29.ブリジットの提案
「まったく驚きだな。まさかそんな方法を取ろうとするとは。大人しいだけの女性と思っていたが、考えてみたら大人しいだけだったら、俺が静かに死にゆくのを黙って見送っていただろうな」
クロードは膝を組んで座り、なんだか愉快そうな表情でブリジットを見つめた。
「思っていたより策略家だな。俺の妻としてますます相応しい」
「そんなふうに茶化すのはやめてください。どうですか? 上手くいくと思いますか?」
明朝の朝食の時間など待てず、ブリジットはレリアと話をしてからすぐさまエリーズを使いにやって、クロードに火急の用事があるのですぐに会いたいと申し入れた。
クロードはちょうど会議中で、それが終わったらすぐに部屋に来てくれると約束してくれた。その言葉の通りやってきたクロードは、ブリジットの話を最後まで口を挟まずに聞いてくれた。そして漏れた感想がブリジットを策略家と称するその言葉であった。
「そうだな、お前の言うとおり要はロランが死んだという事実が必要なだけであって、本当に死ぬ必要はないかもしれない」
もしかしてクロードはどうあってもロランは処刑すると言うのではないかと危惧があったが、この言いようでは自分の考えを受け入れてくれそうだ。
「よかったです。もしかして受け入れてくださらないと心配しておりました」
「さすがに妹も自分の手にかけ、腹違いの弟も、母親も、なると業が深すぎる。俺だってなんとかならないものかと考えていた。だが、お前の言ったような方法は考えつかなかった」
このところ、母親の件もあったからなのか疲れ切っているような顔をしていたクロードだったが、その表情に少し明るさが戻ったような気がした。
「しかし、そんな都合のいい薬があると思うか?」
「分かりませんが、聞いてみる価値はあると思います。なにしろ、クロード様の身体の自由を奪ってゆっくりと命を奪うなんていう薬を持っていたくらいですから」
「確かにそうだな。こうなったら、お前の言葉に従ってシモンとあの薬師を生かしてこちらに連れてきておいてよかった」
そしてクロードは立ち上がり、すぐさま牢へと向かうような気配があったので、ブリジットもそれに同行させてもらえるように申し出た。
★・・◇・■・◇・・★
「……ああ、なるほど。あなたに利用されるような機会があるように思っていましたが、まさかこんな早くだったとは意外です」
薬師……アベルは牢の端で丸くなっていて、もしかして死んでしまっているのではと勘ぐったが、クロードが来たと分かるとのろのろと身体を起こし、求めに応じて牢から出てきた。
そしてアベルを連れて狭く三方を壁で囲まれた面談室まで歩き、そこで人払いをして三人で話していた。
「どうだ? 俺が求めるような薬はあるのか?」
「ええ、ご用意できるかと思います。ただし、私が持っていた薬はすべて没収されてしまったわけで……」
「ここにある薬の中に、その都合のいい薬はないのか」
クロードは麻袋をアベルへと差し出した。なにを持ってきたのかと先ほどから気になっていたが、アベルの荷物だったらしい。
「いえ、そんなやっかいな薬はもっていません。こちらの牢から解放していただければ入手することは可能ですが」
「それはできない」
クロードはきっぱりと言い捨てる。
彼を釈放することがどんなに危険なことか、心得ているのであろう。
「ですが、そうなるとご入り用の薬は入手することはできません。残念ながら」
もったいぶるように言って、クロードの顔色を窺う。こんな狭くて暗い牢に閉じ込められて、自分の身がどうなるか分からない状態である。少しでも機会があるならばここから出たいという気持ちもよく分かるのだが。
「お前を解放したら、二度と戻らない可能性の方が高いと考えている」
「おや、なんて信用がない。まさか国王陛下に逆らおうなんて思いませんよ。私は長いものには巻かれる性質なので」
「俺を殺そうとしたことを忘れるな」
「確かに、私は毒も売って歩いていますが、悪いのは毒ではなくそれを使う人間です。私が売った毒をなにに使うのか、それは買った人の自由ですから」
そう言ってまるで悪びれない様子で笑う。
前々から思っていたが食えない人である。
「……あなたはただの薬売りではなく、薬を調合できるのでしょう?」
ブリジットが声を上げると、アベルはふっと鼻で笑った。
「……ああ、まあ、そうですね」
「ならば、必要な薬草を用意するわ。そうすればどこでも調合はできるでしょう? 調合の道具も用意させるわ」
ブリジットの提案にアベルはあからさまに嫌そうな顔になった。
「そうだな、それがいい」
「……侮ってもらっては困ります。私は一流の薬師なのですよ? 自分専用の慣れた道具がないと」
「一流ならば、どんな道具でもどんな場所でも調合できるであろう?」
クロードの強硬な言いように、アベルは不承不承頷いた。
「そうだな、全てのことが済むまではお前を足止めしておく必要がある。それが済んだらお前には金を渡して解放してやる」
「……それよりも国王お抱えの薬師として雇っていただけた方がよろしいのでは?」
「……なんだと?」
「便利に使っていただいて構わないのですよ。……私は今まで放浪の薬師でしたが、国王お抱えの薬師も悪くない」
なるほど、脅威は手許に置いておいた方がいいということか。それはいい方法だとブリジットは思い、クロードはどう答えるのだろうかと思っていたのが。
「断る。お前のような怪しげな者を傍に置きたくない」
「いいのですか? いつまた同じような毒で、あなたを惑わすか分かりませんよ? ここはお手元に置いておいた方が得策では?」
脅しともとれるような言いように胃の腑がぎゅっと掴まれるような感覚に陥る。クロードもそうだろうか、と彼の顔色を窺うが、相変わらず平然とした表情をしている。
「そうだな、お前はなかなか便利な薬師のようだ」
「はい」
「他の者に利用されないように、命を奪っておいた方がいいかもしれないな」
「……。ああ、なるほど。あなたはそのように考える人でしたね」
余裕の態度を崩さないが、その言葉は彼の気持ちを揺さぶったようだ。少々考えるような仕草をした後に、ため息を吐き出した。
「……今から必要なものを言いますので、それを私が懇意にしている薬局から手に入れてください」
そしてアベルはいくつかの薬草の名前を告げた。
「牢の中で調合するなんて初めてなので、上手くいくかどうか分かりませんが」
そう言いつつ、きっと彼は自分の中にある誇りから、失敗などすることはないのだろう。彼は恐らく自分の調合する薬に自信を持っている。
そして密かに薬草が用意され、牢にいるアベルへと届けられた。数日後に手はずどおりにブリジットの手許にその薬が届けられると、ブリジットは自分の手の内に大切な命が懸かっているのだと自覚して少々怖くなったが、必ずやりきらなければならないのだと決意を固めた。
そしてロラン処刑日の前日、彼が牢の中で自ら命を絶ったとの知らせが王宮中を駆け巡った。
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