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敵はスタジアムにあり!(5)

 続いてのFW陣は、トップの千藤さんとセカンドトップのお父さんの二人。

 どちらも年齢にしては迫力のあるドリブルのキレ、回転もイイ感じのシュート、長年の巧みかゴール前ワンツーといった褒めどころがあるのに。


 コーチから「そういうことじゃない」とばかりのダメ出しが入る。


「千藤さん、大船さん、あなたたちのポジションはなんですか」

「なにって、そりゃあオレはチームのストライカーだよ」

「俺はゴール前までボールを持っていく、運び屋ってところだな」

「ハァーーーッ!!!」

 威圧する気満々のクソデカため息を吐きかけられ。


「…………」

「…………」

 二人のオジさんは困惑の表情でキョドった。


 お父さんたちは言ってしまえば典型的な攻撃型FWである。体格に優れたお父さんが意外なほどに繊細なボールタッチで敵陣を前進し、小柄な千藤さんがスペースに入って抜けての攪乱で相手ゴール前を乱し、ここぞのシュートを決める。


 野性的な動きでちょこまか身を振る千藤さんと息を合わせるのは、外から見ているぶんには大変そう。というか困難まである。でもそこはね。

 四季橋高校サッカー部の【大船頭コンビ】として名をはせたらしいだけはある。


 でもだ。コーチのお眼鏡が向けられたのはそういったFWとしてのストロングポイントではなく、二人の意識の外、ウィークポイントのほうであった。


「もしかしてですが、あなたたちFWは攻撃してればいいと思ってません?」

「おいおい。コーチの嬢ちゃんよお、それがオレらFWってもんだぜ」

「ハァーーーーーーッッ!!!!!!」

 だからデカいって。

「…………」

 たじろぐ千藤さん。


「いいですか? FWが攻撃だけしてればいい時代は四十年前に終わりました」

 胸の前で両腕を組まれるだけで、正論を言われている気になってしまう現象。


「四十年前って、オレらまだサッカーやってたぞ」

「じゃあ、昔から時代遅れだったわけですね。学校にもトロフィーがないわけだ」

 ノノちゃん、こういうときサラリと手痛いところに触れる。

「ぐっ……! それはまあ、そのなあ……」

 今日はオジさんの口から「あのお」「そのお」とかの言い訳をよく聞く日だ。


 一概には言えないだろうけれど、プレス守備が攻撃と同じ意味を持つようになってからは、「フィールド上の選手が自由なアイデアで状況を一変させる」といった遊びのための時間は減っていき、それによりファンタジスタやリベロといった役者が舞台を降りた。同じく、FWの在り方も時代によって徐々に変わっていった。


 それこそ大昔のFWは、攻撃時に全力で走るために体力を温存し、その機会を得るために体を四方八方に動かして、常に攻撃機会を探っていた。

 けれど組織的な戦術が盛んになり、オフサイドトラップの有用性が格段に上がった現代サッカーでは、敵陣にポツンと立ってアピールしているFWより、試合中のフィールドにどこからか迷い込んできた猫の手のほうが役に立つくらい。


 そんなFWに求められる守備は、自身が身を置く敵陣後方と中盤ハーフエリアとの中間ラインを断つための立ち位置と、敵最終ラインの徹底マーク。 


 自陣が攻められているとき、対極位置である最前線からでは直接介入する術を持たずとも、反転した味方がボールを奪って前に送ってこないとしても、「敵陣後方のスペースを使って仕切り直そうとしてくる行為全般」への邪魔は鉄則だ。

 FWの価値は点を入れることにあるが、FWの献身は攻撃に参加していないときにこそ真価を問われる。おまえたちはエースじゃない、組織の一部だ。全員で勝つための組織の一部だ。ちゃんと守備しろ。だが点は絶対に入れろ。守っているときもカウンターは怠ることなく考えろ。それでも体が空いてりゃ、守れ守れ。


 決して切り分けられない攻守の切り替えを瞬時に要求される。

 それが現代サッカーにおけるFWである。


「ボールが放り込まれるのを待つだけのFWとか、自分が点を入れることしか考えてませんよね? ヘイヘイって声もうるさいし、石のほうがまだマシです」

 存在意義にバッサリとケチつける。ノノちゃんの攻撃能力が高すぎる。


「……おー、あー」

「……むぅ」

 千藤さんには瞬、お父さんには私と、同世代の子供がいるにはいるけれど。

 毛色の違う女子から、話だけでも納得しちゃう正論でぶっ叩かれて、しおれる。


 それからノノちゃんはFWの二人にいっさい攻撃練習をさせず、先ほどやっていたMF陣とDF陣のフォーメーション練習をローテーションしはじめた。

 その間、二人はMF練習のときに前線想定の守備をやらされ、DF練習のときには最終レシーバーの郷里さんに渡されるパスのカットをやらされる。


 本当に、普通の守備練習をやらされ続けた。


「……おい、大悟。オレらこれでもFWって言えんのか?」

「黙ってろ茜。俺は矢野さんが言っていたことも腑に落ちた。これでいいんだろ」

「あん? どういうこった」

「面白くねえと思ってた最近のサッカーの見方が、ようやっと分かったのさ」

「ケッ! 自分だけ先にいこうって腹かてめえ。船頭はオレだぞ」


 FW陣の名前がいっさい呼ばれなくなっても、お父さんたちはやる気を損なうことなく、よく知るディフェンス仲間の動きを見よう見まねではじめた。

 目の前でMF陣や本職のDF陣が動いていて、それを直に感じながら動きに反映しつつ試行錯誤できる練習は、完璧ではないにせよ効率的なのかもしれない。


 たぶんね。私は今日、この場にノノちゃんを連れてこなかったとしたら、そのときは「じゃ~、えっと~、とりあえずボール回しして、セットの練習とかして、紅白戦やりましょうか~」くらいのメニューしか言わなかったはず。

 彼女は小学生まではプレイヤーで、中学生からはマネージャー、高校では数日で無所属になってしまったものの、コーチ姿はなかなかどうしてサマになっている。聞いた範疇では、こういう指導役をやった経験はないっていうのに。


 もしかしたら、頭でっかちな理論が先行しているだけなのかもしれない。

 それでもまあ、まあいっか。そう思えるくらい信用できる振る舞いだもの。

 当のオジさんたちもね。すでに従順に従うことへの迷いはなさそうだし。


「ちょっと最上さん! 私の話、ちゃんと聞いてました?」

「あ、ああ……」

「だったら私にばっか声出させてないで、自分からコーチングしてください」

「だが、私はまだコーチの考えを理解できているわけじゃ……」

「そんときは私が最上さんを叱るんでいいんです。ほら、早く早く早く!」

「わ、分かった……」

 当初はまだ孫娘に付き合ってる風だったのに、主将はもう掌握された。


 明るい少女の罵声に、オジさんたちが次々と返事する不思議な光景。練習は予定よりも時間が押してしまい、野っ原がすっかり暮れてしまうまで続いた。


 思い返すと、ノノちゃんは終始「走れ走れ」といったことは言わないで、むしろ「そこ走らない!」と風紀委員のように注意していた。そのおかげかな。

 十一人のオジさんたちはまんべんなく疲労しているが、誰も見苦しく呼吸していない。スタミナコントロールもバッチリと。妙な手腕を見せつけられた。


「ハイハイハイ! 今日はもう終わりで! 私もう帰るんで!」

「よっしゃー!!!」「終わったー!!!」「大悟、酒だ酒!!!」

「フー……紗友、わりぃが今日は俺も飲むぞ!」

 お父さんもそっち側に。私は最初っからそのつもりだけどね。


「はいはい、お父さんもお疲れさま~」


 野っ原の砂が飛び跳ねて、汗と混じって、練習着は泥だらけ。

 でも十一人のオジさんたちはみんな、楽しそうな笑顔を浮かべている。

 きっと思い出したのだ。サッカーをやるのが、こんなにも楽しいってことを。


「ノノちゃん、ノノちゃん。今日は夕飯おごるからさ、おばさんに連絡して」

 ついでに、初の祝宴には我らが敏腕コーチもご招待。


「ハァー? 頼んでないですし、べつにいらないですし、むしろイヤですし」

「いいからいいから~。ノノちゃんすごかったもん。お礼お礼」

「いりませんー! さわんないでくださいよ、暑苦しい!」

 いっさい顔を向けてくれないのが、なんともすげないが。

「ノノちゃん、今日は楽しかった?」

「フンッ。誰が。べつに楽しくなんてなかったですし、ぜんっぜん。フンッ!」


 初の全体練習を終えたオジさんたちは、土手からは見えない橋の下にコソコソと隠れて、汚れた練習着をお召し替えしてから、居酒屋おおふねに向かった。


 店で待ち構えていたお母さんはみんなに、豚のトンテキ、アジの南蛮漬け、突き出しにほうれん草のごま和えと人参の皮入りきんぴらゴボウを提供した。

 そして生、生、生のコールが済んでから、思い思いのお酒をチョイス。


 そこかしこに響く、オジさんたちの「ぷはぁー!」の合唱は、聞いているだけで気持ちよさそう。羨ましい、なんて思いつつ、私はお母さんをお手伝い。


 ノノちゃんは、私のお手製スフレオムレツをおいしそうな顔で食べてくれた。


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