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敵はスタジアムにあり!(9)

 不意に轟いた、年ごろ女同士によるのっぴきならない怒号と静寂は、オジさんたちと子供たちの楽しい休日を台無しにするかのように、場に静けさを生んだ。

 犯人の一人である私も続ける言葉を出せなくなってしまったけれど、このままではいけないと感情を動かして、努めて明るくみんなに告げる。


「ごめ~ん、怒鳴っちゃったね~。そろそろ試合はじめましょっか~」

「……ッ」

 唇をかみしめるノノちゃんの横では不自然に映るだろうが、笑顔で笑顔で。


 不穏な気配に子供たちはすぐには動き出せなかったものの、郷里さんと茜さんが元気に声を張り上げて、場の緊張感を吹き飛ばしてくれる。

 監督の不始末にお手数かけまして、申し訳ない。


 しばらくしてノノちゃんも「すみません」とみんなに一言してから、練習試合の進行に務めた。チームに関する現場の指揮権はすでに私の手元にはなく、お父さんたちもフォーメーションの確認などはノノちゃんコーチを通して行う。


「ポジションは昨日言ったとおり、4-1-3-2でいきます」

「じゃから、なんでワシが一段下がるんじゃ。4-4-2と変わらんだろが小娘」

 大きな変化はMF陣のうち、ボランチの郷里さんがラインを下げる采配。


「ダメです。郷里さんには自由を与えるよりも、守備の要であるアンカーとしてのエリアコントロールを養ってもらいます。そういうことを自然とできる人たちが集まれば、4-4-2といった王道フォーメーションは成り立ちますが、そうじゃない人はあらかじめ立ち位置を変えて、役割を明確化することで自覚させるんです」


 お父さんたちのサッカーはDFからMF、MFからFWにつなぐ王道の攻めだけど、そこには「後ろが前につなぐ」という大ざっぱな指針以外はなにもない。

 守備のほうも「ボランチから後ろが要衝」といった言葉以外は存在せず、あとはそれぞれがコミュニケーションを通して知っている、個人の力量任せになる。


 もちろん、サンダーブラザーズにスイーパーとストッパーとしての長年の前後関係からくるシチュエーションごとの守備パターンがいくつもあるように、オジさんたちには全員、得意な連携や過去に培ったノウハウがある。

 しかし、そういった言語化されていなかったことを一つずつ洗い出し、言葉によって意味を定義し、緻密に行間を埋めた結果、サッカーは進化してきた。


 そのためノノちゃんコーチは、郷里さんにボランチという自由度の高い裁量を与える前に、「ボランチであり、前方のMF陣ともまた違う攻守の要のアンカー」としての意識を、ポジション変更を通じて与えようとしているみたい。


 そんな打ち合わせを見ているだけの私は、ほんのちょっぴり寂しい気分を味わったが、まあ日々の活動からしてなにもしてないし、寂しい以前に「助かる助かる」な気持ちがあるので、胸を張って彼女に任せっきりでいいのである。


「試合は三十分ハーフ。こちらは特例で、子供たち全員を交代出場させますね」

「構いません。子供たちにとってはレクリエーションのようなものですから」

 向こうの先生と、主将の最上さんがルールをあらためて交わしたあと。


「それでは四季小サッカークラブ対ブリッジスの試合――キックオフ!」

 裏の思惑により、絶対に勝たなければならないブリッジスの戦いがはじまった。


「ヒデ、いけいけ!」

「ヨウジ、こっちこっち!」


 ボールは四季橋小学校サッカークラブから。今はあくまでお遊びの範疇で、本格的な指導より楽しいボール遊びを優先しているのか、チームとしての動きは幼く、統一感はない。けれども、それをあまりあって補うのが子供の力で。


「服部! そこで止めろよ!」

「任せ、イダッ!」

 小学生男子による正面突撃ドリブルが、トップ下の服部さんの腹部に刺さる。


「は、服部、大丈夫か?」

「イデデェ……千藤、これは本気で生きて帰れるか分からないよ」

「ヘイヘイ! マイボマイボ! こっちマイボ!」

 ぶつかった側の少年はケロリとしている。若さと老いの無情を感じる。


 技術で武装したドリブルで、体や足を左右に振れる子は見たところ数人くらい。ほかの子たちは元気いっぱい、真っすぐ蹴って、真っすぐ走る。


 サッカーの駆け引きとして見たら、小学生たちは技術のなさから脅威に至らないが、オジさんたちのガラスの足腰には危険物以外のなにものでもない。


「ハイハイハイ! 末さんは体を当てないで進路をふさぐ! 球は足で奪う!」

「難しいこと言ってくれるなあ、コーチは……」

 オーダーに対し、若々しい五十二歳が苦笑しながら駆ける。


 無謀なドリブルやパスミスで、ボールは自然とブリッジス側に集まった。

 それでも、下半身に向かって遠慮なくツッコんでくるロケット児童たちを前に、オジさんたちの挙動は早くも及び腰になっている。仕方のないことだけど、なんていうか敵味方の間で心配の次元が違いすぎて、頭を抱えたくなってくる。


 足元が衰えているとはいえ、無策で突撃してきた子供たち相手にむざむざとボールを奪われるメンバーはブリッジスにはいないが、疲れ知らずで常に走り寄ってくる小学生のプレッシャーで、攻守のテンポはマウントス戦のときよりも早くなっている。まとわりつかれて足をゲシゲシ出されようものならさすがに奪われてしまうため、現状は即時の判断でボールを蹴り出す流れになってきた。


 しかし、そんなハイテンポでの高密度な連携なんて練習していないので。


「大サンダーさん、パスが雑っ! なんでそんなリスキーなとこ蹴ってんのよ!」

「む、無理だってー。おいらにゃテンポが早すぎるよー!」

「八木原! ワシに戻せワシにぃ!」

「待って待って、うわっやられちゃうわ!」

 次第に、期待を乗せたアイデアのためだけの通ったらいいなパスと。

 俺は落ち着いているアピールのためだけの無意味なバックパスが横行しはじめ。


「マイボマイボ! いけータカシー!」


 ゲームの流れを相手に合わせてしまったがための高速展開がたたり、中盤のいいところに元気な小学生男子たちがインターセプト。

 ブリッジスのMF陣は、軒並みハーフエリアに置いていかれてしまった。


「あちゃ~、難しそうな局面だ~」

「フンッ。なっさけない。バカなオッサンたちがアホなだけですね」

 返事の内容とはべつに、ホッとした。よかった。

 自然とかけた声に、ノノちゃんがしっかり反応してくれたから。


「これ、あれだね。落ち着いてどうこうできそうにないね~」

「分かってましたよ。なので策はあらかじめ用意してます」

「となると、大きく縦パスで前線任せ?」

「フンッ。違いますし。そんな寒い戦術じゃあの子たちもつまんないでしょ」

 なるほど。我らがコーチは大味な塩試合より美学で勝ちにいくようだ。


 気付けばブリッジス側のフォーメンションが崩れはじめ、全体的にゴチャゴチャしてきた。それだけだとチームポジションの瓦解に見えたけれど、フィールド上ではオジさんたちのパスがやけにつながりはじめる。とくに()()()()が。


「郷里さん!」十塚さんの短いワンに。

「ほらよう!」郷里さんが軽くツー。

「うわーっ」

 相手の男子は頭を振るだけで、その場に置いていかれる。


 一見するとゴチャゴチャに見えたフォーメーションだが、ブリッジス側は両翼のサイドアタッカーに対して、常に中央のMFが受け役として併走している。末さんが走れば郷里さんが、兼島さんが走れば服部さんが、立ち位置を崩して横に並ぶ。


 定石とは異なれど、これにより横パスの連携で小学生が次々と抜かれていく。


「チームとしての機能を有しないであろうフィジカルだけの相手には、全体よりも局所で上回るほうがベターです。オジさんたちの頭じゃまだ戦術なんてできっこないですし。だから、ボールホルダーの真横には誰であろうと常にレシーバーが付くように動いてもらって、簡単な横パス連携だけで抜いてもらうことにしました。それでフォーメーションが崩れようが、この相手じゃ弱点になりません。足腰がゴミでも、フットボールのテクニックならこっちが断然上です」


 スラスラと作戦を説明してくれるノノちゃんコーチ。助かる助かる。


 要は「チーム全体で、複数人連携の個人技だけで突破する」というものだが、戦術にうとい四季橋小学校サッカークラブの面々にはこれがピタリとはまり。


「兼島っ!」

 トップ下の服部さんが、右サイドハーフの兼島さんの前にボールを落とし。

「大船さんっ!」

 ボールに追いついた兼島さんが、さらに縦に蹴り。

「茜! 中入れ!」

 お父さんが右サイドを突破しきったあと、中央高めに上げたボールを。


「小学生がどんなもんじゃいっ!」ズダンッ。

 子供相手には大人げない高さの頭で、千藤さんが相手ゴールを突き破った。


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