立ち上がれ、旧四季橋の旧式よ!(5)
後半戦。試合開始から約七分。形勢はさほど変わらず。
ブリッジスはなんとか前線のお父さんまでボールをつないだが。
「大船! いったん僕に戻して!」
「くっそ、服部パス!」
敵ゴールを目前にして、お父さんが1ライン下の服部さんに戻した。
マウントス側は中盤以降でプレッシングを多用するが、ディフェンスラインについてはDF陣に任せている。それを担うのは渕山高校サッカー部の第六期生たち。
修繕隆さん、小宮源三さん、大原浩二さんの三枚CB。郷里さんに次ぐ高齢者である、六十三歳トリオの壁。誰が言ったか、過去の通称は【三角終点】。
「若けえのがイキがりなさんな!」修繕さんが詰め。
「小僧は出直してきな!」小宮さんがふさぎ。
「腰イワずぞコラ!」大原さんがナメる。
なんともまあ、若々しくはある。
「ガラわっる。フットボーラーとしては最悪ですね。これだからオヤジ世代は」
「まあまあまあ」
同意するところではあるけれど、私的にはまあ、慣れたものだ。
【三角終点】はその名のとおり、誰か一人を起点としつつ、三角形の立ち位置を常に作り続けている。それにより、正面から当たればマークされ、左右のボールの逃がし先はカットされ、刺客からもう一人がタックルを仕掛けてくる。
サッカーのみならず、フィールドを用いた多人数スポーツにおいて、三角形の概念は攻守ともども機能的だ。瞬の【四人デルタ】にしたって、前後左右の広さは違えど、基本的に四方のスペースをよりうまく使う三角形を作るものらしい。
「……やろう、クソジジイどもにしちゃ、いい体に仕上がってやがる」
服部さんからボールを受け取った千藤さんも、攻めあぐねる。
小柄なほうの彼には、年上ながら体格のいい【三角終点】が鬼門。
「小僧はあれだ、四季高のストライカーの千藤じゃったか」
「ああ、見た見た。当時はけっこうイイ線いってたわい」
「むしろ、うちの江崎より光ってたわな、げひゃひゃ!」
守備力に差があり、攻撃機会を多く作られてしまっているが、攻撃力自体に大きな差がないおかげで、ブリッジスも前半戦でいい形に持っていくことはできたと、ノノちゃんは言っていた。同時に、それを阻んできたのが【三角終点】。
ご老体というには弱々しさを感じさせない、お父さん並みのガタイのよさのせいで、線の細めな千藤さんには強大な壁に映っていることだろう。
「わしらの世代は攻撃主が弱くってよお、パッとせんかったが」
「ロバルトも江崎もようやるわ。これも一種のドリームチームのおかげじゃな」
「俺たちゃ全員、夢もクソもねえジジイだがよ、げひゃひゃ!」
学校サッカーでも社会人サッカーでも、勝ち負けを意識した時点でメンバーの自由度はある程度限られてしまう。プロの世界にせよ、結果的にドリームチームが作れるのはチーム内における最大限で、世界戦の代表チームですら年齢と衰えの課題が立ちふさがることを考えると、本当に自由にできるのはあまりある資金をそのためだけに使える、全世界有数のリッチなサッカークラブくらいのもの。
でも、ここにいる選手たちのように一定の年齢を超えた先でなら、当時に願った世代ごとのベスト選手チームも結成できる。それが全盛期にはるか及ばない能力であったとしても、相手もほぼ同条件なのだから差は大してない。
こうして見ると、シニア層のサッカーというのは面白いものがある。
「ハイハイハイ! 郷里は上がりきらない! ライン見てラインを!」
「やかましい小娘! ワシもわかっとるわい!」
ボールを保持しがちな服部さんが堅実に立ち回っているときは、チームの後ろ側も思わず加勢して押し込みたくなる時間になってしまう。
MF陣ならそれでよくとも、DF陣まで釣られるとそのあとが怖い。とくにSB十塚さんは【フラインガー道雄】の名で、良くも悪くもサイドを無鉄砲に切り裂いて走るウインガーとして活躍していただけに、すぐさま前線に向かってしまう。
「十塚さんは止めないでいいのかな~」
「あれはいいんです。言うだけ無駄ですし、代わりに兼島さんを下げてます」
「あれ、ほんとだ」
「十塚さんは体力あるほうですし。サイドも小サンダーさんにカバーさせます」
しばらくすると、十塚さんは兼島さんを追い越し、服部さんの横まで出てきた。マウントス側はMF陣のプレッシングと、DF陣の【三角終点】を守備戦術の境目にしているのか、こちらを攻撃中にボールを奪われたときほどの苛烈さでは寄ってこない。だが、同時にDF陣のスタミナがキープされていそうで厄介。
「おらおら服部! トロくせえぞスーパー屋! こっちに出せ!」
「うるさいですよトロリーマートのくせに! 後ろ、一枚ついてますよ!」
旧四季橋は試合中でも相変わらずのコンビニvsスーパー紛争。
「オオゥ、ハットーリさーん! 仲間同士で言い争ってるバアイないです!」
「なっ、ロバルトがここまで下がってきたのか!?」
「あまいデース! ハァハァ」
ロバルトさんの伸びた足が、服部さんの股下からボールをクリアする。
「出た! ロバルトさんの股間殺し~!」
「ハァー!? サユちゃん、急になに下品なこと言ってるんですか!?」
「いや~、あの人は股抜きが得意だって、昔ウチで~」
「はしたない言葉はやめてください!」コーチに叱られた。
相手ゴールエリアを前にして、ブリッジスのボールが奪い取られた。
ロバルトさんがわざわざトップ下から下がってきたぶん、前線は江崎さんだけになっているが、残念ながらブリッジス側がここからプレスを仕掛けようと、相手ほど綿密ではないそれでは陣形修正の時間を与えてしまい、弱みにできない。
「ほら郷里! 守備を意識して! 最前線とサンブラとの距離を修正するのっ!」
「ぐ、ぐんぬぅ、小娘がいい気になりおってえ……!」
マウントスはロバルトさんを起点にビルドアップをはじめ、気付けばトップ下が抜きでも左右MFと江崎さんの三人だけで攻め上がってくる。
かなり緩急のある動き。敵ながらすごいオジさんたちだ。
「ハイハイハイ! 郷里はついてかない! サンブラに任せてエリアを見る!」
「ぐんぬぅ、おい大サンダー! 江崎は任せたぞ!」
「お任せを! 令、江崎さん用にオフサイドライン張っとけよ!」
「……オーライ」
体一つで切り込んでくる江崎さん。敵両翼はフィールド中央に寄りながらボールを渡しあっている。十塚さんは前線、兼島さんはへばってついてきていない。
「江崎っ! ハットトリックチャンスだ、決めろよ!」
「任せな、滋乃さん!」
ギリギリのところで郷里さんが足を出すも、渕山町の主砲にボールが渡る。安田弟さんは体をサイドに振っていたせいで遠め。安田お兄さんとの一騎打ちの形。
「大サンダー! 簡単に打たせるなよ!」
最後の壁、GK最上さんが喝を入れる。
「そのつもりですよ、最上さん!」
安田お兄さんは、強引に体を寄せにいき。
「仕留める!」
「ぬるいぞ、ガキンチョ!」
勢いあるチャージはかわされ、安田お兄さんの体が明後日の方向に流れた。
これで江崎さんは完全なフリー状態。最上さんがグッとグローブを構え。
「終わりだ旧式ども! あの日のインハイの屈辱、残りの一生であじわ――」
【渕山砲】の力強い右足が大きく振りかぶられ、シュートが今放たれ。
――る直前、ジャキンッ!!! 鈍いのに、鋭い一閃が球を切る。
「自分を忘れないでくださいよ!」
左SBの末さんが割り込み、豪快なスライディングタックルでチームを救った。
「末っ! 助かった!」
「やるじゃねえか末っ!」
最上さんと安田お兄さんも歓声で返す。
「やったあ、末さんの【カミソリカッター】!」
「フンッ、ちょっとはマシなタックルできるじゃないですか」
高校生当時とは比べものにならないだろう鋭さのカミソリタックルは、それでも最初のころと比べると体ごと投げ出して滑りこんでおり、地面が柔らかな芝生であることも相まってか、キレイな前進でボールを刈り取った。
「ハァハァ、なっ、くそが! 立浪、そいつから奪い返せ!」
江崎さんのほうは、豪快にシュートを空ぶってすっ転び、自陣に叫ぶ。
末さんはスライディング後、慣れたスムーズさで立ち上がり、足先に飛ばしたボールをキープして、右サイドを縦断するように走る。それを見て、前線に突出していた右SB十塚さんが、カバーするように左サイドへと向かう。
しかし末さんが進撃した直後、敵陣から一気に攻め上がってきた相手のボランチ立浪さんが、前にいるチームメイトへとつながる道の行く手を阻んだ。
「ここで来ましたか、【さきイカ】さん」
「キミを止めるのは、昔も今も俺も役目らしい」
瞬く間に、ドッグファイトの態勢。二人の間に見えない緊張が走る。
「だったら言ってください。初めて聞いたんですからね、実際に言う人」
「まったくもって一発芸だな……キミには、ここからさきはイカせんぞ!!!」
「ありがとうございます。ちなみに、あの日もそうでしたがね――」
【カミソリカッター】に負けず劣らずの鋭い当たりで、立浪さんが迫る。
末さんは前めに構えて、今にも華麗なドリブルを見せようとしたところで。
「自分は、あなたの先には行きませんでしたよ――ねえ、小サンダー先輩!!!」
左足で蹴り出し、右足のアウトサイドでパシッとスペースに出した球を。
「……よくやった末!」
安田弟さんがオーバーラップしながら、キャッチ!
「なにぃ!? またもCBが前に出るだと!?」
「ディフェンダーが守るだけの時代は、もう終わってんです」
末さんが見届けるなか、寡黙な守り屋が中盤を駆け上がる。
「わっ、すごいきれいにつなげた」
「末さんとサンブラは同世代ですから。チームワークはいいほうでした」
「あ、じゃあもう一人も」
「当っ然。偽SBどころか偽CBで人数有利を作る以上、決めさせますよ」
本来ストッパーであるはずの安田弟さんがセンターライン近くまで上がってきたのを見て、自陣に戻りはじめていたブリッジスのMF陣、FW陣が体の向きの前後を入れ替える。ここで決める。決めなきゃヤバいの決意表明。
ついでに、末さんも安田弟さんの後ろを追って、ワンツーのフォローでボールをキープさせ続ける。さすが、いぶし銀な仕事っぷりだ。
「ハイハイハイ! 郷里と大サンダー以外は攻撃! FWさっさと切り込む!」
「な、なんでワシだけ待機なんじゃっ!?」
「カウンターされたら絶体絶命ですよ! 最終ラインのつもりでいなさい!」
「こ、こしゃくなぁ……! なぁにがポゼッションじゃ……ブツブツ」
安田弟さんは見る見るうちにセンターラインを越え、相手の守備陣にぶつかる。サンダーブラザーズはCBらしく、取られたらおしまいなゴール前の守護者だけに、ここぞというときのボールキープ力は双子それぞれ頼れるものがある。
「ヘイヘイ、小サンダー! パスパス」千藤さんがアピール。
「小サンダー! こっちに回せ!」お父さんもクレクレ。
「僕に落として小サンダー!」服部さんもマイボマイボ。
「…………」
前線の仲間たちに猛烈アピールをされるなか、【三角終点】までたどり着いた安田弟さんが立ち止まる。本職のCB同士では抜ける可能性が低いと見たか。
そして相手ゴールを背にし、敵方の三角形に囲い込まれた安田弟さんが。
「……エビチャーハン定食大盛り、紫蘇ギョウザ付きを無料でいいぞ」
トンッ――背中側。ゴールエリア側。オシャレなヒールパスで落とした球を。
「ワイは特盛りしかサービスしねえ!」
一直線に走り込んでいた兼島さんが、同期の仲間からボールを受け取り。
「ぶっ飛ばしたる! ワイが四季高の剛速球【ハッピー弾丸】やッ!!!」
揺れるお腹をものともせず、頑丈な右足で強烈に叩き。
「ぐぅっ!!!」
相手のGK須藤さん、【未踏壁】のグローブの隙間を正面から貫いた。
ピーッ! ブリッジスのソリッドなカウンターゴール。
主審がスコアを認めて、プレーを一時中断させる。
「やったやった~! 兼島さんすご~い!」
「おいバカ紗友! その足で立つな!」
「サユちゃんはケガしてんだから立たないでください!」
「え~」
顔で抗議をするも、二人の目線は怖かった。




