敵はスタジアムにあり!(10)
ポゼッションフットボールとはなんぼのもんじゃい!
とばかりの子供だましの戦術がゆえに、子供相手には見事ハマる。
大人げないブリッジスの作戦により、試合は一方的なものへと変わった。
スコアは茜さんのヘディングゴールに加えて、お父さんの中距離シュートが炸裂し、折り返しのハーフタイム時点で2-1。ブリッジスの優勢だ。
それでも果敢な子供たちの体当たりは容赦なくオジさんらの身体に突き刺さり、体力というか生命を削っていく。唯一の救いは、それらがクレバーな思考からくる彼らなりの作戦じゃなくて、無邪気な感性によるものってところだ。
「美樹ちゃーん、任したー!」
「任された!」
近所の美樹ちゃんにボールが渡る。
「美樹ちゃ~ん、がんばれ~!」
「ちょっと監督、相手チームの選手を応援するのやめてくれません?」
ノノちゃんに叱られた。
試合後半戦。四季橋小学校サッカークラブはチームメンバーを半分ほど入れ替えて、先ほどノノちゃんとボールを蹴り合っていた女子たちも参加した。
一般的なルールを無視した計六人交代だが、そこはハンデだハンデ。それ以上に、どうせなら今日ここにいる子供たち全員に楽しんでもらいたいし。
なんて、ブリッジスの勝利を前に、そんなことを願ってしまう。
「どけどけ、オッサンどもー!」
「おうおう、オッサンじゃねえぞ!」
オジさんだもんね。
前半戦でも元気のよかった男子FWが、後半戦でも元気よく走り回っている。
戦術で見たらあまり効果的ではないかもしれないけれど、ずっと走れる選手というのは試合においてそれだけで脅威だ。小学生の疲れ知らずは恐ろしい。
「おい八木原! 左サイドのその子をとめろ! 末はカバーに入れ!」
最上さんもゴールエリアからコーチング。
「承知よー!」
「はいっ!」
コーチが盤面の横から、キャプテンが縦から指揮する形。
八木原さんの目前に迫ってきていた男子は、愚直なまでに前に運ぶだけのドリブルで進んできた。足を踏み出すたびにボールが足元から離れていて危なっかしいけれど、サッカーは最短距離で攻撃するほうが有利に違いない。
「オカマっぽいオッサンどけー!」
「カマじゃねえぞチビっ子っ!!!」
ダメよ男子くん! 八木原さんにそれは禁句!
表面上は怒ったふうな八木原さんが、相手の正面突破を立つだけのブロックで止める。男子は右か左かに体を振ろうとしているが、振りきるための足元の技術がないようで、八木原さんに合わされて、しばしの膠着状態が生まれた。
そして、イチかバチに賭けたのか。
がむしゃらに抜けようとした、その瞬間――。
「行かせないわよ、これぞ【バリケンド】!」
バタンッ! 八木原さんが砂地のグラウンドで真っすぐな棒のように倒れ。
まるでバリケードのように進路を封殺した。もとい、死体のように。
「出た! 八木原さんの【バリケンド】だ!」
トップ下の服部さんが声を張り上げる。
「ガッハッハ! 童ども見さらせ! あれが四季高の伝説じゃ!」
郷里さんも乗っかる。
あれぞまさしく、高校生時代に八木原さんが「相手のドリブルを止めるにはどうすればいいの?」と考え、考えすぎて頭が茹だってしまったころに思いついたという、ピッチ上で全身を投げ出して進路を封殺する人間バリケード。
居酒屋おおふねでも半年に一回、泥酔した誰かが披露している名物技。
その常識外れなブロックの異様さに、目の前の小学生男子も思わず。
「ギャッハハ! なんだそれオッサン! ウケるー!」
大はしゃぎで大爆笑し、足元のボールを明後日の方向に転がしてしまう。
「八木原さんのおバカ! それやめろって練習中に何回も言いましたよね!?」
「まあまあまあ」
ノノちゃんもすでにあの一発芸はご存じだったらしい。
【バリケンド】はたしかに、ドリブル中の障壁としては大きく、コーンの障害物に近いものはあるけれど、もし相手が走って向かってくる最中にそんなことをすれば、ボールが当たったり、蹴られるだったりはまだまし。最悪スパイクでグサッと踏み抜かれてしまうダメ技だ。おまけに左右を抜かれれば意味もない。
ただし、誰でも考えつきそうで誰もがやらないその守備方法は、多感な小学生たちに笑いの渦を提供した。もともと八木原さんもそのつもりだったから、膠着中にいきなりやったのだろう。彼はアレでエンターテイナーなのである。
それでいて、ブリッジスの真の目的のための時間稼ぎは見事に果たしていて。
「ゴラァ茜! 残り六分だぞ、走れ走れ!」
「じゃかあしい! 茜も足止めてんな!」
前半戦から続けてきた横パス併走連携は見事に刺さり続け、追加点こそないが、小学生たちにボールを奪われることなく攻めを展開し続ける。
「し、死ぬぅ……」死にそうな十塚さん。
「オエッ……」吐きそうな兼島さん。
追加点を奪えていない理由はわりと明白で、オジさんたちが足を緩めはじめたからである。その理由は余裕ではなく、必死。超元気な小学生のテンポに巻き込まれてしまったせいで、張り子のスタミナが底をついてしまった。
「ハイハイハイ! 美樹ちゃん離れすぎ! もっとボールを受けに入って!」
「ハイ! ノノちゃん先生!」
試合の流れはもう動かないと見たか、ノノちゃんも相手に口出ししてる。
「ノノちゃん、相手チームの選手にアドバイスっていかがなもの?」
「フンッ。私はいいんですよ、私は」
いいらしい。まあ、いっか。
気付けば私まで気を緩めてしまい、日曜の午後を楽しみはじめていたころ。
ピーッ! 試合終了のホイッスルが、先方の先生により鳴らされると。
我がブリッジスは後半戦も2-1のまま、この試合を制したのだった。
「お父さんたち、やったね~、おつかれ~」
「ハァハァ、サンキュー紗友」
「ぜぇぜぇ、紗友ちゃん、オレにもドリンクくれ」
「はいは~い」
息は荒いが、いい汗と笑顔を浮かべているオジさんたちが、私たちのもとに戻ってくる。なんだかんだサッカーを満喫してきたのがよく分かる。
対して四季橋小学校サッカークラブのほうも、男子たちの「くやしー!」な声と地団駄が届いてくるけれど、そこにはすがすがしいほど他意がない。
それぞれのチームが十分ほど休憩したのち、選手たちがあらためて声をかけ合いにいく。試合前は恐る恐るで見られていたお父さんにも「さっきのシュート教えてくれ!」と詰め寄る男子がいたりした。スポーツマンシップでなにより。
その間、私は相手方の先生に、ちょっとしたサインをもらっていた。
ノノちゃんが自宅のPCで作ったそれは「プレミアムシルバーマッチにおける、ブリッジスの試合証明証」と書かれており、件のスタジアム試合に必要な参加証明のチェックボックスに加え、最上さんの住所・氏名・捺印が記入されている。
なんというか、厳密な記録としてはまるで証明していないものの、協会の公式サイトを見ても正しい参加証明の記録法やテンプレートがいっさい用意されていなかったため、コーチ案の「こんなんで十分じゃないですか?」が採用され、相手チームから「彼らが試合で勝ったチームです」の押印をもらうだけにした。
「お手数おかけしました。ありがとうございます」
「いえいえこれくらいは。ブリッジスの皆さん、本格的な試合もやるんですね」
「いやいや~、まだ出られるか分かったもんじゃないので~」
「今日もすごかったです。六十歳前後の方々がしっかりとサッカーしていて」
「お恥ずかしい限りです」
「いえ、おかげで私も、まだサッカーできそうな気になれました」
男の先生がニカッと笑んだ。そのあと少し苦笑いして。
「……体のケガの怖さは、当時の比じゃなさそうですけどね」
大人が抱くやらない理由なんて、みんなそれなのである。
そのうえで、少しだけ口出しするのなら。
「ケガなんて、いつだって誰だって怖いですよ~」
視線をずらした先で、バテバテのオジさんたちがそれでも意地を見せたいのか、小学生男子たちとゴール前で戯れている。ノノちゃんも美樹ちゃんたちに気に入られてしまったか、ボールを手になにかレクチャーをさせられている。そんな光景を見ているとつくづく思う。転んでケガするなんて、誰だってごめんよね。




