ顔を向けて語られた言葉に、不覚にもジーンときてしまった。

 私は五年前から今朝まで、心の底でふてくされて、腐っていたのに。

 どれだけ、誰より好きでも、私にはもう本気のサッカーができないから。


 それがこうして、プレイヤーでもない私に感謝を告げる人がいるなんて、やたらとうれしくなってしまう。私も瞬の立場なら分かる。サッカーは若いうちにすることで、高齢者でも草サッカーや健康のためのフットボールはできても、お父さんたちみたいに、本気で戦えるスポーツのままだったとは知らなかったから。


 私はもう、世界に羽ばたく日本のなでしこを目指すことはできない。

 夢はあの日、静かに潰れた。だからずっとやりたいこともなかったのに。

 もしかしたら、世界中のサッカー少年たちの老後の救いになるかもだなんて。


 そんなこと言われたら、珍妙すぎてワクワクしてしまうじゃないか。も~!


「ぷっ、ぷぷっ。じゃあ、瞬のブリッジス加入も考えてやらんこともな~い」

「態度のデケえ監督さまじゃん」

「でも、四十年後のうちはすごいチームなので、元プロ選手以外はお断りなので」

「ぁ?」

「四十年後、私に片手で追い払われないようにちゃんと着いてきなよね」

「……たっけえハードルだなあ、紗友」


 瞬には未来がある。いずれプロになるチャンスがあるかもしれない。そのとき、ほんのちょっとだけでも、ブリッジスの存在が彼の後押しになるのなら。


 ブリッジスは正真正銘、オジさんたちの過去も、私の現在も、サッカー少年たちの未来をも救う、旧四季橋商店街に生まれた本物の奇跡になれるのかも。


「ってゆうか四十年後の前に、もうすぐのインハイを見なさいよ~」

「返す言葉もねえな」

「勝ちなよね」

「そのつもり」


 コツン、コツン。松葉杖がアスファルトを叩く音。

 そろそろ、旧四季橋商店街の入口にたどり着く。


 この先には土手があり、野っ原があり、四季川が流れおり、隣町をつなぐ旧四季橋がかかっており、その下に、私がずっと忘れてきた大船紗友のボールがある。


「うーん、四十年後か~」

「なに」

「私さあ、お店継いでるのかな。それともOLとかになっちゃってるのかな」

「はは、知らねーよ」

「それに実家から離れたら、ブリッジスの監督も続けてないかもだし」

「そんときゃ、こっちだって余裕で諦めてるって」

「だったら、将来はなるべく旧四季橋商店街から離れないように、だね」

「バカ。そこはさすがに進路を優先しろ」

「瞬も、私から四十年間離れたらブリッジス入りはナシにするかもよ?」

「……いきなりダイレクトシュートやめろ、バカ紗友が」

「なにが???」


 旧四季橋商店街のかわいらしいかまぼこ天井を抜けた先には、白い星と黒い宙のまだら模様。キレイな夜空は、不思議とサッカーボールのように見えた。


たまたま新しめのサッカー漫画を読んでみたとき

「あれなんか、昔のと用語とか全然違くない?」と思い

生まれましたジジイレブン。


サユちゃん的な存在のモチーフは少なくないでしょうが、

意見や感想などありましたら、うれしい限りです。


なお、この物語も続きは考えておりますが、続けるのはしばらく先……みたいな。

次回もこれじゃない、新しいものに挑戦するのを優先いたします。

とはいえ、次かその次はしばらく連載してみようかなと思っていまーす。


では、また。

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