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立ち上がれ、旧四季橋の旧式よ!(2)

「あっはっは! ほんとバカ、瞬あんたほんとバカね! バカすぎて泣けるわ!」

「うっせえよ……」

「まあまあまあ」


 劣悪な振動のお姫さま抱っこから一転、快適な車での移動に変わる。

 紀子さんは今朝、勤めている駅前の総合病院に私用の松葉杖を取りにいってくれていて、そこからとんぼ返りで大船家に向かったところ、なぜかお店には鍵すらかけられておらず、二階には私の姿もなく、相当焦ったと話した。


 そこですぐに車に乗り込み、自前の電話で警察に連絡しようとしたところ、向かいの酒屋さん、郷里さんの奥さんに数分前にあった出来事を伝えられ、まさか自分の息子がワケの分からない紗友ちゃん誘拐劇を繰り広げたことを知り、商店街入口に近づくにつれて濃くなる目撃証言を頼りに白い車を走らせたところ。


 犯人の逃走現場をきっちり目視。

 見事、難解事件を解決に導いたらしい。


「ほんとごめんねえ紗友ちゃん、バカすぎて謝罪のしようもないんだけど」

「まあまあ、これでも瞬、がんばりましたし」

「あんたさあ、ケガ人を無理やり抱えて走るとか、いっぺん死なせるわよ?」

「…………」


 瞬のなかではあるいは、先ほどまでは爽やかな青春の一幕だったのかもしれないが。車内の空気は現実的な女二人が優勢。男の子のプライドにヒビが入る。

 そのうえで、まあね。私は瞬に「ありがとう」って思ってる。


「それにしても、紗友ちゃんがまたサッカーなんてねえ。感慨深いわねえ」

「あっはは~」

「紗友ちゃんは、ミラクルサユは商店街みんなの誇りだもの。本当にうれしいわ」

「あ~……この年でその呼び方は、さすがに恥ずかしいですよ~」


 女二人の会話に、瞬が入ってくることはない。今の状況に反省しているとかじゃなくて、これまた中高生男子なりの思春期がために。


「それに、矢野さん家の乃々ちゃんも一緒なんでしょ? よかったわねえ」

「それはまあ、私としても、はい」

「あの子、紗友ちゃんのこと大好きだったもんねえ」

「……どうですかね~」とくに、今は。


 ほんと、どうなんですかねえ。さっきまで私のことやお父さんたちのことは考えていたけれど、そういえば失礼なことに、ノノちゃんのことを忘れていた。

 昨日の今日で発言を翻したと伝えれば、いったいどんな顔をされるのやら。


「ヤノノノは問題ねえよ」

 ボソッと、瞬が口をはさんできた。

「それ、瞬に言われてもね~」

 今のノノちゃんが大好きなのって瞬だし。


「あいつさ、俺のこと好き好きってうるさいじゃん」

「なにそれ、あんた紗友ちゃんの前でノロけてるわけ? ガチしばくわよ」

「おふくろは黙れ。そうじゃなくて、あれやんのって、紗友の前でだけなんだよ」

「? どういう意味?」

 私が目を向けるも、瞬が顔を背け、窓ガラスの外を向いてしまう。


「あいつって、おまえがいないときは俺にまるで引っ付いてこねえよ。むしろ近寄るなって感じ。俺もだけど。中学以降ずっとそう。あいつはあいつで紗友の一件に責任を感じてて、俺や慶人たちからチームメイトを奪ったって負い目もあるみたいだから。でも、おまえの前に俺がいると、ああやってまとわりつくわけ」


 なんだんそりゃ。意味が分からぬ。

 高度なフェイントかなにかってこと?


「ヤノノノさ、おまえに嫌われて負けたいんだよ。バラすのは悪いと思うけどよ、あいつさ、実際に言ってきたの。俺がヤノノノのこと好きになることは絶対にないし、ヤノノノが俺を好きになることも絶対にないから安心だって。だから紗友がいるときにしかうっとうしく絡んでこないし、そうしたところで結果は見えてるしって。たぶん、あいつなりに考えた恩返しなんだろ。めっちゃ歪んでるけど」


 それを聞いて、私は胸が痛んだけど、納得もした。

 ノノちゃんが私に嫌われたいから、ああして振る舞っていたのだとしたら、悲しくはあるけれど、ちょっとかわいらしくも見えてくる。私たちに横たわる過去は、それぞれ捉え方も抱え方も違ってしまっているんだろうが……嫌われたいか。


 そう思って行動する女の子なら、少なくとも関係は最悪ではない、と思う。


「ありがとう瞬、教えてくれて。ノノちゃんが知ったら怒りそうだけど」

「んなの知らねえよ、今さら」

「瞬はノノちゃんのこと、好きにならないの?」

「……ガキのころ言っちゃってさ。紗友のは、あれ、オマエのせいだって」


 ふむ。つまりそれは、私の右足はおまえのせいだ、って言ったわけか。

 ふむ。仮にも幼なじみの仲だしね。言いたいことは分かるんだけどね。


「うっわ~、それ男子として、ちょっと最悪なんですけど~」

「関係ない男に口出しされるとか、乃々ちゃんカワイソウだわあ」

「それならノノちゃんがサッカー続けられなかったのも納得だよ~」

「うちの男たち、ほんと自分のことしか考えないから手に負えないわあ」

「…………」

 女性陣に集中放火され、無言になる。


「あんたがね、言いたくなる気持ちも分かるけどね、それ言っちゃったらもう最悪よ。乃々ちゃんに一生嫌われるわね。サッカーやめたのもあんたのせいじゃない。しかも、そんな相手にすり寄って、わざわざ負け女を演じたいだなんて。およよ……不器用でけなげでイイ子ねえ。まるで少女漫画みたい。娘にほしいわ」


 裏情報を知っちゃったみたいでフェアではないけれど、ノノちゃんが本当にそんな感じで、私のことを心の底から嫌いなのではなく、逆に気を配っていたのなら、少しばかり、あとでいいメンタルでぶつかれる気がする。

 嫌われてないかもって思えるだけで、トライを諦めずに済むから。


 それにしても、イマイチ腑に落ちないこともあるんだけれど。


「ノノちゃんって、私に負けたいんだっけ?」

「本人がそう言ってた」

「ん~、でもさ、どうなったら負けになるの? そこが分かんないんだけど~」

 純粋な疑問を口に出したら。


「…………」

「……紗友ちゃんのこういうとこはあんた、今後一生、不憫なんでしょうねえ」

 私はどうも、シュートコースの嗅覚が鈍っているらしい。



 車内が急に静かになってしまったが、紀子さんが運転する車は旧四季橋界隈を抜けて、最短距離で目的地のオーシャンスタジアムへと走った。

 現状、その気になっているのは私のほうだけで、会場のみんなは違う。どう思っているのかも分からない。不安に思っていてしかるべきひどいことを、私はたくさん口にしてしまった。それぞれのコンディションにも影響あるみたいだし。


「あれえ、紗友ちゃん、試合ってもうはじまっちゃってるんだっけ?」

「みたいですね。遅れちゃった」

 車内のデジタル時計は、九時二十分を指している。

 今日は三十分ハーフの予定だったから、前半戦はまもなく終了なはず。


「うちの人、勝てるかしらねえ」

「勝てますよ。だって千藤さん、ブリッジスのエースストライカーですから~」

「アッハハ! いやあねえ、あんなオジさんになってもまだエースだなんて」

 小ばかに笑う紀子さんだけど、その口調には乙女な隠し味がある。


「今回は相手がワリぃよ。マウントスはちゃんと戦術を構築してるしな」

「ブリッジスだって、ノノちゃんたち、がんばってたよ?」

「それでもだ。現役ばりにプレッシングできるチームとか、強ええに決まってる」

「それはそうだろうけど~……」

 そこは向こうの強みだし、仕方ないし……。


「つっても、六十前後のオヤジたちに続けられるとは思えねえんだけどな」

「現役の高校男子選手でも、お姫さま抱っこは十分で限界だもんね~」

「……それ言うなバカ」


 車が町中を抜けると、間もなく会場が見えてきた。水色の壁や天井がみずみずしく感じる、東京都内の中型施設「オーシャンスタジアム」。

 背景が晴天ならもっと映えるだろうに、曇天の空とはミスマッチな建物。


「じゃ、瞬と紗友ちゃんはここで降りていいわよ。私、駐車場に止めてくるから」

「ありがとうございます、紀子さ~ん」

「ほら紗友、いくぞ」


 瞬が先に車から降りて、私のための松葉杖を手に持つ。

 私も上半身と左足を使い、どうにか車のドアの外へ。


 久しぶりに使うことになった松葉杖を両腕のワキにセットすると、懐かしい食い込みに「キミ~、ま~たやらかしたね~」と叱られている気がした。


「紗友、行けるか」

「うん、行く」


 松葉杖に体重を支えてもらい、一歩。次を動かす前に、ほんのすこしだけためらった頭を振りきり、もう一歩。なる早で行くのが、今の私の使命だ。


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