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四〇年ぶりの元サッカー少年たちよ!(3)

 死屍累々だった決闘の終了後。瞬とノノちゃんは土手の上、野っ原沿いを進んだ先にある四季橋高校へと行ってしまい、私は体の節々の痛みを訴えてくる十一人のオジさんたちを背後に従え、旧四季橋商店街の居酒屋おおふねに帰った。


 そこでさっそく、来週日曜の「対マウントス戦」の会合が開かれる。


「最上さん、チームのポジションはこれでいいですか」

「4-4-2……いいんじゃないか。私もみんなも役割が合っているようだしな」

 最上さんは、お父さんが高校一年生だったころのサッカー部の三年生主将。

 オジさんたちのなかでは少数な落ち着き派で、みんなの柱でもある。


「安田お兄さん、はいお水」

「ありがてえ、紗友ちゃん。おいら生き返るぜえ」

「安田弟さんも、冷茶どうぞ」

「……ありがとう、紗友ちゃん」

 若い側にいる"サンダーブラザーズ”こと、双子の安田兄弟も一息つく。


 江崎さん率いる渕山町のシルバーサッカーチーム「マウントス」との試合。

 私的には危ないからやめてほしいんだけど、本人たちが乗り気なうえ、口をはさむと「紗友、これは男と男の戦いだ」だなんて返されてしまった。


 さっきまで、たった十五分の試合で死に体になったことはもう過去みたい。


「みんな聞いてくれ。来週の試合だが、GKは最上さん、CBセンターバックはサンダーブラザーズ、SBサイドバックは十塚さんと末、ボランチが郷里さん、ハーフが兼島と八木原さん、トップ下が服部、FWが俺と茜でいいか」


 お父さんは四季橋高校サッカー部の十一期生で、このオジさんたちのなかではちょうど中間世代に位置している。だから”さん付け”も人それぞれである。


「ガッハッハ! なかなか王道のフォーメーションじゃな!」

 OB大明神こと郷里さんはみんなの大先輩で、先輩風も強風だ。


「この面子でサッカーするのって、二十年くらい前の年末以来ですかね」

 昔は鋭いSBだったらしい末さんは、このなかで唯一の一七期生。

 それでも五十二歳だけど、若々しい雰囲気もあって一人だけ若手扱い。


 みんな卒業期がわりとバラバラで、ほかの同期生もこの四十年から五十年の間、四方八方に散らばったり、早くにお亡くなりになってしまった人もいたり。


 でも、この十一人は全員、旧四季橋がまだ四季橋と呼ばれていたころからの地元育ち。ここ旧四季橋商店街に商店や実家を構えているうえ、昔はあった町内の草サッカーチームつながりもあって、今だに羨ましいくらい仲がいい。


「おう、大悟。うちのチームの監督? ってのはどうすんだ」

「そういや、なんかいるんだったな。江崎んとこは息子さんって言ってたか」

「あれだろ。うちの瞬と中学まで【四人デルタ】やってた……あの茶髪の、あれ」

 オジさんになると、とっさに名前が出てこなくなるのだ。


「慶人くんだよ~。今は渕山高校だから、瞬と私とは別れちゃって」

「あーそれそれ、そいつだよ紗友ちゃん」

「ガッハッハ! ならこっちの監督は紗友ちゃんでええんじゃねえか!」

「……え」OB大明神から、すごく嫌なキラーパスが飛んできた。


 おおそりゃいいな。いやあ紗友ちゃんに迷惑だろ。お店の切り盛りもあんだぞ。紗友ちゃんがいいならだな……などと。どの人も好き放題言ってくるなかで。


「それはダメだ。俺が任せん。紗友には……店の手伝いもある」

「……とのことで~す」

 お父さんがしかるべき理由で一閃する。だよね。


「つっても大悟、名義だけでも監督いなけりゃ試合しねえみてえな話だしよ。紗友ちゃんさえよけりゃ……手は患わせねえし、やってもらうのはどうだい。若い女子が率いるオヤジチームってのも、旧四季橋的にはオツなもんだろうさ」

 チラリチラリと。おうかがいの視線で千藤さんが見てくる。


「そうだぞ大船。紗友ちゃんもさ……真奈ちゃんがいなくなってから、ずっとお店の手伝いばっかだろ? ここいらで華の女子高生を満喫させてあげよう」

 同じく服部さんがチラリ。この三人は十一期の仲良しトップトリオだから。


 でもね? 華の女子高生のやることがオジさんサッカーチームの監督というのはちょっとアレでは? そもそも草試合になんで監督が必要なのか。


 ただ、お母さんが遠くに行ってしまってから、ここ半年はずっとお店に張りついていたのは事実だ。いかめしい体格と面構えなのに、基本は給仕さんであるお父さんが、お店の小料理はすべてお母さん任せにしていた弊害は無視できない。

 あのとき私がやらねば、居酒屋おおふねは料理を出せなくなっていた。


「お父さん、私はべつにやってもいいよ。みんなの監督」

「……紗友。だがな、おまえは店とか、そのな、あのなあ」

「いいよ、べつに。平気だし。監督ってよりマスコットみたいなもんだろうし」

「ガッハッハ! これぞチームに奇跡を呼ぶ、ミラクルサユってか!」

「郷里さん、女子高生がミラクルサユはちょっと……」

 恥ずかしいがすぎるあだ名です……。


 私の監督就任は、店の収入の半分が仲間のオジさんたち頼りになっている現状があってか、お父さんは渋々だった。けれど、ほかの人たちはもろ手をあげて歓迎……しつつ便乗してお酒を煽りはじめたものの、わりとすんなり決まった。


 そして、私の監督としての最初で最後になるかもしれないお仕事が。


「じゃあ、チーム名は『ブリッジス』ってことで、みんないいですか~?」

 チームの命名。地名は新旧ともに四季橋が有名だし、ブリッジス。

 我ながらけっこうよいのでは?


「紗友ちゃんのセンス古いなー、微妙だなー」

「なぁに、旧四季橋商店街にはピッタリじゃねえか」

「サロン・ド・フェグリよりはなんぼかマシや」

「ちょっと! 幸腹亭さんのくせに名前で弄んないでくださいよ!」

「そうよ、兼島。わくわくクリーニング『MOGAMI』だってあるじゃないの」

「待て八木原、まさか服飾『ルビーナ』がうちの店をけなしたのか?」

「紗友ちゃーん、今日の煮付けちょうだーい」

「は~い、ただいま~」


 そんなこんなで結成した、旧四季橋商店街チーム「ブリッジス」はこの日。

 騒々しいオジさんたちが、夜の二十二時くらいまで宴会を繰り広げた。



 日曜日が明けて、学校がはじまる。平日の朝は旧四季橋商店街の入口を抜けて、旧四季橋がかかっている野っ原を左に折れ、もう少し先のほうへ。

 瞬やノノちゃんと同じく、四季川沿いにある四季橋高校へと歩いて通う。


 学校に着いてから、二年生になって初めて同じクラスになった瞬に昨日のことを話した。瞬は父親の千藤さんからは聞いていなかったのか、まるでテクニカルなループシュートでゴールを決められてしまった人のような顔で呆けた。

 まあ千藤さん、昨日の夜はぐでんぐでんに酔っ払ってたしね。


 それから授業を受けたり、校内移動中に廊下で出会ったノノちゃんにブスーッとした顔を見せられたりして、夕方になったら歩いてお家に帰った。

 部活はなにもやっていない。平日も夜前からお店の手伝いをしなきゃだし、今はとくにやりたいこともないしで、気持ちと責務がかみ合っている。


 帰宅後は、お店で出す料理の準備。大ざっぱな調理で済ませる大皿料理だけは、ここ半年でお父さんに付きっきりで教え込んだので負担も減った。

 ただ注文を受けてからの小料理は、極簡単なものでないとお父さんにはまだ難しい。お母さんはあれでも料理上手で、毎月新しい食卓メニューを開発しては商店街のレディたちに披露し、地域の夕食事情も改善していたほどだったからね。


 そうして、この日は。

「らっしゃい」

「いらっしゃ~い、安田お兄さんと兼島さ~ん」

「大船さん、おいらそっちの大皿のカレーみたいなやつとビール。中瓶で」

「紗友ちゃん、ちくわの磯辺揚げをくれや。ツユは多めでなあ」


 また次の日は。

「らっしゃい」

「いらっしゃ~い、郷里さんと最上さ~ん」

「大船、私は大皿の盛りそばとウーロン茶を。わさびは少なめでいい」

「ガッハッハ! 紗友ちゃん、あの卵がやわっこい、なんじゃあれをくれ!」


 その次の日は。

「らっしゃい」

「いらっしゃ~い、千藤さんと服部さ~ん」

「大悟、郷里さんからイイ酒を仕入れたって聞いたぞ。それ出せや」

「紗友ちゃん、オモテに書いてある、鯖の昆布じめってのもらえるかい?」


 さらに次の日は。

「らっしゃい」

「いらっしゃ~い、安田弟さんと末さ~ん」

「……新玉ねぎサラダ」

「紗友ちゃん、嫁に本物のオムライスを教えてやりたいから持ち帰りで一つ」


 平日は夜間営業のみ。よく来るお客さんはやっぱり顔なじみのサッカーオジさんたちだけど、ときには家族を連れてきたり、彼ら以外の町内の方々もやってきたりで、本当に閑古鳥が鳴きっぱなしの一日は、幸いなことにあんまりない。


 でも、町の外からやってくる人はまずいない。うん、いないと断言してもいい。旧四季橋商店街というもの自体、都内にあるけど名物でもなんでもない下町だし。居酒屋おおふねは海や川が近い立地だから、鮮魚にはそこそこ自信があるんだけどね。グルメサイトを頼ってお客さんがくるほどのお店ではない。

 完全なる地産地消の商店街の居酒屋。それはウチだけの話じゃないけれど。


 ちなみにお父さんたちは先週末から毎日、それぞれ朝組・夜組に分かれて、今週日曜に予定している江崎さんのマウントスとの試合に向けたトレーニングをやっていた。といっても体力や技術の向上ではなく、申し訳程度のランニングやボール回しで全身の感覚を戻すのに努めて、体をほぐすことが優先の練習だ。


 今から急に走ったところでスタミナなんて簡単につくものじゃないし、試合でいきなりバタバタと躍起に動かなければ、それなりの時間は持つだろうという判断。体に「動き」を思い出させれば十分。一応、私なりに監督した発案です。


 サッカーでボールを持って動く人は、フィールドプレイヤーのうち一人だけ。

 そしてゲーム中、選手がボールを持って動く時間は一人当たり数分足らず。

 だからボールに絡まないところで無理しなければ、オジさんでもできる。

 無駄な走りが意味を生む競技ではあるけれど、年相応のやり方はある。


「紗友、注文だ。今日の刺身と酢の物を二つずつ。十塚さんにはタコ多めで」

「は~い」

 そうしていつもの日々をすごしていると、あっという間に日曜日になった。


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