31.ふたりならばどこででも
「……このようなところに居たのですか? 皆、探しておりましたよ」
夜も深まった頃。
ブリジットがこっそりと部屋を抜け出して夜の散歩をしているとき、ふと王宮の三階にあるテラスにクロードの姿を見つけた。ここは、昼間は貴族の女性たちとお茶会をした場所である。
「お前こそ、こんなところでこんな時間になにをしている?」
「……知らなかったのですか? 私は夜歩きが得意なのですよ」
クロードの隣に立ち、小さく笑って見せる。
空には大きな月がこちらを見下ろしていて、眼下には城下町が広がっている……はずだが、月明かりが照らしてもその姿を見ることができなかった。
「数ヶ月前まで……俺は出口のない暗闇の中に置かれているだけだった」
「ええ……」
「このまま人生を終えるのだと諦めていた。そこに来たのがお前だ」
なぜ急にこんな話をするのか分からず、ブリジットはクロードの顔を見上げる。彼の視線は暗闇の中で見ることのできない城下町へと向かっている。他のなにかを見ているのかもしれない。
「初めは……こんな世間知らずそうな娘がなにも知らずに嫁がされてきて、気の毒に、と思った」
「そうですね、クロード様のところへ来たときには気の毒な娘でした。病弱で、二十歳まで生きられないと医師に言われており、どうせ死ぬならば政治の駒に使おうと嫁がされた娘でした」
「……世間知らずな娘ではなかったな」
「ええ、そうですね。私も私なりに自分の立場というものは理解していました。ですが、このようなことになるとは思ってもいませんでした」
「そうだな、俺もそうだ」
クロードはブリジットの手を絡め取り、強く握った。
「まさかこんな病弱な娘に命を助けられるとは」
「もう病弱ではありません」
「知っているが、病弱であるというのはこの王宮では便利だ。病弱ということにしておけ」
「便利……でしょうか? 確かになにか気の乗らないお誘いを受けたときには理由にしてしまっておりますが」
「それに、もう毒は盛られていないから元気、とは誰にも言いがたいだろう?」
「それはそうです」
ブリジットは小さく笑みを漏らした。
そんな深刻な事情を、こんなふうに話せる日が来るとは思ってもいなかった。クロードはブリジットに助けられたと言うが、それはブリジットも同じだと思っていた。
「あのときに話した与太話だが……」
「与太話ですか? なんの話でしょうか?」
「王の座を捨てて、お前と一緒にどこかで暮らすという話だ。それもよかったかもな、と今思っている」
そう語るクロードがどんな顔をしているか気になった。本気なのだろうか。
王宮に来てから改めて思った。国王とはどれだけ多くの人に敬意を払われ、そして従わせているのだろう、と。知っていたはずだが、それは絶対的な存在であり、圧倒的だった。それを捨ててしまうなんてブリジットには理解できない。
「今のお立場は、クロード様が懸命に戦って手に入れたものではないのですか?」
「考えてみれば王族に生まれた者の責務としてだったかもしれない。国王であることに不満はないが、一方でロランのことを少々羨ましくなった」
「好きな人と逃げたことを、ですか?」
「そうだな」
クロードの声色は、少し寂しさを帯びているような気がした。
レリアと逃げたロランにはこれからどんな困難があるか分からなかった。それを羨ましいとは、少々理解しがたかったが、なにもかもから解放されて、これからなにがあるか分からない楽しみもあるのかもしれない。
もしブリジットがレリアと同じ立場だったら。
迷わず同じような道を選んだと思う。そしてクロードとふたりきりの逃走劇は、苦難はあるだろうがなかなか楽しそうだなと考えてしまう。
「では、今から一緒に逃げますか?」
「……なんだと?」
「実は国王に嫁ぐなんて覚悟は私にはなかったのです。嫁いだのはクロード様に間違いはないのですが。もしかしてあの静かな城でふたりで暮らす生活もよかったかもしれません」
「王宮でのこの贅沢な暮らしは惜しくないのか」
「私は人付き合いは得意ではありませんし、王妃だから気遣われ、持ち上げられるのも得意ではありません。あの静かな城での暮らしは、案外気が楽だと思います」
「……やはり、お前を一緒に王宮へ連れてきてよかった」
「どちらですか? あちらの城での暮らしと……」
言いかけたブリジットの言葉は、クロードの唇に口を塞がれて出てこなかった。
夜空に輝く月だけが、ふたりの行く末を静かに照らしていた。
こちらでラストになります。
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