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敵はスタジアムにあり!(6)

「ほらそこ! 左右に並ばないで前後を意識! 受けを広くしなさいよ!」

「こんの小娘めぇ、調子に乗りおってぇ……ブツブツ」

「最上さん! なんでサンブラに指示出さないのよ! ガラ空きじゃない!」

「大サンダー! コーチの言うとおりだ、ラインを保て!」


 あれから連日、野っ原には十一人のオジさんと一人の少女が集った。

 といっても、少女のほうは私のことではない。


 ノノちゃんは初日の練習が終わった日、今後の練習スケジュールを聞いてきた。そしたら私から声をかけずとも、さっそく練習場所に陣取ってくれた。

 口には出してこないけれど、コーチの件は乗り気になってくれたみたい。


 彼女の家は商店街近くの住宅地で、直線距離がとても近く、居酒屋おおふねにも四分程度でこられてしまう。それでも深夜帯は危ない、というか彼女以外の全員が不慮の事態を心配してしまうので、練習への参加は午前から夕方までとした。


 旧四季橋商店街の周辺には、いわゆる不良少年や強面な住人がいるわけではないんだけど。私もお父さんたちもそこまで付き合わせるのはなんか不安だし、なによりノノちゃんの母と知り合いである私のお母さんをもってしても、「娘さんに十一人のオジさんのコーチしてもらっていて」という謎めいた話は、他意を抱かせずに伝えるのは難しかったらしく、説得には二時間ほどお茶の時間をかけたとか。


 とはいえね。説得するもなにも足しげく通っているのはノノちゃんのほうだから。責任が集約するところはやはり、すがりついた私にあるっぽい。


「お母さん、コールスロー終わったよ~。次は~」

「あらあ、早いわね。じゃあピーマンの肉詰めやっちゃおっか」

「は~い」


 ブリッジスの精力的な活動の一方、チームの監督であるはずの私はみんなの練習に付きっきりではない。だって早朝は眠いし、午後や夕方からはお店のお手伝いをしなくちゃだし、夜も店じまいや明日の仕込みがある。

 悲しいかな、すでに名義だけ監督が常態化してきていた。


 まあ練習に付き合ったところで知識にそれほど蓄えはないし、理論派なノノちゃんコーチに口出しできることもないから、ただのお飾りになるし。

 今ではノノちゃんのほうが敬われるという地位の逆転現象も起きている。


「まあまあ、べつに気にしないけど~」

「紗友ちゃん、なにか言った?」

「ううん、なんでも~」

 そう、これと言って私が気にすることはない。

 お父さんたちやノノちゃんはがんばってる。それだけで私は問題ない。


 店内に明かりをともし、お店に並んだテーブルを一つずつ拭く。開店作業が終わったベストタイミングで、ガラガラ。居酒屋おおふねの入口扉が開かれた。


「ちわ。おばさん、お久しぶりです」

 学校帰りかな。ブレザー姿の瞬が勝手知ったるとばかりに入店する。


「あらあ、瞬くん。またイケメンになったわねー」

「いや、半年ですし。べつに変わってないですって」

 当然だが、うちの家族と瞬の家族は付き合いが古い。


「今日はサッカー部帰り?」

 スッとお水を差し出すと。

「ゴクッ、プハッ。おふくろが夜勤明けだからさ。夕飯もらいにきた」

 コップの冷やが一口で飲み干されたので、もう一杯ついであげる


「ふ~ん。今日は幸腹亭さんじゃないんだ」

「インハイ前にあそこの油は、コンディションにワリいから」

 そうは言うが、中学・高校からは瞬も幸腹亭さんに浮気しはじめている。

 そこはやっぱり食べ盛りのスポーツ少年である。


「それに、親父たちの練習日はおばさんがいいメニュー出してんだろ」

「そえば、瞬のお家は平気? 千藤さんが夕食抜いても大丈夫かなって」

「おふくろは駅メシで喜んでるよ。俺は親父の飯担当の日がこうして面倒」

 だから最近の夕食は、トロリーマートと木ノ庄の惣菜任せだったらしい。


「ありゃ、ごめん。気付かなかった」

「いいよ。うち以外はどこも、この日は手抜きできてうれしいみたいだし」

 すまして笑う顔が、ちょっと大人っぽい。


 今もブリッジスが野っ原で練習しているかたわら、ウチでは運動帰りのオジさんたちに提供する定食メニューの仕込みが終わっている。今日は七人か八人か、全員じゃないみたいだけど、そこは生業を優先すべきなので仕方なし。


 最近は練習終わり、ノノちゃんも二回に一回はウチにやってくる。

 来る日と来ない日の違いは明確で、「その日の練習でふがいなさすぎて、帰り道に説教をしなきゃ気が済まないオジさんがいるかいないか」だ。


 だからノノちゃんがやってくる日は、練習終わりの一杯とおいしいご飯にうかれるオジさん集団のなか、該当者だけは背を正して「はい、はい……」と神妙に頷いているオジさんが一人いる。かわいそうではあるが、それもチームのためだし、店にさえ入れば彼女のゴキゲン取りはこの私、監督になすり付けられるし。


「瞬くーん、注文はお父さんたちのと同じでいいー?」

「あーはい、それでいいっす」

 二つ返事で答える彼は、ウチのメニューなら全部知っている。

「あらあ、ありがとう。余分に作ってるから、食べてくれると助かっちゃうのー」

 事前にだいたいの人数は聞いているけれど、途中参加もあり得るしね。


 お母さんがテキパキと定食の用意を進めるなか、看板娘の私はとくにすることがないのでボーッとしていた。瞬のほうからもとくに話しかけてはこない。ただ店内の模様が少しだけ変わっていたことに気付いたのか、ボソッと口を開いた。


「紗友あそこ、神棚のボール。どっかやったのか」

 視線を追うと、お店の入口の上のほう。

 ご大層に木枠で作られた神棚がぽっかりと空いている。


「あ~、あれね。最近はもっぱら玄関に置いてるよ。よく使うからって」

「親父たちこのまえ、新しいボール何個か買ってなかったか」

「うん。それとは別にね。お父さんが夜中にリフティングしたりしてるから」

「へー、わりとマジじゃん」

「これがマジなんですよ」


 コトコト、トントン、グツグツ。

 リズミカルなお料理の環境音がゆったりと響く店内。


 四季橋高校に入学してから丸一年。瞬が入部したサッカー部は名門ではないけれど、実績がないだけで熱意は高いから、彼とこうしてゆっくりな時間をすごすのは久しぶりだった。私もここ半年は普通の女子高生な生活じゃなかったし。


「チームの名前、ブリッジスだっけ」

 知ってるくせに。男の子って前置きを気にする生き物だ。

「そう、ブリッジス。私が付けたの。カッコいいでしょ」

 ドヤっとしてみせる。

「紗友のセンスじゃ、それだろうよ」

「えへへ~」

 言葉の意味は聞こえないふりをして、褒められていることにした。


「監督業さ、嫌になったり面倒だったりしたらすぐ言えよ。変わってやるから」

「ん~、べつに大丈夫だよ。ほら、今だって名前だけの監督だし」

 なにもしてませんアピールのため、両手を広げておちゃらけてみせる。


「それでも店のこととか、そうじゃないこととか、いろいろあんだろ」

「まあ、そうかもね」

「慶人も相手方で監督やってんなら、俺もそんくらいしてみせるよ」

「張り合うじゃん、男子くん」

 からかうとまた、瞬は冷やを一口飲んで。


「……慶人にさ、くだらねえ約束を持ちかけられちまったからな」

「ん?」


 瞬と慶人くんは、近隣で名をはせた【四人デルタ】のFWとSBだ。ほかの二人、MFの菊名湊くん、CBの志馬栄二くんは中学卒業後、北と南に分かれて引っ越してしまったけれど、二人とも昨年から高校サッカー界で早くも台頭している。


 だからここ一年、インターハイも選手権大会も地区大会止まりで敗れて、県大会や全国大会といった大舞台に進出できていないのは四人中、瞬だけ。

 それを気にして、彼が多少なりとも劣等感を覚えているのは知っている。慶人くんに負かされているままならない現実に、ときどき落ち込んでいることも。


「慶人くんは慶人くん、瞬は瞬だよ。いい選手がいい監督とは限らないでしょ?」

 だから優しい幼なじみの紗友ちゃんは、こうして慰めてあげるのだ。


「それは、そうだけどよ」

「な・に・よ・り。この私が監督なんだもの、瞬に出番はないよ~!」

「だといいけどな」

「はーい、お待ちどうさまー。今日の定食、アジの炊き込みご飯ですよー」


 ホカホカと湯気が立ち上る膳を手に、お母さんが厨房から出てきた。あれまあ、配膳は看板娘の仕事だろうにお客さまとのお喋りに夢中であった。失敗失敗。


「うまそう、いただきます」

 指で箸をはさみながら、両手をパンッと合わせる。

「はい、召し上がれー」

「あがれ~」


 瞬は箸を持ち変えると、白味噌の汁物を一口含んで、アジの炊き込みご飯と鶏肉の生姜煮を交互にバクバクバクバク。すさまじい勢いで口に運び続ける。

 育ち盛りの男の子の食べっぷりは見ていて気持ちいいが。


「もう、もっとちゃんと噛まないとダメだよ~」

「ふぁふぁっふぇるよ」

 ほら、分かってないじゃん。


 アジは小骨が気になるお魚だけど、丸身をさばく過程で細かな腹骨も血合い骨もきれいに切り取られているから、口内を邪魔するものは入っていない。

 私もさっき味見したが、あらためてお母さんの手腕に感嘆した。


 先日まで私がお刺身とかを用意していたときは、腕前や技術以前に、お母さんの愛刀たるお高い出刃包丁のスペックを信じて切っていただけだったからね。


「うまいです、これ」

「うふふ、でしょー」

「うちの両親じゃ、こううまくはなりませんし」

「あらあ、それ茜くんにも紀子にも言っちゃダメよー?」


 男子高校生の食事はお替わりも含め、ものの五分でおしまいになった。

 それでも十分エネルギーに変えられるのだから、男子ってやっぱすごい。


 空になったコップにお水を注いであげて、なにもなくなった膳を下げる。

 これだけキレイに食べてくれると、私的にもなんかうれしくなるもので。


「瞬さ、ブリッジスの練習がある日は、今日みたいにウチでご飯食べたら?」

「いや、悪いって」ちょっと遠慮されたが。

「あらあ、そうねそうしましょ。お金は半額で茜くんに付けとくからー」

「あ、じゃあそうします」すぐに陥落した。

 善意の塊である娘に比べて、我が母は商売上手なもんである。


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