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立ち上がれ、旧四季橋の旧式よ!(7)

「郷里さんめ、魅せやがって」

「持ってかれたぜ、まったくよお」

「んで、これでいいわけあるか、茜」

「いいわけあるわけねえじゃろがい、大悟」

「だよな。点なしのフォワードなんざ、ただの死人よな」

「へっ、まったくだ……それに、狙ったかのようにきやがった」

「クックク、せっかくの晴れ舞台なのによう」

「オレらに似合いな、雨さまのお通りだ」


 後半戦。二十一分。2-2のイーブンで、試合が再開する。


 流れは確実にブリッジスに傾いた。マウントスの選手たちからは浮き足立っているかのような焦燥感が見て取れる。けれど、オジさんたち全員の体力はそろそろ限界なのか、気丈に振る舞いながらもうつむいて地面を見る者が増えた。


「やっぱり疲労は隠せないようですね。どちらも今にも息が止まりそう」

「ノノちゃ~ん、その表現リアルだからやめて~」


 これが数週間前なら、悪いと思いつつ多少なりとも小ばかにしていそうだった。でも今は違う。お父さんたちも、マウントスの人たちも、こんなにがんばっている。ただサッカーをやるだけのことが、この世代にはどれだけキツいことか。

 どれだけ、楽しいことか。だからがんばれ。みんな楽しめ。


「みんな~! がんばれ~!」

 私の声援は、片方をヒイキできていなかったかもしれない。

 そのせいとは思いたくないが、どうやらお天道さまの癇に触ったようで。


「げっ、サユちゃん! 雨が降ってきやがりました!」

 ノノちゃんが大口を開けて天を仰ぐと、ポツポツ、ポツポツポツ。


 雨脚こそ早く、強くはないけれど、れっきとした雨。朝から曇天が続いていたからさもありなんだけど、ここのきての雨試合。私たちのベンチの頭上には張り出した日差しよけが付いていて、同時に傘の役割も果たしてくれていた。

 スタジアムも外周部分と客席部分までの天井は張り出していて、各々のお母さま方がワーキャー騒いでいるものの、実害はなさそうである。


 一方で、フィールドは完全に開けていて雨が直撃。踏み鳴らされた芝生が水滴をはじき、小さく細い葉に雨粒を蓄える。こうなるととても厄介だと聞く。


「……イヤですね。スパイクじゃないぶん、トレシュだと滑りやすいですし、足元が確実に乱れます。とくにうちは控え選手がいないので、さらに危険ですよ」


 マウントスのほうは、フィールドを横切った向こう側、慶人くんの周辺に三人ほどユニフォームを着ているオジさんがいる。事実、私が到着した後半戦のタイミングで二人交代済みだったらしく、そのうえでもう一枚カードを残している。


 この試合は交代人数の制限もないらしいけれど、相手の公平さ、あるいはマウントスの人数事情に助けられつつも不利には違いない。それでもだ。


「安心してノノちゃん。雨がきたなら、絶対に勝つよ」

「ハァー?」

 雨が降って苦い顔をしているのは、江崎さんたちのほうだ。


 試合も残すところ八分。アディショナルタイムを加算しても約十分くらい。

 スコアタイになってからの流れは、マウントスが引きの姿勢を見せ続けており、自陣後方で消極的にボールを回してからの立ち上がり。いわば時間稼ぎ。


「こんなときに雨とはな……クソッ。ロバルト! ボールは絶対届けろよ!」

「分かってマースよー、江崎」


 ゲーゲンプレッシングを遂行できなくなったマウントスは、ディフェンス時にかける人数を大幅に減らし、一対一の質で勝負するポジショナルプレー……と言えば聞こえはいいが、ブリッジス側の守備と遜色ない形に落ち着いた。


 とはいうものの、ブリッジスのほうもそろそろキツそう。

 若手世代のサンダーブラザーズと末さん、体力多めな十塚さんというDF陣ですら、腰に手を当てて立っている時間が増えてきた。それが悪いとは思わない。私たちは意識を切り替えて、「疲れるから休む前提」で組み立てるのが大切。


 あらためて思う。オジさんサッカーではスタミナコントロールがロスではなく、必須のものとして組み込み、運用する必要があるのだと。

 そのうえさらに、ピッチを切り裂くオジさんの悲鳴が上がる。


「がーっ、八木原さんが抜かれた! 速攻だ!」

「ハイハイハイ! みんな落ち着く! 見苦しいわよ!」

「郷里さんフォロー! フォローして!」

「任せろい!」


 はたから見れば「同点で終わらせたい」といったスタンスに見えていたマウントスが、ここにきてゆっくりな立ち上がりから一転。

 【三角終点】を機転にした早いボールを縦に送り、ハーフエリアに持っていきつつ、今しがた八木原さんの左脇をパスで抜いた。


 ボールはあっという間に、トップ下のロバルトさんが保持。

 体力消費に伴う集中力の低下が、現役世代のプレイヤーと比べると著しいであろうこの場では、試合終盤での奇襲の危険さがグンと高まっている。


「ハイハイハイ! 慌てないのっ! DFもアンカーも五枚いますよ!」

 ノノちゃんコーチのげきが飛ぶ。ほんの少し焦っている声色。


 ロバルトさんは年齢には不釣り合いな軽やかさで、右に左にとボールを振り回しながらドリブルをした。前進のスピード感はさすがに衰えているのだろうが、足元のテクニックは普通に完璧。そのシザースは、郷里さんが予測で左に振った体の右側を鋭利に切り抜け、DFラインに続く道まで突破してきた。


 十塚さんと末さんは、サイドを駆け上がってきたMFをブロック。

 安田お兄さんはロバルトに、安田弟さんはフリーの江崎さんに向かう。


「オオゥ、サンダーブラザーズ! 雨じゃ漏電するネー!」

「残念だったな! おいらの魂は雷だが、体は絶縁体だ!」

 小粋なトークの応酬に。


「こぉら大サンダー! ワケ分からんこと言ってないで集中! 前見なさい!」

「……へい」

「……スミーマセンねー」

 現代を生きる女子高生は辛口である。


 状況は単純。ボールホルダーのロバルトさんを止めれば、相手の攻めを潰せる。逆に安田お兄さんが抜かれるか、江崎さんへのパスを通されると窮地が迫る。


 ロバルトさんは、先ほど郷里さんを抜いたときのように、全身を華麗に左右へと振りながら突破を図ってくる。安田お兄さんはそれに付き合わず、腰を半身に落としながら、視線と肌感で待ち構え、必殺の守備一閃を狙っている。


「サヨナラまたライシューですよ、ブリッジス!!!」

 敵の仕掛けは、体を右に振ったあと――両足の隙間への股抜き。

 さすが【東北の魔術】。股間殺しの精度が冴えている。


「――へんっ! そんなの雷よりもおせえっ!!!」

 でも負けない。安田お兄さんはロバルトさんの体についていきながら。

 だましのナツメグに抜かれる直前、左足を後ろにスライドしてせき止めた。


「オオゥ!? ナーンテこったねー!」

 頭を抱える大げさなリアクション。悲嘆を見せつけるロバルトさん。

 そして反撃とばかりに、安田お兄さんがボールを前に出そうとした背後から。

「いいや、よくやったロバルト!」

「うげっ! おいらのボールがっ!?」


 マンマークしていたはずの安田弟さんを振りきっていた江崎さんが足を伸ばし、安田お兄さんの背中越しに、ボールを奪い去っていった。


「おい令! なんで江崎をフリーにしてんだ!」

「……失敬」


 安田お兄さんは後ろを振り向いて、自陣ゴール前の江崎さんを追おうとするも、ロバルトさんがファールに取られない巧みさで進路に体を滑りこませ、足を止めさせてしまう。その瞬時の時間稼ぎにより、最後の守りは安田弟さんだけに。


「旧式のガキが! 渕山町の【渕山砲】をナメるなよ!」

「……っ!」


 ロバルトさんと比べると奇術のない正面突破が、安田弟さんを強引に抜いた。

 そして、ついに訪れてしまった、できれば見たくない光景のNo.1。

 自チームGKと敵チームFWの一騎打ちの構図。


「うぎゃ~!!! やめてやめて~~~!!!」

「最上ぃぃぃ!!! 絶対止めなさいよーーー!!!」

 女子高生ズの絶叫は、雨空のピッチにむなしくこだまし。


「これで終わりだ四季高の柱、最上信司っ! くらえ【渕山砲】ッッ!!!」

「あのときの一年坊なら、私の呼び名くらい知ってるだろ?」

 江崎さんの右足が、サッカーボールの中心を強烈に叩き蹴る。

 シュートコースはGKの頭上右上。完璧なライン――であるが。


「【グレートナイト】は……二度目の1v1は絶対に負けん!!!」


 最上さんは飛ばず慌てず、右腕をシュートコースに合わせる。

 そして右手でボールをパンチングし、強引に跳ね返した。


「なにぃ!? クソッ! トップには絶対渡すなよ、もう雨だ!」

 江崎さんはセカンドボールを拾いにいこうとしたが、すぐ諦めた。

 パンチされた球の軌道が、ゴールキックばりに大きかったのだ。


「おい!!! 最後の最後に根性見せろよ!!! 十一期生どもっ!!!」


 あまりに大きく跳ね飛んだGKからのパンチボールは、センターサークル付近にまで達した。それは単に最上さんの腕力が成すものではなく、江崎さんの【渕山砲】がいかに威力と速度を乗せたシュートであるかの証明だ。

 それがために、ここまでの長大なカウンター力を生んでしまった。


「OKOK! 取れるぞ!」

 マウントス側は【さきイカ】さんこと、ボランチ立浪さんが落下地点に寄る。

「僕が取る! ブリッジスは攻めろ攻めろ!」


 だがボールを獲得したのは、濡れた芝生によるバウンドの低さとそのぶんの距離減衰を堅実に予測していた、トップ下の服部さんだった。


 服部さんは跳ね飛ぶボールを足元で穏やかにトラップしてから、鮮やかでもなく、奇をてらうわけでもなく、ゆっくりと正確に体を振り向かせて、ボールを相手陣地へと運びはじめる。相手の立浪さんも食いかかるように走って追うが。


「……かはっ、ぅっ!」

 突然、足がガクつき、体もスピードに乗りきらずに振りきられる。


 疲労限界。マウントスのMF陣はたび重なるゲーゲンプレッシングのハードワークにより、すでに走ることすら難しい局面に陥っている。

 一方で、戦術を切り分けていたDF陣は読み通りか。まだ壮健なままで。


「悪いが小僧! おまえの終点はここじゃ!」

 【三角終点】の頂点、小宮さんが迫る。

「おまえ、知ってるぞ。トリックできずの【ノー・トリック】よなあ」

「……否定はしません。僕、サッカー下手ですから」

 両腕を広げて待ち構えられても、服部さんは前進を続ける。


 服部さんは小宮さんの手前までボールをドリブルで運んだが、途中で停止して、クルリと相手に背を向けるようにしてからフィールドを見渡す。


 ドリブル後に相手に背を向ける行為は、試合全体から見てもテンポを殺してしまう下策になるが、スタミナがないぶんを動きの緩急で補っていると思えば、ここにいる誰よりもオジさんサッカーの神髄に近づけていると言える。


「弱気な停止よのう! 日本人のサッカー観がよく出てるわい! ええ!?」

 小宮さんが後ろから、回り込んで横から、激しく足を出す。

 服部さんのすねに装着されたレガースが、カンカンと衝突音を鳴らす。


「さっさとよこせ! 時間がないんじゃ、このテクなしめが!」

 焦りからくる過剰な足の出し方。ファールにすら達しそうだった矢先。


「たしかに僕は【ノー・トリック】です。誇れる技術はありません――でも」

 相手がちょうど、真逆方向から絶好のチップを狙おうとした瞬間。

 ゆっくりと、服部さんが体ごと振り向いて、小宮さんの横を抜ける。


「【技術なんて必要ない(ノー・トリック)】のが、僕のサッカーだっ!!!」


 誰の目から見ても派手さはない。ただただタイミングよく、相手の動きを予測して、それに見合った動きでゆっくりかわしただけ。


 マウントスのロバルトさんのように、テクニックがあるわけではない。

 世界的なトップ下のプレイヤーのように、誇れる技術があるわけではない。


「僕に可能性がなくても、サッカーにはいつだって可能性がある!」

 高校生のころからザ・中年オジさんになるまで、堅実に懸命にやるだけ。

 それだけ諦めた自分を肯定できる彼に、仲間たちは全幅の信頼を寄せる。


「頼んだぞ、大船っ!」

 前方、右サイドに厳しく送られたボールを。

「いつものことだ、服部っ!」

 フィールを斜めに切り上がった、お父さんがトラップ。


「ぐぅ! 止めろ止めろ! 全員、大船を止めろっ!!!」

 バテバテな走りで、江崎さんが大声を張り上げる。

 続けて、マウントスのゴール前も騒がしくなる。


「この悪天候のピッチじゃ、持ってかれるぞっ!!!」

「小宮はさっさと戻れえ! きゃつらがくるぞっ!!!」

「東も駒田も! ゴール前で須藤の壁になっとけっ!!!」

 年長者の【三角終点】が一斉に指示を出すなか。


「――通るぞ、通るぞ、船が通るぞッ、ジジイどもぉッ!!!!」

 イカつい強面の偉丈夫が、般若のような半笑いで疾走をはじめた。


 濡れた芝生をものともせずに爆走する姿は、荒々しい旗艦。

 なのにボールタッチは、まるで似つかわしくないほどの繊細さ。

 白銀と呼ばれた右足にボールを吸いつかせ、相手ゴールを駆け上がる。


 お父さんは、大船大悟は、フィールドに現れる大船。足回りが悪くなる悪天候、まさに雨の日に真価を発揮する、四季高サッカー部の重量級フラッグシップ。


「どきな!」「くぅ、なんとぉ!?」

「邪魔だぜ!」「げひゃひゃ! ちとキツいわい!」


 瞬く間にゴールエリア前を荒らしきり、相手GKに対面。それでも立ち位置の角度は悪く、正面からではゴールネットを狙える隙間がほとんどない。

 ゆえに大船大悟は、旗艦を先導する船頭に、最後を託し続けてきた。


「――おい茜、【渕山砲】は渕山の頂まで届くらしいが、おまえは?」

 トスッ。まるでゴルフのパターのように、柔らかく振られた右足。

 誰にも止められぬ静けさで転がっていったボールを。


「――じゃかあしい大悟、オレのシュートは一億光年先まで届く」

 ゴールエリアの中央。飛び出していた千藤さんがダイレクトで叩き。

 ボールをキレイに、ゴールネットの中心へと運んだ。


「ぎゃあ~~~!!! やったやった~~~!!!」

「ちょっ、だからサユちゃんは立たないのーーーっ!!!!」

「ガッハッハ! デカしたぞお【大船頭コンビ】!!」


 頑強な大船大悟がピッチを割って進み、ポジションの嗅覚とゴールセンスに優れた千藤茜がラストパスを引き受ける。当時は惜しくも記録につながらなかったものの、私が小さいころから何度も何度も何度も何度も居酒屋おおふねで聞いてきた、四季高サッカー部、十一期生のダブルトップ【大船頭コンビ】。


「おいゴラァ! やっぱ俺がいねえと存在感皆無じゃねえか、茜ッ!」

「じゃかあしい! オレをうまく使えねえのがザコなんだ、大悟ッ!」

「も~、二人とも~」

 とか言いながら、私も面白くなっちゃってると。


「こらあ! まだ試合中なんですから、切り替え切り替え切り替えー!!!」

「……お、おう」

「……だ、だな」

「……ごめんなちゃい」


 これだから、ブリッジスはイイ感じなのである。


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