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敵はスタジアムにあり!(7)

 瞬が斜め向かいのお家に帰ったあと、近所の金物屋さんのご夫婦が食事にきて、日もすっかり暮れたころ、お父さんたちブリッジスが帰ってきた。

 集団の先頭は我らがコーチ、ワンサイドボブをキメたノノちゃんである。


「ノノちゃん、いらっしゃ~い。お父さんたちもおかえり~」

 暗い顔の先陣の気配を察して、笑顔で向かい入れる。

 私が意識を引きつけないと、隣でやつれている十塚さんが不憫だから。


「先輩、今でも四季小のサッカークラブにツテってありますか」

「ほえ?」急になに?

「おい小娘! まさかさっきのは本気のつもりか!?」

 明らかな急展開。でも、みんなのほうは話がつながっている模様。


「この人たちに試合させなきゃならないみたいなんで、そのためです」

「試合って、小学生と?」

「ええ」

「だって、オジさんだよ?」

「ええ」

 スンとすまし顔で返してくる。当然でしょ? みたいな態度。

 それはつまり、オジさんvs小学生ってことになるんだけど。


「ぬかせ小娘! ワシが直々にマウントスに話をつけてくるわい!」

 郷里さんが声高に語気を荒げるも。

「はいはい、どうぞご勝手に。ほら行ってきたら? どうぞどうぞ、ほらほら」

「ぐ、ぐんぬぅ……!」

 チーム内での生物的有利は覆らない。ノノちゃん強し。


「まあまあまあ、よく分からないけど」

 とりあえずなだめていると、最上さんが私に説明してくれた。


「先ほどマウントスの江崎に会ったんだがな。彼らはどうも五月末、オーシャンスタジアムで行われるシルバーサッカーの試合に参加するらしいんだ」


 なんじゃらほい? オジさんたちにはあまりに縁のなさそうな単語が混じっていたせいで、話はよく聞き取れたが、うまく受け取ることはできなかった。


「あそこのスタジアムで、シルバーサッカーで、試合?」


 最上さんに続きを促す。どうもさっき野っ原に江崎さんがやってきて、お父さんたちが鼻息荒く再戦をけしかけたところ、すげなく断られたという。

 その理由が、マウントスが都内のスタジアムで行われるサッカーの試合に、プレミアム参戦することが決まったからだとか。んんんん? なんじゃらほい?


「来年のFリーグ五十周年に向けて、協会が当時の名選手を集めたりして、日本のフットボール熱を再燃させるとかそういう一環らしいです。バッカバカしい」


 ご飯食べる気満々なノノちゃんが席に座りながら、毒づき解説。

 地獄耳な私には、コーチの小さなお腹の「グゥ~」も聞こえている。


 話を統合すると、その施策の一環で招待チームとなったマウントスの江崎さんは「ブリッジスなんかとは試合してやらん」と勝ち逃げしてきたのだとか。

 しかも、彼らマウントスがそのような場違いすぎる栄光にあずかれたのは、なんと先日のブリッジスとの練習試合が関わっているらしい。


 というのも、件のシニアサッカー施策への参加方法は今年頭くらいにか細く宣伝されていたようで、その条件は「自チームの監督(保護者)必須。五十歳以上のメンバーのみ。三十分ハーフの試合をケガなく終え、勝利経験があるチーム」といった試合記録の提出義務があるんだとかで。

 それを聞いて、意味不明だった話題のパズルが符号しはじめる。


「だから監督を用意しろだなんて言ってきたのか~」

「本来、べつにこっちはいらなかったんです。相手が条件を勘違いしてただけで」


 つまり、江崎さんがあのとき野っ原にやってきたのは偶然だったとしても。


「つまり、この人たち、マウントスのダシに使われたんですよ。ダッサ」

「まあまあ……あっ、それでうちも試合して参加しようって話なんだ」

「そうですけど? 察しが悪いですね監督、ちゃんと話聞いてました?」

 ツンツンを通り越してグサグサ。ほんとに私のことがお嫌いである。


 江崎さんが高笑いして帰っていったのかはさておき。憤慨したブリッジス一同はノノちゃんコーチのバーチャルフォンを使って、件の施策について調べた。

 そこで「Fリーグ五十周プレミアムシルバーマッチに渕山町後援会マウントスが参加決定」の報を発見した。けれど、相手チームはまだ決まっていなかった。


 それを見たオジさんたちは「だったら俺らも出てやりゃあ!」という気概で燃えはじめた。だがしかし、いきなり問題が発生した。


 例え参加条件がザルでも、肝心の相手がいなかったのだ。


「このへん、マウントス以外のフットボールクラブないですしね」

「それでか。なら四季高サッカー部とか……あっ」

「ええ、そうです。勝てるわけないので」

 ですよねえ。言ってから気付いた。


「おい小娘! 目上相手には口を慎め!」

「慎んでますが? まさか四季高より自分たちが強いとでも? ププッ」

「ぐ、ぐんぬぅ……!」

 郷里さんもわざわざ口をはさまなければいいのに、とは思わない。

 これはこれでナマイキな孫娘の相手をしているようなもんなのだろう。


 シニアサッカークラブのようなものはおそらく、全国各地にいくつかあるはず。だけど残念ながら近隣にはない。そもそも五十歳以上のメンバーのみのチームというのが、Fリーグを記念したいのは分かるがあまりに狭すぎる。

 だからマウントス以外のチームが表明していない、ってのが事実だろうし。


 まあ、そんなことは最初から分かっていたから、協会側も宣伝は控えめに、参加条件も甘めに、ちょっとしたオモシロ催しになればいいくらいの考えで、参加チームの質については最低限しか問うてはいないのかもしれない。

 たぶん、このプレミアムシルバーマッチなるものの真意は「ケガとかしないでそこそこサッカーを見せられる老年チームを募集」することにあるのだ。


 であればと。名乗りを上げようにも肝心のマウントスが相手してくれない以上、ブリッジスは自分たちで対戦相手の代替を探さなければならない。

 近所には大人層の草サッカーチームがもうない。大学・高校・中学のサッカー部はあるけれど、勝ち負け以前に試合すること自体がケガ的な意味で危ないし、それ以前に相手してくれる気もしないのでナシとされ……残るは小学生。


 それで私に尋ねてきた、という帰結のようだった。


「ほーんと、みじめなオッサンたち。いい年して小学生とのサッカーで勝ちを拾いにいくとか、私ならカッコ悪すぎて普通に死ねますよ。ええ死ねます」

 オジさんの半分がだんまり、少数が苦笑い、一人が「小娘!」とキレる。


「う~ん、でも四季小サッカークラブだったら、ノノちゃんも知ってるでしょ」

「……私、五年生で辞めましたし」

「あ、そうだった」

 まあまあまあまあ、あのころはちょっとした事件があったもので。

 ノノちゃんは小学生時代、サッカーにあまりいい思い出がないだろうから。


「んじゃ明日、四季小に電話してみるよ」

 約五年ぶりかな。懐かしい母校への電話。

「紗友、電話なら俺がやっておくから、おまえはべつにいいぞ」

「お父さんじゃダメで~す。だって監督、私だもん」

「いや、だがなあ……」

 ちょっとした手間なのに、やけに食い下がってくる。


「紗友ちゃん、ほんといいって。オレが瞬に四季高とできるか聞いてみっから」

 千藤さんも代替案を出してくるが。

「いやあ、さすがに四季高サッカー部相手じゃ……ねえ?」

「……んだよぉ」

 自分で言ってて分かってそう。


 ただ単に「オジさんチームvs高校男子チーム」だけなら、地域交流の一環のように見られて、もしかしたら和気あいあいな練習試合を組めるかもしれない。


 しかし今は経験や交流目的ではなく、ブリッジス側があまりに利己的というか、ほどよく勝てそうな相手という情けない条件の試練をくぐり抜け、もう一度マウントスに相対しなければならない、というところまでが目標である。

 だから、いつもはもうちょっと男気があるお父さんや千藤さんたちだけど、勝ちを見込みやすい相手を見つける打算に甘んじるほかない。


 こうして考えると、江崎さんのマウントスは本当によくやったものだ。


 でも、もとを正せば、彼がお父さんたちを煽ったからブリッジスは生まれた。言ってしまえば、誰よりも生みの親に近い存在とすら言える。

 江崎さんにせよ、高校時代の因縁の相手が野っ原でサッカーをやっているのを見た瞬間、プレミアムシルバーマッチへの参加意欲もそうだろうけれど、そういうのじゃない、今だからこその感激もしただろうし。そこは先見の明でチームを用意していた、江崎さんたち渕山側のご褒美と見ておくのがほほ笑ましい。


 というわけで、私も旧四季橋商店街のために一肌脱ぐかと、翌朝さっそく四季橋小学校に電話をかけた。電話越しの相手の声は聞き覚えがなく、数名ほど知っている先生方の名を尋ねてみると、みな転勤などですでに在籍していなかった。それでも取り次いでくれたサッカークラブ顧問の先生は検討してくれると言った。

 ブリッジスの野望を聞いても、その声色は高年者との地域交流にほんわかしているようなものだったが、懸念はやはり「……みなさんケガしません?」の一点。


 そこだけは申し訳ないことに、私からも保証しづらい。

 小学生という柔軟性しか備えない若々しい体相手に、はてさて。

 人生を折り返したオジさんたちは、どこまで健闘できるものか。


 四季橋小学校サッカークラブへの練習試合の申し込みは、数日ほどしてからお店の電話に返ってきた。返答は明るく「いいですよ」とのこと。

 こうして翌週の日曜日、私はノノちゃんと十一人のオジさんを連れて、約五年ぶりに母校である四季橋小学校のグラウンドにおもむくこととなった。


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