25.事件の真相1
これから自分がやることは、いたずらに罪人を増やすだけかもしれない。
深夜、ブリジットは寝室の暖炉の前に座り込み、じっと考え込んでいた。
だが、罪を犯した者がなんの罰も受けずにこのまま暮らしていくことが許せないと思ってしまう。全ての罪を他者になすりつけて、これからも変わらずに暮らしていくということにぞっとする。
(私は……私のお母さまの罪を暴くことは一生できない。その罪を心に秘めたまま死んでしまった。病気の娘をかいがいしく面倒をみた、聖母のような女性だったという名誉を受けて)
それを許せないと思ってしまう。
だが、今更それを暴いても仕方がないという思いもある。
彼……クロードはどう思うだろう。
それを思うと躊躇う気持ちもあったが、しかし、彼に自分のような思いをさせたくないという気持ちが強い。
ブリジットはゆっくりと立ち上がり、暖炉の上にあった燭台に暖炉の火を移し、それを持って寝室を出た。
★・・◇・■・◇・・★
その部屋は王宮の外れにあった。
彼女はそこでひっそりと暮らしていた。先の国王が崩御してから、舞踏会にも晩餐会にも滅多に顔を出すことはなく。しかし決して王宮を離れることはなく、じっと息を潜め、王宮内のことをに目を光らせていたのかもしれない。
もちろん部屋の前には警備兵がいたが、ひとりきりで、しかもあくびをしていた。こんなところに賊がやって来るはずがないと油断しているのだろうか。
ブリジットは燭台の火を消し、暗闇の中にそっと息を潜めて、壁に寄りかかって警備兵の様子を窺っていた。
そしてしばらく経った後、彼が不意に部屋の前から離れた。見回りの時間にでもなったのかもしれない。
ブリジットはその隙を見逃さず、そっと扉を開けて身体を滑り込ませた。
そこには侍女と思わしき者がいたが、椅子に座り、うたた寝をしていた。彼女を起こさないようにと気をつけながら、更に次の扉を開けた。
そこはブリジットの部屋の半分ほどの広さで、窓から入り込む月明かりでソファやテーブルが置かれているのが分かった。そして、更にその奥にもうひとつ扉。きっと彼女はそこに居るだろう。
ブリジットは扉の前に立つと、そこで呼吸を整えてゆっくりと扉を開けた。
「……誰?」
部屋に入るなりか細い声が聞こえた。
どうやら彼女は寝台の中に入りつつも眠れない夜を過ごしていた。
ブリジットは寝室の暖炉から再び燭台に火をつけて、寝台の横にあった袖机に置き、自分はその近くにあった椅子に腰掛けた。
「こんな時間に申し訳ありません。ですが、秘密裏にお話しした方がよいと考えました」
ブリジットの声に、彼女は身体を起こし、寝台の上に座った。
それは……ソレーヌ皇太后、クロードの実の母親だった。
「あら、あなたは……確かブリジット。クロードの妻の」
深夜、急に訪れた客人に驚く様子もなく、ソレーヌは静かに言う。
「はい、ご無沙汰しておりました。確か、結婚式の日以来ですね」
王宮に来たとき、クロードの母親である彼女にはもちろん挨拶するべきだと考えて、何度か面会を求めたのだが、それは全て断られた。
ソレーヌはそもそもあまり人に会うことをしない人であるから、気にしなくてもいいと彼女に仕える侍女に聞いた。ブリジットは息子の妻であるのだ、気が向いたらきっとソレーヌの方から面会を申し込んで来るだろうからそれを待った方がいいと言われた。
「ずいぶんと非常識なのね。こんな時間にやって来るなんて」
「ええ、申し訳ありません」
「さすがは、家に閉じこもりで育っただけあるわね。王宮内のしきたりも知らない上に、一般的な常識も知らないようね」
「ええ、そうですね。そのような者をクロード様の妻とされたことを後悔されていますか?」
「まさかあなたが王宮で暮らすことになるとは思っていなかったから」
その険のある言葉を聞いて、やはりなにかおかしいと思った。
息子であるクロードが回復することを願っていると彼女は語っていた。そして以前のように玉座に座り、ブリジットはその妻としてクロードを支えて欲しいのだ、と。
『母』とは、周囲がどんなにクロードが回復するのは不可能だと言っても、ほんの僅かな可能性を信じるものではないのだろうか。それとも、ブリジットが『母』というものに幻想を抱きすぎなのだろうか。自分の母はそうではなかったけれど、世の母とはなにがあっても子供を守ろうとするはずだと信じているのだろうか、と思うと自嘲が漏れた。
「こんな夜更けですし、単刀直入に伺います」
「ええ」
「……シモンをそそのかしたのはあなたでしょう?」
急にそんなことを言われるとは思っていなかったのだろうか。明らかにソレーヌの顔色が曇り、それからわざとらしいほどの微笑みを浮かべた。
「シモンをそそのかしたですって? そもそもシモンとは誰のこと?」
「クロード様の騎士団の司令官です」
「クロードの取り巻きの名前なんて、いちいち覚えてはいないわ」
「では、シュゼット様の元家庭教師だと言えばお分かりでしょうか? ソレーヌ様はシュゼットのお部屋をたびたび訪ねていて、シモンとも顔見知りだと聞きました」
それからソレーヌはわざとらしく少々考えた込んだような表情をしてから、ああ、と言った。
「そうね、そんな名前だったかしら?」
「はい。そしてシモンは私のいとこにあたります」
「あら、そうだったのね」
「シモンは……シュゼット様の仇を取るためにクロード様に毒を盛ったと言いました。しかし首謀者については決して語らなかった」
「クロードの暗殺を謀ったのはフーリエ公爵とロランでしょう? 本当になんて恐ろしいことを……。しかもひと思いに殺すのではなく、長く苦しめた上に殺そうなんて」
ソレーヌは自分の身体を抱き締めた。
「許されないことだわ。ことの真相が分かって本当によかった。彼らはもうすぐ処刑されるのでしょう? その日を心待ちにしているわ。卑劣な方法で我が息子を殺そうとした憎い相手だもの」
興奮した様子で言うが、それを見つめるブリジットの瞳は冷静なものだった。なにかの気配を見逃すまいと、じっとソレーヌを観察していたのだ。
「……ご存知だったのでしょう? なにもかも」
ブリジットがそっと呟くように言うと、ソレーヌは声を荒らげた。
「なんてことを言い出すのかしら? おかしな女ね、そんなこと、知るはずがないでしょう?」
「そもそも、クロードを殺そうと企んだのはあなただった。その話をフーリエ公爵に持ちかけた……」
「……。なにを証拠にそんなことを?」
ソレーヌはブリジットを睨み付ける。
突拍子のない話だった。なにを言い出すのかと焦ってもいいところだが、彼女は冷静に言い返してきた。まさか、と思っていたが、本当にそのまさかだったのかもしれない。
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