立ち上がれ、旧四季橋の旧式よ!(3)
Fリーグ五十周プレミアムシルバーマッチは有観客開催だけど入場無料である。本イベントの実態は「名リーガーのファンサービストーク」にあるためだ。
お父さんたちの試合はあくまで前座なので、旧四季橋と渕山町界隈の住民を除けば、お客さんの多くはブリッジスにもマウントスにも興味ないはず。
「オジさん、おばさんが多いね~」
「むしろ俺ら世代がいねえじゃん」
スタジアムを囲む会場外側には「懐かしのFリーグ名場面・名選手」などの展示があり、物販ブースでは高年齢層がワチャワチャと楽しそうに群がっていた。
それらの多くは、見た目からして若くはない。
「こんな感じなら、試合も元プロ選手たちにやってもらえばいいのに~」
「元プロだからできねえんじゃねえの」
「契約的に?」
「いや、現役時代とのプレーの落差でヘコむからとか。俺なら出たくねえし」
「あ~、まあまあ」
そういう見方もあるかもしれない。当人や他人によってはだろうけれど。
ついでに事前にトレーニングしてないと、元プロだろうとねえ。体が。
ブリッジスのチーム監督とはいえ、なにか証明書を持っているわけでもない私たちは、普通に警備員が立っている入場口から入っていった。
会場全体に人けはそれほど感じないし、会場周辺でブラブラしている人もいる。現在進行中の試合への注目度が推し量れるといったところだ。
「お手の荷物だけ、検査させてもらいますね」
「は~い」私は松葉杖以外、なにも持ってちゃあいないんだが。
入場口のお兄さんには「足をケガした人が緑パジャマと松葉杖でやってきた」ように見えたか、いやまあその通りですが。とくに問題なく通してもらえた。
入口の先には会場中央のフィールドを囲むようにした外周があり、ゲートの先には観客席へとつながる高低差のある階段があって、視界の斜め下に緑の芝生が広がっている。ついでに、肩を落とした暗い雰囲気の十一人のオジさんたち。
「0-2か」
「0-2か~……」
「よくやってるほうじゃねえの」
ハーフタイム中。前半戦が終わったばかりか。それで0-2。
みんなのところに真っすぐいく勇気が出なくて、まずは周辺を見渡した。
場内の観客席の多くはまるで埋まっておらず、両チームのゴール裏に地元住民らしきそれぞれの集団と、スタジアム中央のメインスタンド、バックスタンドのセンターライン付近にいくつかの集団があるくらい。
あっ、今ゴール裏で手を振ってくれたのはお母さんだ。
私も昔、サッカー観戦をよくしていた。といってもスタジアムではなくモニター越しが主で、しかも前半戦が終わったころにはムズムズしてボールを蹴りたくなってしまうタチだったため、最後まで見届けられたケースはワールドカップの重要な一戦とかに限られていた。我ながら落ち着きのない子だったのだ。
「ほら、行くぞ」
「あ、うん……」
瞬に肩をポンッとされたので、現実逃避はここまでとしよう。
高低差のある階段。瞬に右側で構えられながら、一つ一つ下っていく。
そのうち、最上さんが私の存在に気付いた。さすがGK。視界が広い。
続けて、周囲のお父さんたちも私の存在に気が付いた。
そりゃね。パジャマ姿で松葉杖ですからね。それだけで目立つよね。
観客席とフィールドには建物二階分の高低差があるけれど、席側にもフィールド内に入れる階段が別途備わっていた。お父さんはすぐに駆けて、近くの係員に一声かけてその階段への道を開けてもらい、私を向かい入れる態勢を整えた。
そこでそうしてもらえていなかったらと思うと、ありがたく思う。そのまま高さを隔てて向き合っていたら、言葉で謝れても、みんなの場所まで行けていたかは自信がなかった。隣にいる瞬も小声で「よかったな」と言ってくれる。
みんなにとって貴重であるはずのハーフタイムを、ゆっくりとしか向かってこられない私を見守る時間に費やさせてしまうのが忍びなくて、歩調を速める。
そしたら松葉杖の突きが甘くて、ガクッとなってしまい、瞬のおかげで転んだりはしなかったけれど、お父さんたちの表情をまた青白くさせてしまった。
「紗友、大丈夫か」
瞬が、どの意味で尋ねたのかは分からないけれど。
「うん、平気。ありがとう」
全部の意味で返しておく。
長ったらしいロスタイムを使って、私はようやく芝生の上、ブリッジスの面々が浮かない顔をして突っ立っているピッチへと降り立った。
左足の裏にしか感じない柔らかな緑の感触が、なぜか涙が出るくらい懐かしく思える。私、芝の上でのサッカーなんてそんなにやらなかったのにね。
「…………」
「…………」
みんなに無言で見つめられるなか。
「皆さん、昨日はごめんなさいでした」
先に謝る。私は昨日、みんなにひどい八つ当たりをしちゃった。
「紗友ちゃんは、ワルかねえよ。オレらがハシャぎすぎてたんだ……」
「ワシらが調子に乗りすぎたんじゃ。すまんのう、紗友ちゃん……」
千藤さんや郷里さんの神妙な顔。させてしまっているのは私。
「……来てくれただけでもうれしいよ、紗友ちゃん」
「……おいらたち、ずいぶんとカッコ悪りぃ点差になっちまったけど」
服部さんと安田お兄さんも、テンションが落ち気味。
「紗友、俺らも昨日話し合った。ブリッジスは今日でしまいにするよ」
会話の切れ目で、お父さんが宣言してくる……けれど。
「それって私のせい?」分かってて言う。ヤな子。
「違う。俺らはただ、いい年こいてサッカーなんざやるべきじゃなかったんだ」
追従する面々が、体力もねえしな。頭脳もねえしな。金もねえしなと。
いかに満場一致であるかを伝えるみたいに、さみしい顔で言って笑う。
そんなの、小学生にだってバレるウソですよ?
「うそつき。お父さんたち、私に気を使ってるだけでしょ」
「そうじゃねえ。そうじゃねえん、だが……」
「ずっとそう。五年間ずっと。だから、それもね、ずっとごめんなさい」
「……紗友」
「私ね、これからまた、サッカーがんばることにしたよ」
「なにぃ?」
ここで、グッと目に力を入れて、挑発的に言ってやれ。
「私やっぱりサッカーやりたいから、どうにかボール蹴るよ。あ、もちろん右足は抑え気味で、なるべく走ったりもしないけど、サッカーをまたやる。選手になれなくても、試合に出られなくても、もうボールから目を背けないことにする」
隣にいる瞬が「俺、そういうつもりで言ったんじゃ……」的な顔で真っ青になっているが、紗友ちゃんという子はつまるところそういう子なので、無視無視。
「……気持ちは分かるがよお、それでまた動けなくなったりしたら」
「いいよ、平気。それに今後は瞬が介護してくれるんだって~」
「……ぁん?」
「私が歩けなくなっても、瞬が責任もって一生介護してくれるんだって~」
そこまで言ってねえぞ! という横やりも無視しつつ。
努めて明るく告げたのが、逆に悪かったのか。
「てんめぇゴラァ! 瞬のガキが! うちの紗友の責任たあ、何様だゴラァ!」
「い、いやおじさん。それは言葉の綾ってか、つーか紗友こんなとこで言うな!」
「じゃかあしいぞ大悟! おら瞬、紗友ちゃんの前だ! 男気見せろ男気!」
変な方向で、男たちがギャアギャア騒いでしまう。
「紗友ちゃん、ということはまた、ブリッジスの監督もやってくれるのかな」
騒がしい男たちをよそに、最上さんに尋ねられる。
そんなふうに言わせてしまっているのは、大船紗友が腫れ物だったから。
愛されていることに甘んじている腫れ物だから、甘えずに、伝えなきゃ。
「みんなには、私の事情とかそういうのをもう全部飲み込んでもらって、今までみたく心配するだけじゃない大船紗友を、ブリッジスの監督に選んでほしいです。私、ここからまたサッカーをやり直したい。だから、お願いします!」
杖をついている姿ではあまりに不格好でも、誠心誠意、頭を下げる。
私はサッカーに縁のある人間で、サッカー好きのみんなからは旧四季橋商店街のマスコットのようにかわいがられてきた。だけど、このままだとずっと、私のせいで彼らが純粋にサッカーを楽しめなくなる。
今までは自分の痛みの前で甘えてきた。みんなが私の前でサッカーに触れられなくなるのも「当たり前じゃん」「仕方ないじゃん」「私もうできないんだよ?」、そんな甘ったるい考えに甘んじてきた。それはもう、やめよう。
甘えたがりのカッコ悪い女を続けて生きていくのは、もうやめだ。
まずはみんなの監督から、私なりのサッカーをリスタートだ。
「っっ……あったり前や! 紗友ちゃんは俺たちの監督やっ!」
「……紗友ちゃんしかいねえ」
兼島さんと安田弟さんが答えてくれる。
「みんな変に気を使いすぎたのも悪かったんだから、またやり直そう!」
「そうね。今度からは爆発しないようにみんなで話し合いましょうよ!」
「紗友ちゃんがいりゃあ百人力だ! マウントスを見返してやろうぜ!」
末さん、八木原さんに続き、十塚さんがそう言ったところで。
「ありがとう、みんな――で、なんでマウントスにボコボコにされてるの?」
「うくっ……」
ストレートに聞いたところ、みんなまた黙ってしまった。
なんとなくは分かるよ。あれだけ練習を重ねて、これだけ意気込んだところ、私のせいでコンディションがガタ落ちして、そうじゃなくてもゲーゲンプレッシングによる組織的サッカーの前に苦戦を強いられて、このザマってのは。
だからこそ、監督の再就任後、最初のお仕事は。
「みんな、今日なにしにきたの?」
「……試合に」「……試合」「……試合です」
「私がいないってだけで、落ち込んでたの?」
「…………」「…………」「……まあ」
「渕山町に負けて悔しくないの?」
「まだ負けてねえし……」「悔しいけどさあ……」「なあ……?」
「お黙りっ!!!」
「!?」「!!」「???」
「雨を連れてやってきた、この紗友ちゃん監督にはいい考えがあります!」
「おー!」「さすが紗友ちゃんだ!」「教えてくれ!」
「教える必要はありませんっ!!!」
「!?」「!!」「???」
「みんななら、そのうち分かりますっ!」
「なんだよそりゃあ」「大丈夫かあ」「負けちまうぞお」
「私は、あなたたちのなにっ!」
「監督?」「監督か?」「紗友ちゃんか?」
「私は誰っ!」
「紗友」「紗友ちゃん」「監督?」
「も~っ! わたしはっ、旧四季橋のっ、だれっ!!!」
「「「 ミラクルサユッ!!! 」」」
「負けたくないんでしょっ!!!」
「「「 オゥッ!!!! 」」」
「勝ちたいんでしょっ!!!」
「「「 オゥッ!!!!! 」」」
「だったら私が勝たせたげる! ミラクルサユは旧四季橋の奇跡ですもん!」
「……んだよ、そりゃ」
瞬のボヤキなんか無視しちゃって。
「気合入れなさいよ! 奇跡の女神は今夜の晩酌をチラつかせてるわよ!」
「やったぜ!」「飲むぜ!」「あの卵のやわっこいやつじゃ!」
ハーフタイムも残りわずか。あとは勢いよく、送り出すだけ。
「蹴ってきなさいオジさんどもっ! 私たちはぁ、チームぅぅぅ――」
「「「 ブリッジスッッッ!!!!!! 」」」
ハーフタイム終了の合図と同時に、オジさんたちが芝生を駆ける。
隣にいる瞬がまた「……だから、なんなんだよそりゃ」とボヤいたのは、一人だけみんなから仲間はずれだったから、羨ましかったってことにしておこう。
そして私は最後の一人。ずっと、ジッと、弱々しくこちらを見続けていた。
ブリッジスのコーチ、ノノちゃんと向き合った。
「ノノちゃん」「……なんです」
ハイカラーの髪も、今日は心なしか湿気でしおれて見える。
後半戦開始のホイッスルが鳴る前に、ノノちゃんの正面まで移動する。
彼女は私が来てから、みんなとは二歩も三歩も離れた場所に立っていた。
松葉杖でゆっくりと迫ると、ノノちゃんは顔をうつむけて、目をそらした。
でも逃げない。もう逃がさない。私の人生が変わったのも、彼女の人生を変えてしまったのも、すべてひっくるめて私たちの関係だから。
私たちは、大船紗友と矢野乃々は、もっと誰よりも早く。
二人っきりで、ちゃんと話す勇気が必要だった。
「私ね、またサッカーやることにする」
「……そんなこと言って、できる……できるわけ、ないじゃないですかっ!」
「できなくてもやるよ」
「無理です! もう、そういうこと言うのやめてください! 苦しいんですっ!」
「だからノノちゃんも一緒にやろうよ、サッカー」
「えっ」
「二人でさ、また最初から、サッカーやろうよ」
「だ、だって、でも、だからそんなことできるわけ……」
「できるよ、私たちなら。だって無敵コンビなんだもん」
「ッッ」
大きな両目からこぼれそうになる涙を隠そうともしないあなたに。
私はもっと早く、言ってあげればよかったんだ。
「ノノちゃんがね、サッカー続けてくれてたのが分かって、うれしかったよ。私はあなたに、あなたは私に、もっと早く、いろいろ言うべきことがあったんだと思う。だからさ、もう一度はじめよ。まずはパスだけでいいから、一緒にボールで遊ぼうよ。もし私がまた昨日みたいにダメな子になっても、これからはもうめげないから。まあまあまあ、少しは恨み言を言っちゃうかもだけど? それでもノノちゃんには、ノノちゃんのサッカーをやってほしい。大船紗友のサッカーを覚えてくれているあなたに、私がここに立っていたんだってことを、プレーで証明してほしい。ノノちゃんはさ、私の、ミラクルサユの最後の相棒だから」
自分自身、昨日の今日で、すべての問題を整理できているわけじゃない。
けれども、大切に抱えてきた思いはちゃんと口に出して言えた。
その返答に。
「うっ、ふぐっ、ぶくっ、うう゛ぁー! サユちゃーーーんっ!!!!!!」
「わぷっ」
ぐっちゃぐちゃな泣き顔のノノちゃんに、正面から飛びかかられた。
「おいヤノノノ! アホかおまえ! あぶねえだろが!」
瞬くん、キミが言えたことではないですけどね?
「私もぉ! サユちゃんとぉ! ザッガーじだいぃぃぃーーー!!!」
「も~、分かったから~」
「う゛えええん!!! ザユぢゃーーーん!!!」
たったこれだけのことで、長らく胸を苦しくさせていたつっかえが取れてしまった気がして。すこしホッとしただけなのに、私まで涙が出てきてしまった。




