立ち上がれ、旧四季橋の旧式よ!(6)
「……よくやった兼島」
「やるじゃねえか兼島さん! そのデケえ腹でよお!」
「腹は余計や、千藤!」
チームの窮地を救った末さんから、同期ならではのチームワークで【三角終点】の隙間を切りぬいた安田弟さん。そして豪快な一発【ハッピー弾丸】を決めた兼島さんにより、ブリッジスのスコアは1-2に持ち直した。
できることはちゃんとやる。そのための練習をオジさんたちはしてきた。
「ハイハイハイ! 切り替える! 相手は疲れてるから、動きをよく見て!」
ゴール後、チームをベンチに集めてノノちゃんが伝達。
こういうのも監督の仕事じゃないから、私はますますマスコット。
「なにぃ? あやつらが疲れてるじゃとぉ?」
「プレッシングの反動がそろそろ出てきます。圧力が下がりますから、よく見て」
「そーゆーことね。あいつら、細かく走ってばっかでバテてきやがったのね」
「なるほど。スタミナ切れか、当たり前だったな」
得心した最上さんが、にこやかに笑うが。
「だからって油断しないでください。あなたたちも同じオジさんなんですから」
「……身も蓋もないな、コーチ」
体力に関しては、両チームでさほど差がないのである。
後半戦。約一六分。マウントス側で再開したボールが、相手陣地内で落ち着いて回される。先ほどまで優勢で高揚していたはずが、一本のシュートで断ち切られたのか。自分たちが何者であるかを思いだしたかのように肩で息をしている。
それはまさに、オジさんが疲れを思い出した瞬間というやつだ。
逆転の足がかりを作られたときというのは、往々にして意識の切り替わりも発生する。現時点では重く考えるほどではないだろうが、これが真横に並ばれた瞬間、忘れていた緊張がザザッと疲労に塗り変わる。そして生まれるのだ。
これは勝てないかもしれない、という盛り返せない気になる無力感が。
「ん~、でもお父さんたちもキツそうだね~」
「当ったり前です。むこうとは悪い意味で練習量がないんですから」
プレッシングは確実にマウントスに有利を生み、それと引き換えに体力を蝕んだが、彼らはブリッジスよりも半年ほど多く練習を積み重ねてきた。
この世代において、それが効果的で持続的なものになるのかは現状では分からないけれど、意味がないってことはない。それでもマウントスは誤算をした。
江崎さんたち、半年の練習の差があるとはいえ、年齢性差もお家事情も言い訳できない本気の試合となると、きっと今日がはじめてなのだ。
だって慶人くんは前の戦いの日、練習試合ですら初めてだと言っていたから。
ゆえに前回の教訓で、最初から全力で挑んだ結果、試合特有の重圧感からくる疲れを読み誤って、こうなった。お父さんたちだって本気なんだから、あの日の練習試合でかけていたプレッシャーとはまるで違うんだもの。
ここにいるみんな、試合感自体はいっそ私より深いだろうから、そのあたりもあらかじめ考慮はしていたんだろうけれど……自分たちの老いを読み違えた。
三十分ハーフというのは普通にキツい。体の根幹に培ったものがあっても、本気でやれば学生ですら余裕でキツい。長年運動していなかったのもあり、体力はおそらく全盛期の1/3程度くらいだろうし。どれだけ昔に五年、十年とサッカーをやっていようが、人間の老化と劣化はそれらの貯金額をたやすく上回る。
ウチのみんなですら、ノノちゃんの策で立ち止まっている時間をたくさんはさんでいても、瞬間的な疲労が抜けてくれずに持続するような体なのだ。
「おらぁ八木原に十塚よ! もっと前に走らんかい!」
「ご、郷里さん、今はちょっとカンベンよぉ……」
「……すこ、し、待ってくれーい」
ブリッジスのオジさんたちも。
「ハァハァ、えざーき。膝ガクガクねー」
「ロ、ロバルトも大して違いないじゃねえか」
「……キッツいなあ、プレッシングすんな」
マウントスのオジさんたちも疲労気味。そこに。
「父さん! プレス甘いよ! 疲れは分かるけど、このままじゃ瓦解する!」
フィールドの向こう側。慶人くんがここにきて、初めて声を荒げた。
すると、ピクンと。右に座っている瞬が動いた気がした。
気付けばマウントスのゲーゲンプレッシングは機能をなくして、ただの少人数のプレスに変わってきた。動きにキレがなくなったのもそうだけど、思考力が疲労に侵食されたか、プレス戦術において最も大事なインテリが欠けはじめる。
それでもブリッジスの直線的な守りよりはまだマシなものの、ここにきて、直線的に愚直に詰めることしかできないうちのFW陣――お父さんと千藤さんがここ数週間で培ってきた守備意識が、相手の攻守の安定感を揺さぶりはじめた。
「大悟! そっちふさげ!」
「おう! 茜は東さんを見とけよ!」
守備というには稚拙で、初歩的なFWの詰め。それこそ以前戦った小学生たちと同じくらい安直な寄りだから、ボールを奪うことには一度も成功していない。
それにマウントスの【三角終点】はプレッシングとは切り離された独自の守りを形成してきたことで、疲れは見えても足までは止まっていない。
しかし、攻めだけをうかがっているFWとは違い、強度はなくとも後ろに網を張っているトップ二人の存在は、疲れに支配されはじめているマウントスのMF陣に危機感を植えつけ、足を止めたいときの様子見なバックパスを封じる。
「そう、そうです。献身的な守備はいつだって走ることで生まれるんです」
FW陣への評価が低めなノノちゃんコーチも、ちゃんと見ている。
全体的にグダつき、最初の苛烈な押し引きがウソのような草サッカー化した試合でも、なにが起こるか分からないのがサッカー。ここにいるオジさん選手たちも、体が動かずとも、なにが危険かを経験則で知っているから要所でだけ動く。
そうして、双方の戦いから徐々に組織性が失われていったとき。
彼らのサッカーは、姿を変えた。
「――ガハッ、なるほど紗友ちゃん。ここいらが見せどきってわけじゃな」
末さんが最上さんに戻したボールを、ボランチの郷里さんが受け取り。
「走れい、十塚っ!」
右サイドめがけ、鮮やかなスルーパスにして送り出す。
「あっ、コラあ! 郷里ってばなに勝手に――」
「ガッハッハ! 見とけよ小娘! ここからはワシらの知るサッカーじゃ!」
腰に手を当て、豪快に笑う最年長。
「ったくもうOB大明神め! 狙いがいつもラインギリギリすぎるんですよ!」
「サッカーってなあ、一つのパスで世界が変わるんじゃ。ワシなら二秒でな!」
センターラインを越え、誰もいない敵陣右サイドのスペースに飛び込んだボールはタッチラインを割りそうになったが、そこにフラインガー。ギリギリのところで右SBの十塚さんが追いつき、足のつま先で球の勢いを殺して足元に収めた。
マウントス側も反応はしていたが、追いかける者はいなかった。
それがあだとなり、中央付近でウイングが完全フリーになる。
「行かせるか!」
後ろからMF、前からSBが詰め寄るなかで。
「八木原!」
浮き気味のチップショット。ボールは前方の敵の頭上を抜き。
「十塚、ナイスよん!」
前に飛び出していた八木原さんが、リスキーな蹴り出しで突き進む。
ボランチからはじまった一連の流れは、やり慣れた速攻のようなスムーズさでつながり、ブリッジスに機会を与えた。当初は過去を思い返すだけだったような郷里さんのスルーパスも、今はオジさんたちに合わせてチューニングされており、ギリギリゆえにより効果的であるスルーパスの価値をより高めている。
「ぐぬぬっ……OB大明神のクセにやるじゃないですかっ……!」
認めたくないのか、ノノちゃんがぐぬぬってる。
「いけいけ八木原さん! 【バリケンド】はなしで!」
私はしっかり応援応援。
これは同点弾を決める絶好のチャンス。お父さんと千藤さんも相手ゴール前をかき乱し、【三角終点】にお決まりの陣形を作らせないようにしている。
中央からは服部さん、逆サイドでは兼島さんが「ワイがまた入れてやる!」とばかりに鼻息荒く存在感をアピール。得点の匂いがしたのか、あるいは目立ちすぎなせいか、マウントスは前回ゴール者の【ハッピー弾丸】に二枚寄せた。
「やるじゃない兼島! 服部もマーク一枚。ゴール前はゴチャゴチャね」
コーナーフラッグ近くまで進んだ八木原さんが、ゴール側に体を折り返す。
そこに【三角終点】の修繕さんと、左SB駒田さんが詰めてくる。
あとはセンタリングをあげて、ゴール前のクロスで次点狙い。
……という予想は、フィールドにいる二人をのぞいて裏切られた。
「――ここしかないって場面ね。見せてくれよ。憧れの天才の姿をよう」
八木原さんが蹴ったボールは、戻し気味で短い。ロングではなくショート。
ゴールエリアの角に向かった、その球を拾ったのは。
「ガッハッハ! ようやった八木原よ!」
「ああもう! おバカっ! アンカーがそこまで上がってどうすんのよっ!」
郷里さんの攻め癖に、ノノちゃんがブチキレる。
不必要に見える攻め上がり。好機とみれば誰でも得点を入れていいし、誰が入れた得点でも等しく価値があるのがサッカーだけど、ノノちゃんの目にはOB大明神の悪癖に見えたのだろう。実際、八木原さんと郷里さん以外はみんな驚いた。
そして次の瞬間、ブリッジスはニヤリとし、マウントスはたじろいだ。
「どいつもこいつも……なぁにがOB大明神じゃ……ワシはなあ、ワシはなあ」
郷里さんはパスも出さず、自らゴールエリアを横断するように駆け込み。
「こらーーー!!! 郷里ーーー!!! パス出しなさいよ―――!!!」
ノノちゃんコーチの反感を余計に買いつつも。
「ガッハッハ! 見さらせ小娘っ!!!」
最終ライン。鮮烈なルーレットの妙技でかわしきる。ゴール前はガラ空き。
様子見のGKに完全に捉えられながらも、無視してゴールを真横に突き進み。
「ちぇっ、やっぱ持ってかれたぜ」
「サッカーってなあ、いつまでも才能に甘いな」
「ノノちゃん、ノノちゃん、郷里さんって昔はね」
「ハイ?」
「ワシこそ、ワシこそが現代に蘇った――」
最年長翁は、反対側のゴールポストすら横切りそうになった直前――ストン。
相手ゴールを目にすることもせず、ノールックのワンタッチで球を転がし。
ゴールネットの角っこ。白黒の球をオシャレにゆっくりと優しく収めた。
「――ワシこそ、四季高のベストプレイヤー【ファンタジアの貴公子】ぞ」
ピーッ! 子供のイタズラのようなシュートが、追加点を記録する。
「どうじゃい小娘! ワシこそが天才美男とうたわれた【ファンタじ……」
大人げない嘲笑を浮かべつつ、ベンチに寄った郷里さんに。
「ハイハイハイ! いいからさっさと戻る! 気を引き締め直しなさいよ!」
どちゃくそ冷たいコーチさま。
「な、こ、こんのぅ、わかっとるわい! じゃがワシは」
「ハイハイハイ! 試合はまだ終わってない! そんなんじゃ負けますよ!」
手厳しいコーチの正論を前に。
「ぐ、ぐんぬぅ……!」
郷里さんはすごすごとボランチに戻っていった。
「……ったくもう」
「ねえね、すごいでしょ? 郷里さん。あれで当時は天才扱いだったんだよ」
「ブラジルっぽさあるよな。正直、俺もガキんころは逸話で憧れてた」
私たちは過去の武勇伝しか知らないけれど、気のいいオジさんである郷里秋斗は当時、名も知られぬ四季橋高校サッカー部を春の全国大会優勝に導き、四季高の歴史においてただ一人、今もその名が校長室の賞状で飾られている。
現代でも四季高サッカー部が中堅風に語られているのは、すべて郷里さんの活躍からはじまり、お父さんたち憧憬の地元少年たちが続いていったからだ。
今じゃ想像もつかないが、昔の写真を見せてもらったときはたしかに眉目秀麗なイケメン男子高校生の風情だった。彼はブラジルのサッカー選手のように、相手をちゃめっ気たっぷりにからかい、爽やかに抜き去ってゴールを奪っていく姿から、ついたあだ名はサッカー界におけるファンタジスタ最盛期の風潮になぞらえて、【ファンタジアの貴公子】。今じゃ想像もつかないんだけどね。
「そんなの知りませんよ。今じゃクセの強い、走れないオッサンなんですから」
「まあまあ、でもさ、私が予想してたのってこれなんだよね」
「……? サユちゃん、意味分かんないです」
ちゃん呼びと敬語の混在がさっきからむずがゆい、のは置いといて。
「私が思うにさ、この世代のサッカーはスタミナがカギなんだと思う。技術がどれだけ高まるかはまだ分からないけれど、みんな絶対に現役選手ほどには走れないから、現代サッカーの粋を利用することはできても、プレッシングみたいに体力に直結する限り、どこかで疲労の限界がくる。それも早めに。だからさ、なんでもできる現役選手と違って、取捨選択の引き算サッカーが肝心だと思うんだ」
「取捨選択、ですか」
右顔にかかる姫髪をかき上げて、のぞき込むように問われる。
「そう、取捨選択。誰もが全部盛りと完成度を求められる私たち世代のサッカーと違って、できることを最初から切り分けなくちゃいけない。それも誰ができる、誰ができないとか能力の問題じゃなくて、スタミナの問題で。だからプレッシングみたいな戦術をやりつつ、体力的にできなくなったら違う手を用意しておく。疲れのせいで組織が保てないなら、違う戦術に切り替える。プロ選手ならそれは妥協かもしれないけど、スタミナに低めの上限があるオジさんたちには正攻法。例えばそれこそ、私たちが死んだと思ってる、個人技のサッカーに変えるみたいにさ」
現代サッカーは組織力が物を言うから、みんなして組織とシステムを求めた。
それは結果につながり、天才を要求するサッカーをレガシーの産物に変えた。
だけど、昔はみんなレガシーなサッカーで戦えていた。だって、相手もそうだったんだから。それこそミラクルサユなんかそのまんまだ。一人の天才技でみんなをけん引した。そんな天才だけじゃ組織に勝てなくても、途中で組織を失ったチームにならどう。勝てるよね? そのとき、過去のサッカーが生きる。
つまり、組織力を保ったマウントスには勝てなくても、組織力を保てなくなったマウントスになら、ブリッジスでも勝てる。プレッシング戦術が絶対に完遂できない以上、序盤はよくても、終盤はほころぶ。それが彼らのサッカー。
最初からほころびを前提に、戦術を取捨選択するサッカー。
完全を求める現代サッカーとは違う、不完全を許容するオジサンサッカー。
みんなそうするしかないのだ。だってオジさんは、ずっと走れないのだから。
新しいだけが武器じゃない。使えるときに、こうして使えばいい。
オジさんサッカーであれば、絶対にそのときがくる。
「郷里さんのさっきの、カッコよかったね」
「……まあ、べつに、ほんのちょっとですが」
誰しも、サッカーをやっていたら一度は抱いてしまう。ため息を吐いてしまうほどにスゴい個人技を魅せる天才への憧れ。自分一人の力で、試合の流れを大きく変えてしまうようなプレイヤー。現代では求められず、廃れたはずのそれも。
「案外、私たちが知らないだけで、世界中でこうやって生き続けてたのかもね」
「オジさんがですか? サユちゃん、それ失礼ですよ」
「ち、違うって~、そうじゃなくて~」
カッコよく決められると思ったのに、ノノちゃんのツッコミ力よ。
「私たちが死んじゃったと思ってた、ファンタジスタ」




