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27.愛人からの懇願

 突然の訪問者があったのは、雨がしとしとと降り続ける日の午後だった。

 本を読みながら、うつらうつらとしていたブリジットは、エリーズに遠慮がちに声を掛けられ眠気が吹き飛んだ。


「レリア様がいらっしゃってますが……お断りになりますわよね……?」

「レリアが……」


 先のことを思い出すとどうにも気が進まない。それが顔に出てしまったのか、エリーズは苦笑いを浮かべる。


「やはりお断りになりますわよね? あの、実は何度か面会の申し入れを受けていたのですが、私の方からお断りしていたのです。クロード様からも、レリア様をブリジット様に近づけないように言われておりましたので」


「そんなことをクロードが?」


「ですが、しつこくて……。これで二十回目ほどでしょうか? どうしても会いたい、と。それで私も根負けしそうなのですが」


 まさかそんなことでエリーズを困らせるようなことになっているとは思ってもいなかった。

 そんなに熱心に面談を申し入れているのならば、余程のことがあってなのだろう。また酷い言葉をぶつけられるかも、という危惧はあるのだが、ここは少しくらい話を聞くべきではと考えた。


「分かったわ、少しならば応じるとお伝えして」


「え? 本当ですか? てっきりお断りになるかと。ブリジット様のその言葉があれば、私も断固してお断りできると思っていたのですが」


 要は断るために背中を押して欲しかったということだろうか。


「いいのよ、少しお話するくらい。ただ、あまり酷い言葉をぶつけられるようだったら、私は急に体調不良になってしまうかもしれないけれど」


「そうですわよね……! そもそもブリジット様はあまりお体が丈夫ではないと向こうも知っているはずですし。なにかありましたら私が頃合を見て退室を促すことにします!」


「ええ、お願いするわ」


 そして間もなくしてレリアが部屋に入ってきた。

 その姿を見てとても驚いてしまった。彼女はこんなに痩せて、顔色が悪かっただろうか。少し見ないうちに人はこんなに変わってしまうものか、と思うくらい変わっていた。今までは燃え盛る炎のようだったのに、今では少し息を吹きかけるだけで消える蝋燭の火のようだ。


「あの……面会をお許しいただきありがとうございます」


 丁寧に挨拶したその態度も今までとはまるで違っていた。一体レリアになにがあったのかと、そちらが気になってしまう。


「そんなところに立っていないで、こちらにお座りください」


 ブリジットは今までいた窓際の椅子から部屋の中央にあるソファに移動し、レリアにはその向かいに座るようにと促した。彼女は部屋にはブリジットとエリーズ以外誰もいないのに、変に周囲の様子を気にしながら遠慮がちにソファに腰掛けた。


「先日は失礼いたしました。父から怒られました。もう私とブリジット様とでは立場が違うのだから、と」


「大叔父様から……?」


「ええ。父もぜひブリジット様にお会いしたい、と。まだ落ち着かないからと多くの面会の申し入れを断られているようですが、父はブリジット様の味方に間違いないのですから、ぜひ早くにお会いしたいと」


 急な他人行儀に戸惑いを感じてしまうが、兄のマリユスも同じようだった。急な身分の変化は、身内の態度をも変化させてしまうようだ。


「そんなに多くの申し入れがある中で、急にこのように来てしまって申し訳ありません。無作法だとは承知しているのですが、どうしてもお願いしたいことがありまして」


「私がお力になれるとは、とうてい思えないけれど」


 ブリジットの警戒心が更に大きくなっていった。

 なにかとんでもないことを頼まれてしまうのではないかという予感がする。自分は王妃という立場になったが、まだまだ王宮内に味方は少ない。


「そんなことをおっしゃらずに……! 一生のお願いです」


 そう言いながら胸の前で手を組んだレリアは、本当に困っている様子だった。


(私も、力になれるものならば力になりたいけれど……)


 なにもできないのではないかという予感を抱きつつも、小さく頷いた。


「お願いというのは他でもありません。実はロラン様のことなのですが……どうか……!」


 悲痛な声を上げながら、レリアはソファから立ち上がったかと思うと、ブリジットの足元に跪いた。


「どうか、ロラン様にご慈悲を……! 彼はなにも知らなかったのです! お優しい性格ゆえに、お祖父様に騙されていただけで、利用されただけなのです」


「そ、それは……」


「むしろ、クロード様不在の間、クロード様のご無事を祈っていたのはロラン様だけだったと言っても過言ではありません! 心からクロード様の回復を信じて、不在の間、玉座を守ろうとしていただけなのです! まさか自分がクロード様に取って代わろうなんて少しも思っておらず」


 それは彼に直接会ったときからひしひしと感じていた。そして、彼の評判については他からも聞いていた。


 ロランは疑うということを知らない人で、それを甘いという人もいるだろうが、本当に純粋な人なのだという。クロードを暗殺しようなんて企みに乗るはずがないと、ロランの側近がクロードにそう訴えていた。だからこそクロードにロランに慈悲を、と申し入れたのだ。だが、その申し出は既に却下されており、どうしようもないという事情も分かっていた。


「実は私もロラン様のことはクロード様にお願いしたのですが」

「まあ、でしたら……!」


 ぱあっと明るい表情になったレリアの期待をそぐようで悪いと思うが、しかしブリジットは言わなければならない。


「受け入れていただけませんでした。私もなにも知らなかっただろうロラン様を処刑するなんてやりすぎではないでしょうか、と進言したのですが、それだけは譲れない、と」


「そ、そんな……。だって、ロラン様はなにも知らなかったのですよ? それを……」

「ええ……そうですよね。私も何度もそう申し上げたのですが……残念です」


「その……頼み方が悪かったのではありませんか? 軽く聞いてみたら断られたと、それだけでしょう? だって、あなたが真剣に頼んだらクロード陛下はなんだってお聞きになるでしょう?」


 いつの間にブリジットに対する評価がそんなふうになったのかは分からないが、どうやらクロードが回復したのはブリジットの献身的な看病があったからで、クロードはそれもあってブリジットに心酔しており、クロードが変わったのはブリジットのおかげだ、という噂が王宮内にあるらしい。

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