6.夜の噂話
「どうせ余命幾ばくもない女なのだ。せめて最後は王妃という名を得て、ゆっくりと過ごしてもらいたいのがリシャール侯爵の願いであり、いとことしての願いだ。しかし、クロード国王よりも先に死ぬのはまずいがな」
(……やはり。そんなことだとは思っていたけれど、こんなに早く本音を聞けるなんて皮肉ね)
深夜。
眠れずにリュートブルグ古城を散策していたブリジットはついついそんな話を耳にしてしまっていた。
ブリジットの不眠はここ一年ほどのことだった。そうなったらもうどうあっても寝ることができずに、実家では本を読んで過ごしたり、たまにはこっそり屋敷を抜け出して夜の森を散歩したりしていた。
まだあまり知らない場所だ、さすがに外に出ることはせず、城内を歩き回っていた。そして扉の隙間から燭台の炎が漏れている部屋を見つけ、こっそりと近づいて耳を欹てたところ、こんな会話が聞こえてきたのだ。
ひとりはシモンで間違いないだろうが、会話の相手は誰だか分からない。
「まだ若いのに可哀想に。しかし余命幾ばくもないとは……」
「医師には二十歳まで生きられないだろうと言われている。あと一年だ」
「とてもそんなふうには見えないが」
「特になんの病気というわけではないのだが、生まれつき身体が弱い。彼女の母親は看病疲れで亡くなったようなものだ。娘を献身的に看病して、立派な女性だった」
シモンがブリジットの母親のことをそんなふうに思っているとは意外だった。一族の者はみんなそう思っているのだろうか。みんなが思っているような母親ではなかったのに、とブリジットは歯噛みしたいような気持ちになる。
「その献身的なところを娘も受け継ぎ、クロード国王の看病もするようになるだろうか。それはそれで面倒なのだが」
「さあ、それは分からないが。とにかく可哀想な女なのだ。せめてクロード国王が崩御された後、その後を追うように亡くなったとでもいうような美談として歴史に名を残してやりたい。皇太后様もそのようにお考えのようだしな」
では、死ぬ前提でブリジットを王妃としたということか。
本当は薄々気付いてはいたが、こんな形で聞くとなかなかに悲しい気持ちになるものだった。自分の死を願われるなんて、よい気持ちになれるわけがない。
(でも……残念ながらきっと二十歳では死なないと思うのよね。どうしよう……)
ブリジットの体調不良の原因は既に取り除かれているのだ。
しかしそれを誰も知らない。父も、兄も姉も。きっとブリジットからは一生話すことがないだろう。ブリジットにずっと仕えてくれていた侍女のアニエスだけはもしかして薄々気付いていたかもしれないが、証拠があるわけでもなく、それにそれはとても恐れ多いことで、きっと墓場にまで持っていく秘密にするだろう。
だから、最近はずいぶんと体調がよくて、と話しても、それは一時的なもので突然倒れるようなこともあるのでしょうと誰もが思っていて、それはなかなかに頭の痛いことであるのだ。
望むようになれそうもなくてごめんなさい、と心の中でだけ言ってブリジットはその場を離れた。
しばらく行くと月の光がふりそそぐ回廊に差し掛かった。まだ月は空の高いところにある。夜はまだ長そうである。
★今回短いので、夕方か夜にまた更新しますね。
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