敵はスタジアムにあり!(1)
「紗友ちゃんなんじゃい、コーチじゃと? この前の小娘じゃぞ」
ノノちゃんのあいさつに、OB大明神こと郷里さんが反応する。
雰囲気的には、無条件の友好とはいかないよう。
「あの、小娘とか言うのやめてくれません? ハラスメントなんですけど」
「ガッハッハ! おうおう、口だけは達者な小娘じゃのう!」
なんて、初手は余裕ぶっていた郷里さんなのだが。
「ハイハイ、足腰が達者じゃない老年フットボーラーよりはマシです」
「うぐっ、こんの小娘がっ! ナマイキ言いおってぇ!」
「まあまあまあ」
最年長翁と最年少娘の相性は、相変わらずそれほどよくない。
本日はチームの本格結成後、初の全体練習を日暮れまでやってみようの日。
野っ原自体には照明設備なんて高価なものはないけれど、直上の旧四季橋や土手沿いに等間隔で立っている外灯はそれなりの明るさのため、しないにせよ二十四時ごろまで練習もできてしまう。でも、土手道の明かりは毎日二十四時に消灯する仕組みだから、地元住民は夜中、基本的に立ち寄らないようにしている。
そして本日のメニューはぶっちゃけ未定。野っ原に集まる十一人のオジさんたちも、ブラジル体操をぎこちない関節でゼェハァしながら行う兼島さん、勝手にリフティング大会をはじめるサンダーブラザーズと、イマイチまとまりがない。
「ハイハイハイ! 監督がお目見えです、さっさと集まりなさいおっさんども!」
そんななか、ノノちゃんは遠慮なしのフルスロットルで溶け込みはじめる。
「……遠慮のねえ嬢ちゃんだなあ」
肥満体型な兼島さんも思わず愚痴るが。
「そこ! ブツクサ言ってないでさっさとくる!」
コーチの適性は置いといて、上から目線は冴えわたっている。
「それで、ブリッジス? このネーミングセンスゼロのチームのキャプテンは?」
知らないだけだろうがノノちゃん、間接的に私を罵倒しないでおくれ。
それはいいとして、コーチの問いには私たちも小首をかしげてしまった。
「あん? 主将って誰だ?」
「オレはてっきり最上さんかと」
「よしてくれ、私はもうガラじゃない」
「ガッハッハ! しゃあない、じゃあワシが」
「OB大明神はない」
「ないわね」
「じゃあ大悟だ」
「ふざけるな茜、めんどくせえ」
「じゃあ誰がやんだよ!」
過去、四季橋高校サッカー部で主将を務めたのはここにいる面子のうち、四期生のMF郷里さん、九期生のGK最上さん、十一期生のFWお父さんの三人。
日常生活だと、郷里さんは好き勝手に見えて後押しのサポートがよく目につく。最上さんはみんなからの扱いや貫禄の雰囲気があるものの、陣頭に立つでもない。お父さんもどちらかと言うと、千藤さんほど先導するわけでもないし、最上さんが当時の先輩主将だったのもあり、日ごろはよく追従する姿勢を見せる。
騒がしい千藤さんもよさそうに思うけれど、「オレはない」とのこと。
そんなわけで中年男性たちの主将決めは活気もなく、面倒な町内役職を押しつけるようなノリで、グダグダとなすり付けあいがはじまる。そんなキャプテンシーのかけらも見当たらない光景に、就任初日のコーチがさっそくブチキレた。
「ああもうウザったい! 自分たちのキャプテンすら決められずにフットボールするつもりなんですか! あんたたちチーム作りなめてんですか!? ほらもうハイ、今日はとりあえずあなたでいいです。たしかGKでしたよね?」
娘よりも年下な少女に勝手に指名された最上さんが「いや私は……」と威厳なくモジモジするも、周囲のオジさんたちは一斉に目をそらして、両腕を組みながら「うんうん」と同調すると「……仕方ない」と。仮キャプテンが決定した。
それからノノちゃんは、オジさんたちに一人ずつ自己紹介をさせて、各自のポジションや得意分野をヒヤリングした。おかしくはないが不思議な光景だ。
それを監督ながら傍観者気分で眺めていると、なぜだか「若手企業の中途採用ってこういう感じなのかな」と見たこともない想像が膨らんでしまった。
「ふむふむ、分かりました。んで最上さん。チームの作戦とシステムは?」
「えっと、作戦というほどのものはまだないが、システムは4-4-2です」
「4-4-2……それって、メンバーの得意ポジションのつじつま合わせです?」
鋭い。しかも叱るような声色で圧力をかけてくる。
「はい、まあ、今のところはですが……」
空気に飲まれたか、最上さんが申し訳なさそうにした瞬間。
「ハァーーーッッ!!!」
ノノちゃんが、それはもうデカデカとため息を吐き。
オジさんたちは「…………」な空気で固まった。
これって一種の才能なんだろうか? ノノちゃんもまだ本気でコーチをやる気には見えないけれど、旧四季橋商店街ではまず見かけない派手めで勝ち気な女子高生に高圧的な態度に出られると、私のみならず、二回りも三回りも年上なオジさんたちも妙な迫力を感じるようで、タジタジになって肩を縮こまらせている。
いつもは厳めしいお父さんも、弱々しい顔つきになっちゃってるし。
しばらくの間、ノノちゃんは両眼を閉じながら、イラつきを抑えられないようなそぶりで、右手の指二本で自身の二の腕をトントントンと軽く叩いた。それはあからさまな「私、今、ストレスなんですけど?」なポージング。普通に怖い。
誰もが無言で見つめるなか、十秒ほど経って、彼女が目を見開く。
「……ま、いいですよ。私も深く関わるつもりはないですし。どうぞ、楽しく老後のフットボールでもやって、健やかに生活すればいいんじゃないでしょうか?」
両の手のひらを上空に向けて、すがすがしいほど自然にヤレヤレする。
まるで海外ドラマで見られる大げさなリアクション芸のようだ。
私の説明不足もあるにはあるけれど、彼女の想定はカジュアルなサッカーチームでも、もうちょっと“しっかりめ”だったのかもしれない。
おかげで、ノノちゃんのテンションが「草サッカーチームのアドバイス役」から「老人たちのお遊びのお目付役」くらいまで下がっている。それを分かりやすい態度で周囲に見せつけているのは、きっと私への当てつけと抗議だろう。
「すみませんが、ウォーム終わったんなら紅白戦からやってもらえますか」
「え、いきなり試合を?」
「そうですが。なにか不服でも?」
「いや……」
もうなんか最上さんが後輩みたいになっちゃってるんだが。
「……なんじゃい、この小娘は、ブツブツ」
郷里さんは直球で不服を申し立てるが、声量はすぼんでいる。
私はわりと耳がいい地獄耳なので、その怨嗟がしっかりと聞こえてくる。
結局、監督の私が一言も発しないなか、ボールにはいっさい触れずに軽く走って柔軟して体をほぐしたオジさんたちが、自前のビブスで色分けをはじめた。
そのうえでコーチさまの要求は、FW陣のお父さんと千藤さん、MF陣の服部さん、八木原さん、兼島さんの五人「アタッキングサードチーム」。
もう一方は、ボランチの郷里さん、DF陣の末さん、十塚さん、サンダーブラザーズの二人、ついでにGK最上さんも押し込んだ六人「ディフェンシブサードチーム」という、メンバーからして攻守がはっきりと分かれた二チームであった。
「おいおい小娘、キサマはド素人か。これじゃ試合にならんぞ!」
「そういうのいいんで、早くやってください。ハイハイハイ! 持ち場につく!」
急がせるようなハイハイハイに合わせて、パンパンパンと両手も叩かれる。
いきなりの事態に雰囲気はよろしくないが、オジさんたちもノソノソと動くと。
さっそく、ブリッジスによるミニ紅白戦がスタートした。
「ゴラァ服部! ちゃんと中に入れろ中に!」
「十塚は大船につけ! サンブラは千藤を見てるんじゃ!」
ドタドタドタ。重たい体でオジさんたちが駆ける。
それでも最初のケンカ試合のときとは見違えるほど、サッカー選手だ。
「ほら末ぇ! そこでいけ【カミソリカッター】!」
「う、うおおぉぉ!」
「……まるで滑れてない」
「泣けてくるぜー。ほらみろ、ワイの【ハッピー弾丸】や!」
「兼島! どこ蹴ってる!」
各々やりたいことばかりやって、しっちゃかめっちゃか。
誰に言われるでもなく、攻防の流れはブリッジスの攻撃陣が守備陣を切り崩せるかを試すものになった。純粋な紅白戦というより、ノノちゃんがチーム全体や個々人の機能を確認するためのフォーメーション練習に近いものを感じる。
「……どお?」
なにげなく出した声は、私までもがおうかがいを立てるような声色に。
「べつに。普通に予想通り、最っ悪ですね。こんなの見てたら目が腐ります」
「まあまあまあ……」
「日々の生活習慣の改善にはいいんじゃないですか? オジさんなんですし」
うぇーん。コーチが辛辣だよお。
ノノちゃんに見られるがまま、オジさんたちは走って蹴ってを繰り返す。運動にキレはないけれど、ところどころで面白いパスが入ったり、同期同士の鮮やかなワンツーが決まったりと、完全にサビ付いていないところも見せてくれる。
私はこの十一人が全員で集まり、こんなふうにサッカーをしている光景を見たことがほぼない。彼らの現役時代も当然、飲みの武勇伝しか聞いていない。
けれども、随所に光る連携や技術が「ただのイキりじゃなかったんだ~」と思えるくらい、ちゃんとサッカーになっている場面はいくつもあった。
ただし、そういう活躍を補ってあまりあるほど。
彼らがいかに運動不足のオジさんなのかが分かってしまうんだけど。
「ハイ、おしまいにして! 集合集合! 早く集まってくださいハイハイハイ!」
彼女のハイハイハイと手拍子は、すでに命令と化した。
オジさんたちのレクリエーションは、十五分ほどでコーチに打ち切られた。
みんな息が上がりつつも、ちょっと楽しくなりはじめていた頃合いだったので、全員が全員「なんだよお、水差すなよお」みたいな表情を浮かべている。
「ブリッジスのみなさんのことはぁ、よぉーーーく分かりました」
「ガッハッハ! そうかそうか小娘、ワシらに光るモノを感じたじゃろ!」
「ええ、それはもう、ほんとにハイ」
右顔にかかるハイカラーな姫髪を、サッとなびかせたノノちゃんは。
「どうしようもないですね。今すぐチーム解散したらどうです?」
とっても辛辣に、そう言った。




