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再始動! 我らブリッジス!(6)

 長期出張から帰ってきたお母さんにより、ギャアギャア騒ぎが見事に収まった翌日の火曜日。今朝は久しぶりに朝ご飯を作ってもらえて、少し長く眠れた。


 学校に登校してからは、犬猫のように首を振り回して、虎視眈々とその瞬間をうかがっていた。そしてお昼休みのこと。ようやく狙いの獲物が現れた。


「……ゲッ」歪む顔。

「ゲッって。ノノちゃん下品だね~」

「フンッ。先輩には関係ありませんし、先輩がいたせいですしっ」

 それはつまり私が関係しているのでは?


 四季折々の表情を見せる学校、だなんて開校当初の売り文句は地域一帯ともども消え去ってしまい、とくに物珍しい動植物も存在しない四季橋高校の廊下。


 素朴な紺色のブレザーの下にのぞく、フワフワだけど薄手な乳白色のセーター。明らかに丈をまいて履いているのであろうミニ化した学校指定のスカート。

 同じ制服を着ているはずなのに明らかにモノが違う、デキる女子。


 昼下がりになってようやく後輩のノノちゃん、あるいはヤノノノちゃんこと、私にだけ非常に当たりが強いことで有名な新一年生、矢野乃々ちゃんを見つけた。


「ねえね、ノノちゃん、ノノちゃん」

「なんですか。うるさいんですが。私に構わないでくれません、フンッ」

 お人形さんのようにクリっとした大きな両目。スッとした小さな鼻。

 モデルさんのようにかわいらしい顔をギッとしかめて、ツンケンされる。


 四季橋高校はとくに規則の厳しい学校ではないけれど、彼女の茶髪ベースで明るめなグラデーションがまばゆいハイカラーのワンサイドボブショートは、早くも先生たちからやいのやいの言われていると瞬経由で耳にしている。


 それだけでなく二年生への進級後、年度はじまりはクラスメイトの子たちの間でも「紗友、あのすっごい派手髪の一年見たあ?」と話題だった。とにもかくにも、ノノちゃんという子は色気に乏しいこの町では立っているだけで目立つ。

 とくに変哲もない、垂れ流しているだけの黒髪な私とは大違いである。


「ノノちゃんってさあ、サッカー部のマネージャーさんはもう辞めたんだよね」

「ええ、辞めてやりましたけど。あんなレガシーじみたチームなんて」

 右顔にかかる姫髪を人差し指でクルクル弄る。つまんなそうな顔。


「まあまあ、それでも瞬たち強いんだよ~」

「フンッ。どーせ負けますよ、あんなフットボールは」

 大好きな瞬ががんばってるっていうのに、ずいぶんとまあ辛口である。


 瞬に聞いたけれど、こういう外見が派手な子がサッカーイケメンにキャピキャピするでもなく、レギュラー選手や監督たちに連日サッカー理論のダメ出しをしたものだから、彼女は部を乱しそうだと監督権限で退部させられたという。


 それに、そこまでならいわゆる「ウザい」だけで済むんだけど。

 ノノちゃんって子はね、まごうことなき美少女なもんでね。


 彼女の存在感は、ボール一筋とはいえ、思春期の男子高校生たちの一人や二人のメンタルを左右し、目下のインターハイに影響しそうな懸念もあったらしい。


 ついでに、うちのサッカー部はそれなりに強豪だから女子マネージャーも複数人いる。私も二人ほど知り合いだけど、みんな活発な子ってより、縁の下で支えるいい子たち。ギャルをやっかむというより、怖く感じちゃうくらい小動物系だから。そこに生態系を揺るがしかねない強気なノノちゃんが攻め攻めのダイレクトプレーを見せたものなら、彼女らにも不和をもたらしかねないとあり。


 だってノノちゃんってば、瞬のこと大好きだからねえ。

 そういうところで、ほら……ねえ?


 というわけで、サッカー部に在籍した数日間は、私がよく聞く「瞬くぅ~ん」という甘ったるい声をいっさい出さなかったらしいが、彼女は辞めさせられた。

 当然、そういう問題は学生の部活ではよくあることだろうし、ノノちゃんはまだ事件も犯罪も起こしてないから、生徒の意思が尊重されればいくらでも部に居続けられたようだけど……彼女は至極あっさり受け入れ、身を引いたみたい。


 ノノちゃんは嫌な顔するだろうが、その潔さはけっこうカッコよくて好き。

 だから、ゆえに、私は昨晩、ノノちゃんに決めたのだ。


「じゃあ……できるよね?」

 ズイッ。顔からノノちゃんに迫る。

「ハァー? なんですか気持ち悪い。寄らないでくれませんか」

「気持ち悪いって、それはまあいいとして、できるよね? ね? ね?」

「ちょっとぉ! 近寄らないでください気色悪いッ!」

 距離を詰めると、すかさず後退される。まるで磁石の反目。


「そもそもできるって、なんの話ですか。お店のバイトならお断りですよ」

「ううん、違うの」

「じゃあなんですか。さっさと言ってください。秒で断るんで」

「ノノちゃんにね、してほしいの」

「だぁからなにをですか! 先輩のくせにもったいぶらないでください!」

「オジさんサッカーチームのコーチ。えへへ」

「イヤです。ハイさよなら。それではいつまでもお元気で」

 タメにタメた渾身のパスは、秒もかからずクリアされてしまった。


「え~!? ちょっと待って、ね? ね? コーチだよ? コーチなんだよ!?」

 みじめったらしく、私よりちょっと背が高い後輩の腰へとすがりつく。

「な、なにすんですかっ!? ちょっと離してください先輩っ!」

 口調とは裏腹に、暴れることなく丁寧に腕を外そうとしてくる。


 交渉の如何も、先輩の威厳も、まさに一進三退のごときスピード感でアドバンテージを失しているが、今はそんなの気にしていられない。

 私がブリッジスを導くどころか、観客気分で「がんばれ~」と応援するしかできない監督である以上、チームの頭脳はほかに置かなければならない。


 個人的にはね、べつにみんながやりやすいであろう、昔のままのサッカーを楽しくやってもらうだけでも十分なんだけど。あのマウントスに勝つという目標がどうせ掲げられる以上は、現代サッカーを知る人。ノノちゃんのような人。

 みんなに戦術を授けられるコーチが絶対に必要になるはずなのだ。


「なぁにが楽しくて、あんな最高にくっっっだらないフットボールを私がコーチしなくちゃならないんですか! シニア選手を馬鹿にしてるんじゃないです。ただ、あのオジさんたち、どっからどう見ても過去の自分を忘れられないではしゃいで疲れて動けなくなる、ただの運動不足なサッカー好きジジイじゃないですか!」


 その通り。現状はその通りすぎて、昼食後のお口からはグウの音も出ない。

 だけど、そんなんでも、変われるもんなら見てみたい。


「大丈夫、みんな心入れ替えてちゃんとやるから。だからね? ね? ね?」

 すかさず背中にベッタリすり寄る。逃がしてなるものか!

「ちょ、ふざけんなっ! 絶対ヤです! 私だってコーチなんかできませんし!」

 優しいジタバタでも、運動不足な私の足腰では抑えきれない。


 まもなくお昼休みが半分ほどすぎる学校内の廊下とあって、物珍しそうにこちらを眺める観客が徐々に増えてくる。わざわざ介入までしてこないのは、私たちがまだ「ほほえましい女子同士のイザコザ」の範疇にあるからだろう。


「お願いお願いお願~い! ノノちゃんしかいないんだって~!」

「イヤですぅ! 誰がオジさんのコーチなんて、ましてや先輩の監督下なんて!」

「一生のお願い! 叶えてくれれば恨まないから! 断ったら恨むけど!」

「恨むって、先輩が、私を?」

「あっ、ごめん。変な意味じゃなくて、言葉の綾っていうか、流れ的なもので」

「……こんのっっっ!」

 私が刃向かったことが琴線に触れたのか、本気の怒りの形相。怖いです。

 荒神女子を鎮める術は、私の思いつく限り一つだけ……ごめんね、瞬。


「もし引き受けてくれたら、なんでもゆうこと聞くから! 瞬でもなんでも!」

「な、なんでも? 先輩……いや、じゃなくて、瞬くんでもいいんですか?」

「いいよいいよいいよ! 絶対に叶えてあげるよ!」

「……よくもまあ、そんな簡単に。なんて哀れな。こっちがバカみたい」

 裏取引の代償は、瞬への謝罪を加味すると二倍のコストになりそうだけど。


「……ふんぐっ、ぐぐ、ぐぐぐぐグ……グギィ……グギギギギィッ!!!」

 わ~お、すごい。女の子の口からなりそうにない怪音の歯ぎしり。


「ほ、ほんとに無理そうなら辞めてもいいから。一回だけ、一回だけ、ね?」

 人生史上、最大級の上目づかいでラストの後押し。媚びるように迫る。

 しらふになって思い出したら恥ずかしいことこのうえないが、今はプレー中。


「……遊園地」

 ボソッと。小さくつぶやかれた。

「遊園地? あ~、謝礼に遊園地に連れてけって? いいよいいよ行くよ~」

「おバカ! 誰が先輩とって言いましたか! 瞬くんとですよ、瞬くんと!」

「ああ、そうゆう。おっけおっけ~。絶対行かせるから、お姉さんに任せなさい」

「……フンッ!」

 めちゃくちゃ現金な代価を支払うことになった気はするが、まあよし。


 そして、お昼休みに終わりを告げるチャイムが鳴ってから数時間後。

 ブリッジス初の全体練習を行う、学校終わりの旧四季橋下の野っ原で。


「みなさ~ん、こちら今日からブリッジスのコーチ、やなななちゃんで~す」

「ちょっと! 舌が回ってないじゃないですか! や・の・の・のです!!!」


 オジさんたちに現代サッカーの術をもたらしてくれる……はずの。

 矢野さん家のノノちゃんがチームに加わることになったのだ。


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