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敵はスタジアムにあり!(11)

 オジさんたちがグッタリ疲れきって帰っていったその日、ノノちゃんによって作られたフワフワな記録証明が「Fリーグ五十周プレミアムシルバーマッチ委員会」宛に送られると、一週間もしないうちに返答が届いた。


 その内容は「ブリッジスのエントリーを受け付けました」とのことで。


「アホくさ。よっぽど参加者がいなかったんでしょうね。同地区から二組って」

「イベント自体、あんまし知られてないみたいだしね~」

「つーかこの試合、そのあとやる名選手座談会の余興っぽいですもん」

「そこは、まあまあまあ」

 オジさんサッカーがイベントの本命じゃ、誰も見に来んわなあ。


 エントリーの合格通知がオジさんたちに知れ渡ったその日、お父さんと千藤さんと服部さんは隣の渕山町まで足を運び、今は市議会の後援を務めているというマウントスの江崎さんに「今度はぶっ潰してやる!」とタンカを切りにいった。

 事実は不明だが、江崎さんも怖じけることもなく「へっ、今度こそおまえらを正式な場で叩きのめすチャンスをくれてありがとうよ」と返事したとか。


 まったくもう。やたら血の気の多いオジさんたちである。


 それからブリッジスは毎日、野っ原で練習をした。ノノちゃんも当初は二日に一回程度だったのが、最近は気付けば毎日コーチしている。ここ数日は練習終わりのご飯会ですらチームミーティングの時間になり、戦術がどうだ、ポジションがどうだと、最初はオジさんたちが意気揚々と侃々諤々に騒ぐも、そのうち美人女子高生による一方的なダメ出しでオジさんたちが傷心し、シーンとなるのが恒例。


 そのため瞬も、父親がご飯担当の日に家にいないことが多くなって、最近は毎日ウチに食べにきている。ブリッジスは五月末にプレミアムシルバーマッチ、四季橋高校サッカー部はその数日後にインターハイ予選があるため、サッカー部も新入生を差し置いて根を詰めている状況にあるから、夜遅くまで練習している。


 おかげで、瞬とブリッジスが居酒屋おおふねでかち合うこともしばしばあって、そのときだけはノノちゃんも「瞬くぅん!」とベッタリしつつアタックを仕掛けているから、オジさんたちもホッと一息。ただし、千藤さんはなぜか私の顔をチラチラ見てくるので、なにか言いたいことでもあるのかもしれない。


「ハイハイハイ! 十塚と末はそこで両サイドから上がる! 遅い!」

「了解、コーチ!」

「うおお!」

「ハイハイハイ! 郷里もそれをちゃんと見る! ちゃんとオトリにする!」

「んにゃろう、わかっとるわい小娘!」


 練習中だけだけど、ノノちゃんはいつの間にかみんなを呼び捨てにしはじめた。そこに反抗がないのは、いやなくなったのは一丸になった証拠かな。


 ブリッジスはチーム戦術を大きく変えていない。新しい概念にチャレンジするには時間が足りないという判断で。そのぶん、現状のシステム修正にはコーチの指導が光る。CBのサンダーブラザーズも位置こそ変わらないけれど、ラインを一段下げたアンカーの郷里さんを把握しやすくなり、攻守の安定感を増した。


 SBの末さん、十塚さんは二〇二十年代あたりから主流になった偽サイドバック、つまりアタッカーの役割を多分に取り入れた上がり屋としての動きを取り入れた。

 やりすぎは厳禁だが、ここぞというときに攻撃手が増えるいい動き。


「兼島! 服部! 逆サイの八木原に振る動きを忘れるなよ!」

 GK最上さんも、ここ最近は試合に向けてかコーチングが増えている。


 MF陣は大きなテコ入れこそないけれど、小学生相手に行った横パス連携の意識を高め、左右の味方とのパサーとレシーバーとしてのコミュニケーションに努めた。三人とも、当初は世代が違っているから相手の呼吸をつかめていなかっただけで、ひとたびボールがつながるようになると高校レベルの力量を見せる。


 それに八木原さんの【バリケンド】は本気の試合では封印ものだけど、兼島さんの【ハッピー弾丸】は中距離砲として期待できる。二人ともお腹のたるみが減ってきた気がするし、服部さんも先週からタバコをやめたって言っていた。


 おそらくマウントスとの試合では無謀なシュートの乱発によるケガを防ぐため、シュート可能エリアは双方のアタッキングサードにのみ制限されるはずだから、ゴールエリア前での攻撃手段は多いほうが助かる。

 でも、シュートの危険なんてのはだいたいゴール前だろうから、このルールはどちらかというと、無闇な博打シュートの制限にしかならなそうでもある。


「ゴラァ茜! だからおめえは先にゴールエリアに入ってろ!」

「じゃかあしい! オレは空中戦が嫌いなんだよタコ!」

「ゴラァ、ボケが! 泣かすぞチビ野郎!」

「ああん!? てめえやんのか岩男!」


 FWの二人は相変わらずで、ノノちゃんも攻撃の指導はほぼしていない。というより、する必要がないんだとか。お父さんと千藤さんはあれでチームワークが固まりすぎているので、変に口出しするより違う部分にリソースを割くみたい。


 ゆえに、守備の意識はだいぶ高まってきていた。二人とも成功率こそ高くないものの、守りのときは自然とパスカットの位置を探って走っている。

 いるだけで邪魔に思う、そういう抑止力になることもまた守りの本質だ。


 そしてチーム全体で見ても、体力が養われてきた。本気の試合じゃどうなるかは分からないけれど、少なくとも練習中は最初の日曜日のように屍と化すことはなくなった。それになにより、最近はみんな本当に。


「ハイハイハイ! 大船は突破できないなら後ろ見る! 無理せず戻す!」

「服部さん! セットプレーしたいからクロス上げてクロス!」

「……郷里さん上がりすぎ」

「フリーキックが雑すぎますって! ショートでもいいですよ!」

「ほらそこぉ! スペース潰しなさいよ! 当たれ当たれ!」

「持つなバカ! クリアしろクリア! 末はカバーは入ってろアホンダラ!」

「おいビルドアップは丁寧にしろって言ってんだろ!」


 古めかしいオジさんたちも、ちょっとずつノノちゃんの現代用語に感化されたりしつつ、野っ原を取り巻く周囲の視線もまったく気にならないのか。

 毎日毎日、まばゆいほど楽しそうにサッカーをしている。


「かーっ! 抜かれてんじゃねえよ小サンダー!」

「……誠が悪い。上げすぎ」

「ハイハイハイ! 切り替えて切り替えて! センタリングからもう一本!」

「「「 ハイ!!! 」」」


 そうしてみんなして楽しくサッカーをしていると。

 本命のマウントスとの試合は、もう翌日に差しかかっていた。



 マウントスとのプレミアムシルバーマッチが行われる前日。ブリッジスの一同は最後の最後で故障なんかしていられないとチーム練習はせずに、日暮れまで休養して、夜から居酒屋おおふねで最後のミーティングを行うことになった。

 試合決定から先はなかなか強度のある練習をしていたのに、誰もケガせずに今日までやってこられたのは、ひとえにノノちゃんのおかげだろう。


 監督の私なんかは相変わらずニコニコ見ているだけだけど、まあ、勝利の女神っていうのは往々にしてそんなもんだということにしておこう。


「――ですから、マウントスのプレッシングは完璧じゃないにせよ強靱なので」

「ガッハッハ! 肝っ玉が小さい小娘じゃな! んなのワシに任せい!」

「ハァー? 郷里さんに任せたらクソみたいなスルーパス連発じゃないですか」

「ク、クソじゃと小娘! 淑女はもっと上品な言葉遣いを心がけろい!」

 そっちにダメ出しだった。


「紗友、麦茶のおかわりくれ」

 騒ぎの渦中にあって、瞬は黙々と食事。

「ちょっとまってね~」

 今日もたまたまの同席だけど、サッカー部終わりで誰よりも食べる。

 というか、オジさんたちはもう食べるより飲むしてる。


「おうおう大悟! 明日は【大船頭コンビ】の大復活、見せてやるぞ!」

「茜、おめえ俺の運んだボールをこぼしたらただじゃおかねえぞ!」

「二人とも、紗友ちゃんの前で飲みすぎだって」

「黙れ服部。【ノー・トリック】のくせによお!」

「だっはは! 服部空のくせに【ノー・トリック】ってよお!」

「ちょっとぉ! 僕の名前弄りはやめなよね!」


 今日は、サッカーをしている大船大悟が大好きなお母さんの計らいにより、お父さんもお店側ではなく、客席側に座って飲み食いしている。


 給仕さんは私だけだが、メニューはすべて大皿料理をドーンと出して振る舞っているだけだから、私もみんなの飲み物のおかわりくらいしか応対しない。

 昔は不衛生に思った大皿料理だが、いいとこあるね。


「紗友ちゃーん! 明日はおいらたちサンブラの活躍見といてねー!」

「……見て」

「はいは~い」


「ガッハッハ! 紗友ちゃんにゃあ、ワシのファンタジックなプレーをじゃのう」

「郷里さん、またコーチに怒られますよ」

「わっはっは! ウチのコーチ怖いもんなあ! カミさんよりマシだが!」

「はいは~い」


「おう最上、八木原はまだ来れねえのか?」

「娘に店内改装を命令されて大変だってな。ああ紗友ちゃん、緑茶ハイを一つ」

「はいは~い」


 みんなして、本当に楽しそうでなによりです。


 ミーティングという名の宴会が一時間を超えたころ、店内がさすがに騒がしすぎるので、ほかのお客さんには申し訳ないけれど、表札を「貸し切り」にした。

 まあまあまあ、ほかのお客さんは今日は一人もいないんだけど。


 そのうち、瞬がノノちゃんの前の席に移動した。あら珍しい。瞬のほうから近寄るところなんてめったに見ないけれど。実は、もしかして気になってたり?

 といっても、こっちに漏れ聞こえてくる会話にはまるで色気がなくて。


「やぁん、瞬くぅーん! 私ってばすごいうえに最強天才コーチなんですー!」

 口は瞬に、目は私に。器用な子だ。

「親父に聞く感じ、ヤノノノまじでコーチできてんだな」

「あれれぇ? もしかしてぇ? 瞬くんも私のレッスン受けたいですぅ?」

 小悪魔美少女のからかうような口調は、完全に無視され。


「ヤノノノ、サッカー続けてたんだって?」

 いたって平常な顔で、瞬が口にした。

 あちゃあ……私が一昨日だったかに口を滑らせたやつ。あとで怒られる。


「え……いえ、私、フットボールはやらないですし、誰がそんな……監督ぅぅ?」

 ギロリ。やっぱり険しい目が向けられた。

 犯人の私は、そそくさと後ろ歩きで三歩ほど離れる。


「チームは? どっか入ってんの」

「まっさかぁ。一人でときどきボール蹴ってるだけですぅ。興味ないですしぃ」

「アホ、普通は興味なきゃ、ボールなんて蹴らねえよ」

 なにげなく瞬が笑ったあと、ノノちゃんは無言になった。

 なんとなく私のせいな気がして、また三歩ほど離れる。


「いえ、ほんとに。私はもうやらないし、やりたくないんで。安心してください」

 ド派手で明るい笑顔とは裏腹に、声は妙に落ち着いている。

 どうにも痒くて、掻き毟れなくて、サッと背中を向けた。


 それが分かってか、ノノちゃんも声を潜めた。

 たぶん、瞬にだけしか伝わらないように。

 私にだけは、聞こえないように。


「ウソこけ」

「ウソじゃないです。本当に、もう二度と、ボールにさわらないって約束します」

 なのに、私ってば耳がいいからね。

 離れていても小さな声が聞こえてしまうのだ。


「触らないけど蹴るからって?」

「トンチじゃありません。やめてください、ここでそういうの」

「いらねーよ、んな約束。俺にもそんなこと言える資格はねえし」

「…………」

「今もさ、ヤノノノがサッカー続けてんなら、おまえは続けるべきだと思う」

「……やりませんから、私は、もう、ほんとに」

「やりたいなら、やっとけよサッカー。ここのみんなだってそうなんだ」

「…………」

「もうさ、みんな大丈夫だから。おまえだって、親父たちだって、それに――」


 今はその先を聞きたくなくて、お母さんのいる厨房に逃げた。

 それなのに、よく聞こえる耳は、彼の声を拾ってしまうのである。


「美奈ちゃんよう、あの紗友ちゃんの卵のやわっこいやつをじゃのう!」

「あらあ、また卵のやわっこいやつ。OB大明神は好きですねー」

「ほら末っ! おいらたちチームの未来のために一発脱げ!」

「……脱げ、末」

「サンブラ、下品だぞ。だが悪くないな」

「どうした服部! 飲め飲め飲め!」

「俺も最上さんみてえな通称がいいよー。なんだよ【フラインガー道雄】ってー」

「――紗友もさ、もう大丈夫だろうしさ」

「ゲップ、僕はもういいってば! 二人とも飲ませないで!」

「そういや大悟、郷里さんにもらったってあの酒まだあんのか?」

「ガッハッハ! やっぱり気に入ったか千藤! ウチにゃあまだあるぞ!」

「幸腹亭! スタミナ焼きもっと追加で持ってきてください!」

「大サンダー先輩! 悪ノリやめてください!」

「ちょっと皆さ~ん、うるさいですよ~、ご近所迷惑ですよ~」


 あまりに楽しそうなので、うるさいので、厨房から出て、注意して。

 すこし夜風を浴びに外に出た。


「おい聞け! 明日の決勝弾を打ったやつ、OB大明神が酒一封くれるらしいぞ!」

「ガッハッハ! 持ってけ持ってけ、このガキンチョども!」

「こらー! オッサンども! 試合前に飲みすぎるなって言いましたよねー!?」

「コーチもどうです、一杯一杯」

「ほれほれ、うめえぞぉ、楽しいぞぉ」

「こんのバカジジイ! 女子高生になんてもん勧めてんのよ! 信じらんない!」

「国立に行ってみたかったなあ。国立にはよういったのによお」

「そしたらゴール前で言ってやんのさ。俺のシュートは」

「うっせえぞ末! おいらのオフサイドラインは電化工事中なんだよ!」

「……あれは兄貴が悪い。俺は悪くない」

「つってよお、最近はカミさんも痩せた俺にホレ直してよお」

「おまえは太りすぎだ兼島。もっと痩せろ」

「もー、お店の外までうるさいのが聞こえてるわよー!」

「お、八木原さん、おつかれです!」

「八木原、遅かったな」

「ほら瞬も飲め! 飲め!」

「ふざけんなクソ親父!」

「瞬はインハイだってなあ。大きくなったなあ。今年は予選突破がんばれよ」

「まったくもう。うちの娘ったらオヤジをこき使ってくれちゃってもう!」

「八木原さーん。明日決勝弾を打ったら、OB大明神が酒くれるってー」

「あらあ八木原さん、いらっしゃーい。なに飲みますー?」

「真奈ちゃん、ワタシはクラシックラガーちょうだいな」

「大悟てめえ! 明日は俺にパスしねえつもりだな!」

「そんな我欲まみれのバカに誰がパスするってんだ茜!」

「じゃかあしい! ナメんなよ石頭!」

「上等だ、チビ野郎!」

「ほら見なさい野郎ども。うちの娘が作ってくれたブリッジスのユニフォーム」

「オオすげえ!」

「やるじゃねえかルビーナの天才ガール!」

「全員分あるからねー、あとで費用を徴収するわよー」

「四季橋商店街イチ儲かってんだから見逃せよなー!」

「さすがルビーナを立て直した才女! っぱ昔のダメ店長とはちげえな!」

「うっさいわよ!」

「シャツが黄色で、ショーツが緑。往年の千葉みたいですね」

「あ、そういえば店先のボールなくなってたわよー」

「なにぃ? 紗友ちゃんのボールを盗むたぁ、ふてえ野郎がいたもんだ!」

「って、あれ。今日は紗友ちゃんいないのね」

「さっき店内がうるさすぎて、外に出てったぞ」

「ガッハッハ! そりゃこんな男臭けりゃ仕方ないわい!」

「えー、オジさん寂しぃ」

「ふーん」

「そうだな」

「ガッハッハ」

「……え、ほんとに出てったんですか?」

「ええ、さっき」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……えっと、八木原さん? お店くるときに監督のこと見てません?」

「見てないわ。もしかして入れ違いだったのかしら」

「そうですか」

「…………」

「…………」

「……紗友ちゃん出てって、もうけっこう経ったよな?」

「…………」

「…………」

「……店先のボール、ほんとになかったわよ?」

「ッッッ!!!」

「あのバカ娘がッ!!!」


 大船大悟が怒鳴り声を上げた瞬間、悲壮な表情の矢野乃々が勢いよく席を立ち、慌てて居酒屋おおふねの入口から外に出ていった。


 彼女を追いかけるようにして大悟が続き、事態を察して椅子から転げ落ちそうになっていた千藤瞬も次いで駆ける。それを見た者たちも、ソレに思い至った瞬間、我先にと店をあとにした。最後に厨房に残された大船美奈だけが。


「あらあ、紗友ちゃん……」

 決して軽くはない息を、ゆっくりと吐いていた。


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