7.彼の妻としての役割
ブリジットは短い眠りから覚めると、エリーズに手伝ってもらい身仕度を調えて、城内にある小さな教会で朝の祈りを捧げると、朝食をとってからクロードの部屋に向かった。
「妻の役割として、夫のご機嫌伺をしようかと思いまして」
彼の世話をしていたフィリップにそう言うと、なるほど、と頷いた後にこちらを気遣うように続けた。
「クロード国王の世話はこちらで全てするので大丈夫だと昨日も申し上げましたし、ご機嫌伺、とおっしゃいましても。毎日変わりません」
確かにフィリップの言うとおり、クロードは昨日と変わらずだらりと腕を下げたままで窓際の椅子に腰掛けている。この部屋の位置からして中庭を見下ろすことができるだろうが、果たして見えているかどうかは分からない。
「それでも、挨拶するくらいよいでしょう?」
「ええ、それは構いませんが。ですがブリジット様の体調が心配で」
もしかして昨夜シモンと話していたのは彼かしら、と思うが、その声や口ぶりから彼を特定できるほど彼のことを知ってはいなかった。
あと一年で死ぬ女、とブリジットのことを思っているのならば体調のことを気遣うのも分かる。
「私は大丈夫よ。自分の体調のことは自分が一番よく知っているの。ここは空気もいいし、クロード国王だけではなく私も静養できそうだわ」
「ならばよいのですが。本当に無理なさらずに。いっそのことクロード国王のことなど気にされず、好きに過ごされてもいいのですよ? 住まいに病人がいるというだけで、気が滅入るものでしょう」
それはかつてのブリジットのことだと知ってそのようなことを言っているのだろうか。いや、きっとそうではない。無意識のうちにそう発言しているだけだ。
「好きにと言われましても。こちらには友人もおりませんし」
病弱だったブリジットは王都でも友人がいなかったので、どちらにしてもそのような過ごし方はできないのだが、ついついそう言ってしまった。
「どこかに出掛けるような予定もありませんし。とりあえず陛下にご挨拶するのを日課にしようかと」
「なるほど、分かりました。ですが、ご無理はなさらずに。……ああ、もし退屈でしたら図書室にはもう行かれましたか?」
「いいえ」
本当は昨夜城を徘徊したときに見つけていたが、正式に案内されて訪れたわけではないのでそう言っておいた。
「ならばそちらに行って本でも探してみては? それから音楽室があるので楽器が弾けるならばそちらでも」
「では、図書室で本を見つけて、こちらで読んでもいいかしら?」
フィリップはなぜだか渋い顔になった。
そんなに変なことかとブリジットは考える。名ばかりの夫婦ではあるが、まるでいないようにするのは不本意である。かつて、病弱だった自分もそんなふうに扱われていたのかも、と思うと余計にそう考えてしまう。
「できるだけ陛下の側で過ごしたいの。せっかく夫婦になったのだから。できることといえばそれくらいかしらと考えて」
「なるほど……。しかしそれは不要かと思います。陛下の側には常に我らの誰かがおりますし」
「あなたたちのお邪魔になるようだったらいつでも部屋を出て行くわ。でも、陛下もほとんど一日中部屋にいて、特になにをしているわけでもないのでしょう? ならば私が側にいてもいいかと思って」
「夫婦として一緒の時間を過ごしたい、ということですか?」
「ええ、そうよ。私の自己満足かもしれないけれど、私が陛下にできることといえばそのくらいでしょうし」
ブリジットが病弱だったとき、ひとり部屋で寝ているのが堪らなく寂しかった。だから母や侍女に頼んでできるだけ一緒にいてもらった。
クロードがそんなことを考える人かどうかは分からなかったが、どうせ聞いても分からないのだから、自分の思うとおりにすることにした。
「特にお止めする権利はありませんので、お好きになさってくださればよいとは思いますが」
「ありがとう、ではそうさせていただくわ」
「ですが、これだけは憶えておいてください。クロード国王は決してあなた様に応えてくださることはないのです」
寂しそうに言うフィリップは、自分がそのような期待を持ってクロード国王に接した結果、なにも得られずに虚しく感じているように思えた。
「私は元気な頃のクロード国王のことをなにも知らないから、受け入れることはそう難しくはないと思うの。でも、長年仕えたあなたには辛いことでしょうね」
ブリジットの言葉に、はっとしたような表情をしたフィリップだったが、そんな顔は見られたくないといったように俯いてしまった。
沈黙が続く中で、なにか悪い事を言ってしまったように感じたブリジットは、わざと明るい声で言う。
「では、私は図書室に行ってくるわね」
そのまま部屋を出て、近くの部屋で控えていたエリーズに案内してもらって図書室へと向かった。
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