敵はスタジアムにあり!(3)
「か~え~ら~な~い~で~」と。どうにか引き止めることに成功したノノちゃんコーチは、全体練習に続き、各ポジションの動きを見ると言った。
その顔は期待感もなにもあったもんじゃない、虫を見る表情で。
最初はMF陣より、ボランチの郷里さん、右サイドの兼島さん、左サイドの八木原さん、トップ下の服部さんの四人から。
残されたほかのメンバーは相手チーム役として反対側のフィールドに立ち、軽めに詰めてボールを奪いにいくというシミュレーションのようなもの。
「ガッハッハ! おうおう八木原、もっと上がれい!」
ボランチの郷里さんが、勢いのあるスルーパスを前線に送る。
が、狙いはよかったものの、老いたウインガーでは追いつけず。
「ピピーーーッ!!!」
一応、事前に用意しておいたらしい笛を、コーチさまが勢いよく吹いた。
「はい、止まる! さっさと止まれ! だぁから止まれってのジジイども!」
「おい小娘! ワシらに向かってジジイとはなんじゃ、ジジイとはっ!」
憤慨する郷里さんは、小さく鼻であしらわれた。
「まずはその奇跡に頼ったようなお笑いスルーパスをやめなさい! 漫画に影響された子供が調子に乗ってマネしてるような不快さでたまらないんです!」
昔は攻めの起点として優秀だったらしいゲームメイカーも味方の成長……と言うべきなのか、退化と言うべきなのか。今の状況に慣れきっていないために選手を直接狙うパスではなく、場所を狙って選手に走らせ追いつかせる「スルーパス」は、その大半が敵への献上パスとなってしまっていた。
これに関しては郷里さんのみならず、ほかのオジさんたちのパスやセンタリングでもよく起きる現象で、現状のブリッジスにおける最も大きな課題だろう。
「チャレンジは買いますが、ほかの人の能力を踏まえてやってください。あなたたち、もうオジさんなんですよ? 大昔のイメージで蹴るのはやめてください」
私がひええ、と思う反面。オジさんたちのほうは誰もがそれを分かっているがために、ショボーンとした顔で少女コーチの言葉を胸に受け止める。
うむむ……ノノちゃんからのアドバイスは的確なんだろうけれど、このままだとお父さんたち、サッカー自体へのテンションがガン下がりするやも。
私自身は、お父さんが女子高生に怒鳴られている姿は新鮮だけど。
オジさんたちはきっと、孫娘に辛辣にされている居たたまれなさだろう。
「えっと、化石大明神でしたっけ? もう雑なパスは封印してくださいね」
「ぐ、ぐんぬぅ! だーれが化石じゃ! ワシャこれでもなあ!」
「フンッ。アンカーのくせに安定感ないとか、もっと反省したほうがいいですよ」
「あんかー? なに言ってる小娘。ワシはボランチじゃぞ」
「……ああもうっ! これだからロートルは!」
ボランチはMF陣の最後方、攻守の要のポジション。
対してアンカーは、DFとMFをつなぐ攻守の要の意識や役割。
といった絶妙な見方のニュアンスが、現代の通説とされる。
「いいですか? フットボールは今も昔もビルドアップありきです。二〇三〇年代の主流は、ボールをアンカーに渡したら、偽サイドバックからウインガーにつないでアイソレーションを仕掛けさせる。もしネガトラに終わっても、余剰を集めた中央は数的にも位置的にもポジティブなので、リトリートあるいはストーミング意識で仕切り直す。怖いのはカウンターですが、相手のストロングポイントさえ抑えておけばいい。より有機的に人数を動かして、局所では常に数的有利を生み出す、フィロソフィとディシプリンで勝利するのが今の花形システムなんです!」
ノノちゃんが「ふっふーん!」とばかりに解説したそれは、言っていることは分かるが、私にも用語の半分が理解できないような呪文でして。
当然、オジさんたちも未知の生物と遭遇したかのような顔になる。
「おい服部、コーチはなんて言ったんや」
「兼島さん、僕に聞かれても……」
「ワタシもー、ちょっと理解不能よー」
「おうおう小娘。日本語でしゃべれ日本語で。キサマ国語を習っとんのか?」
おかしな少女を非難することで、面子を保つ路線に切り替えたみたいだ。
「……こんのジジイどもは」
「まあまあまあまあ」
監督の主な仕事が、後輩コーチのゴキゲン取りになってきている件。
ちなみにブリッジスの中央は華がない。これは悪口ではなく、うちのチームはFWとDFに特徴的な選手が多いけれど、郷里さん以外のMF陣はどの人も現役当時から「堅実・懸命」を標語にしていたような真面目なプレイヤーばかり。
ただ、現状はそれが最善かもしれない。変にはしゃぐことなく堅実にプレーしてくれるMFは、チームが立ち上がったばかりの今だとありのままでバランサーとして機能してくれそうだしね。攻めも守りもこれから調整していけばいいのだ。
まあ、真面目に考えすぎたがゆえに生まれてしまったという、同世代では伝説とされている必殺技【バリケンド】を生んだ八木原さんもいたりするが。
「とにかーーーっく! MFは戦術の理解と思考が命! 攻めるときも守るときも運動量と安定性を担保するために、毎日三時間ほどランニングとパス回しで!」
単純ながら、そいつはちょっと高校男子でもツラそうなメニューだ。
「ピピーーーッ! 兼島さんは詰めが遅い! 寄りと広がりをちゃんと見て!」
「ピピーーーッ! 八木原さんも! 走らなくていいから歩いてでも下がる!」
「ピピーーーッ! 服部さんは持ちすぎ! 下げてもいいから足離れを早く!」
出会いから一時間もしないうちに折り合いが最悪な郷里さんを除き、男子学生が上客な幸腹亭で若い子に慣れている兼島さん、ルビーナで毎日娘さんにこき使われてる八木原さん、もとから温厚なほうの服部さんは、性格のキツい美少女コーチに怒鳴られるという一見するとおままごとのような環境下にありつつも、練習時間を増していくうち、次第に従う姿勢を見せはじめた。
ノノちゃんが言っていることの意味や正しさは、私も分かりかねている最中だけど。彼らはモノを教えてくれる人への態度がちゃんとできている。
うん。服部さんたちはいい年の取り方をしている。すごくかっこいいね。
「こらっ! 化石大明神はまたですか! そこで上がらないでください!」
「小娘! ワシャあハーフじゃぞ! それとOB大明神じゃっ!」
「攻めは一人でもできる! 守りは十一人いないとできない!」
「ぐ、ぐんぬぅ……なんちゅー横暴な小娘じゃ……」
「ハイハイハイ! 現代ではもうファンタジスタはいらないんです!」
コーチの口出しによって見る見るうちにレベルアップ……なんて甘いことはなかったけれど。MF陣からは次第にワチャワチャ感が抜けていった。
それは単に、彼らが大昔に学校の先輩たちに言われたことを体が思い出しただけなのかもしれない。それでも四十数年ぶりの体験を掘り返しただけですごいことだ。なにより、そこに誘導したノノちゃんの手腕が大したものである。
目の前に仁王立ちする、ド派手なノノちゃん。
その先にいる、ゼェゼェしているおじさんたち。
それを後ろからニコニコ眺めていると。
「? なんですか先輩。ニコニコしてて気持ち悪いんですけど」
「気持ち悪いは傷つくな~、でもノノちゃんすごいね」
「フンッ」
当然です、かな?
言葉にされなくても、高く振り払われた鼻がそう言った。




