敵はスタジアムにあり!(4)
続いてはDF陣より、CBのサンダーブラザーズこと安田誠さん、安田令さん、右SBの十塚さん、左SBの末さんが野っ原の矢面に立たされる。
フォーメーションの流れは、攻めてくるお父さんたちからボールを奪い、相手側の陣地に立っているだけの郷里さんに渡してワンセットというもの。
「ハァー? サンダーブラザーズ? なにその変な名前は。先輩の仕業ですか」
「いやいや私じゃないって。安田さんたちの昔の異名だから」
「ハァーーー。センスが昭和っ」
手ひどい切れ味。もうちょっと顔相応に口もかわいくしてほしい。
「……おいら昭和か」
「……昭和」
ほらあ、安田お兄さんも弟さんもヘコんじゃってるよ?
サンブラはポジション上では横並びだけど、基本的に安田お兄さんが前めに出るスイーパーで、安田弟さんが最終ラインのストッパーという役割分担だ。
表情も性格も正反対は双子オジさんたちだけど、顔立ちが似ていて、兄妹らしいコンビネーションは今も抜群。二人のライン間でボールがこぼれることはないという……が、先々週のお父さんvs千藤さんのケンカ試合では一度こぼしていた。
マウントス戦でもプレイが冴えず、ちょいちょいミスをしていた。
うむ。まだプレー感的なものが戻っていないのかもしれないね。
「……誠、千藤さんを」
弟、小サンダーはフィールド上でも声が小さい。
「末っ! 十塚さんと二枚で当たる! スペース見てろよ!」
兄、大サンダーはどこにいても声が大きい。
二人はチーム最年少である五十二歳の末さんの一個上。
青春時代をともにした先輩とあり、とくに先輩風の風速が強い。
DF陣は十塚さんだけ六十歳に到達しているが、ほか三人は五十代前半とあり比較的フレッシュだからか、見違えるほどではないもののイキイキしている。
それにサンダーブラザーズは安田電気店の出張仕事で、ほかの人たちと比べると日常生活での運動量も多い。おかげで走りの緩急はお父さんの数段上だ。
「フンッ。DF陣は悪くないですね。べつにうまくないですけど、走れはするし」
やった。最低限の評価はしてもらえた模様。
「でしょでしょ。安田さんたち、夏冬のエアコン修理で鍛えてるからね~」
「あの作業って面倒そうですもんね。しかもオジさんたちじゃ」
そんなふうに目だけ向けて話していたノノちゃんだけど、見逃さずに警笛。
「ピピーーーッ! こらー! 末さんはタックルするならもっと本気で!」
「……すみません。自分も年で、飛び込むのはちょっと怖くて……」
「だったらタックルすんのやめたらどうです? 体もたいして太くないんですし」
「それはぁ……そのぉ……えっとぉ……」
人当たりのいい末さんには珍しい歯切れの悪さ。
そこにすかさず、サンダーブラザーズ先輩がフォローに入る。
「コーチちゃん、勘弁してやってくれ。スライディングはこいつの矜持なんだぜ」
「……アイデンティティ」
だよね。だって末さんは【カミソリカッター】の末なのだから。
「つーか、末のやつスライディングはしたけど、タックルはしてなくない?」
「ハァー? タックルがスライディングですけど」
「え、いやいや、タックルは体当たりだろ」
「ハァー? 体当たりはチャージですけど」
「なんだあそりゃあ……」
「それはこっちのセリフです!」
話を聞いていた私も奇妙な食い違いクイズに思考が停止したが、要するに、昔はスライディングはスライディング。体当たりはタックルという認識だったとか。
現代では、スライディングは「スライディングタックル」だからタックル、体当たりはチャージと呼ばれるのが普通だから、これもまたジェネレーションギャップの話だったらしい。日本のサッカーはこういう横文字の整理が大変よね。
「……コーチ、マウントスがやってたのは」
ボソッと詰め寄る小サンダー。それにもノノちゃんは物怖じしない。
「ゲーゲンプレッシングのことですか」
「……それだ。どうやればいい」
「無理ですよ、一朝一夕じゃ。頭と体、それにチーム全体で動く戦術ですから」
「……そうか」
一九〇〇年代。サッカーの守りの定石であった「マンツーマンディフェンス」は、一人に一人を当てれば人数有利も不利もない、という単純ながらも機能的な理論の守備戦術とされた。しかし、それを風化するまでに追いやった新時代の戦術「ゾーンディフェンス」は、二〇〇〇年代以降のマストムーブとなった。
マンツーマンによるマークの問題点は、相手を毎回止められるなら最強だけど、抜かれたのなら一方的に不利を背負うデスマッチな構造にある。
極めて単純にかみ砕くと、マークしてきた一人をドリブラーが抜いてしまえば、ほかの選手も相手選手にピッタリくっついて自分の仕事を果たそうとしているわけで、誰も邪魔できない花道を突き進まれてしまうのである。
つまるところ要求されるのは戦術より、個人の能力ということになる。
一方で、ゾーンは状況に応じて“位置”に人数を集めて守る。これを突き詰めていくと、フィールド上のプレイヤーを「必要なときに必要な位置に集められる」ため、すべての選手をより有機的に動かせるようになる。
そうして生まれたのが、相手に詰め寄るプレスディフェンスの概念と複合された「ゾーンプレス」。集めた人数を位置の防御のみならず、相手選手に積極的に迫ることでボールを奪いにいく、攻撃的守備の発想を形にしたもの。
それから時が経ち、場所や相手、戦局からその後の状況まで、試合全体のあらゆる可能性とパターンをあらかじめ考慮してボールを奪いにいく「プレッシング」の概念が洗練されていった。ボールを取りにいく戦術には「ハイプレス」も挙げられるが、ハイプレス自体は数的・質的に運動量を高めるアクションも指す。
そしてゲーゲンプレッシングの最大の特徴は、”相手にボールを奪われた瞬間から、その後に予想される展開の前後もあらかじめ想定し、どの流れになっても最大限の有利と最低限の不利に収まるようボールを奪いにいくこと”にある。
相手ゴール前でボールを奪ったらそのまま点入れられるよね、といった考えをフィールド全体に適用したものとも言えるし、究極的には「相手にボールを奪われて、味方A・B・Cが周囲にいるとき、Aは当たりにいき、Bはカットに専念し、Cはカバーしながら失敗時のフォローに努める」などといった状況ごとのシミュレーションを突き詰め、対応できるようになったパターンの数だけ強固になる。
もちろん、すべてを極端に考える必要はない。マンツーマンでの対応もシーンごとの守り方として取り入れ、相手次第ではプレスを弱めることもある。
プレッシング自体、そういったさまざまな型が存在し、人数・場所・状況でやり方は千差万別。つまり、これら一つ一つの守備戦術の取捨選択すらも内包した概念が、現代サッカーにおける”攻撃的に守るディフェンス”となった。
それが組織的なサッカーの勃興であり、チームワークが単なる選手間の相性を指す言葉から、学んだ戦術を発揮するための機能数を指すようになった時代。
ゲーゲンプレッシングだけ取っても、成立させるには天性の運動神経ではなく、「どれだけホワイトボードと向き合って頭に叩き込んだか」なのだ。
そうしてフィールドを自由に駆け抜けていた、飛び抜けた実力を持つ花形スターたちは、前時代では取るに足りなかったはずの並のプレイヤーたちに、苦しい苦しい戦術勉強の差でたやすく抑えられるようになり、姿を消していった。フィジカルの暴力に耐え忍んでいた選手たちが、インテリの制圧で見返せるようになったころから、ファンタジスタは自由人のラベルを剥がし、システムに下った。
そうしなかった者は歴史から消えただけ。恭順の意を示した者だけが現代サッカーで生き残り、組織間のシステム内で新たな自由を作って、魅せた。
それを見て、サッカーが面白くなったと思う人たちがいた。面白くなくなったと思う人たちもいた。いずれにせよ、地球上のサッカーは明確に進化した。
それだけにこの時代、立って走って守るという体を動かすだけとはまったく別な戦術理解を求める武器は、ノノちゃんが口にするインテリジェンスがないと。
「普通に諦めてください。皆さんにはどうせ無理ですから。やるだけムダです」
ということになる。まあ、今の段階ではね。
「まあまあまあ。それにプレスは疲れちゃうから、みんなにはツラいでしょ~」
「紗友ちゃん! おいらたちだってゾーンプレスのキツさくらい知ってるって!」
「……昔から渕山高がよくやってた」
「へ~。なら、江崎さんたちは昔から慣れてただけなのかもね」
昔の学びを生かしていたのなら、マウントスの戦術理解の高さにも頷ける。
「ピピーーーッ! 十塚さん、目標にボールを返すのが遅い! 切り替え早く!」
「で、でもようコーチ。郷里さんが立ってる場所、ちょっと遠いって」
「試合中はどうせもっと遠いんですから、しっかりしてくださいよ。だらしない」
「……でもよう。せめてもうちょっと距離を縮めてくれないと、安定しないよ」
クレームには慣れたものなトロリーマートの店長が、上司に食ってかかる。
「フンッ! まぁそれも一理もありますし、あとで対処案は考えてあげましょう」
「あ、ありがとうございます、コーチ」
コーチっていうか、もはや社長みたいになってるんですけどね。




