24.他人行儀な兄妹
その面会は、他の者のように突然のものではなかった。三日前から打診があり、日時を取り決めて行われたものだった。その用意周到さが彼らしいと思った。
ブリジットは緊張した面持ちで、面会室で彼がやって来るのを待っていた。約束の午後二時、彼は時間通りにやって来た。
まずはブリジットに恭しく挨拶して、それから扉の前に立ち続けた。
「……どうぞ、こちらにお座りになって」
ブリジットがそう声を掛けてから、彼は示されたソファに腰掛けた。
ブリジットの兄である、マリユスだった。
「先だっては随分と失礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした」
そう詫びる彼は、ついこの前会ったときとはまるで違う。それほど、ブリジットの王宮内での立場が変わったということだろう。
「いえ、突然王宮にやって来た私の希望を聞き入れ、王宮内に部屋を用意するように取り計らってくださって、感謝しております」
「はい」
「クロード国王も感謝しているはずです。王宮へ戻る足がかりを作ってくれた、と」
本当はマリユスのブリジットへのあまりの態度に憤っていたが、そこは充分説明しておいたので大丈夫だろう。
「それを聞いて安心しました。なにしろ、この王宮内でのクロード国王陛下のご機嫌次第であれこれと左右されてしまいます」
「そんなことはありません。クロード様にはクロード様のお考えがあってされているのであって、他で言われているように、クロード様の気分次第でどうにかなるようなことはありません」
「……。なるほど、そうですね」
そして意味ありげな表情を浮かべたが、それ以上は語らない。王妃を目前にして、国王に悪意があるような言葉は吐けないということだろうか。
「本日こうしてお時間をいただいたのは、他でもないシモンのことです」
「ええ……」
クロード直属の司令官で、クロードに毒を盛っていたシモン。彼が実行犯であることはもう国中の人が知っている。
「まさか、クロード国王陛下は我が一族がこの暗殺に関わっているとは考えていないと推察しますが……」
こちらの顔色を窺うような態度に、ブリジットはなんと他人行儀な、と悲しくなってきた。
これならば以前のように悪意を向けられて酷い言葉をぶつけられていたときの方がましだとすら考える。
「そのようには考えていないでしょう」
「それを聞いて安心しましたが、それは確かなことでしょうか?」
更にこちらから情報を引き出したいのか、意味ありげな視線を向けてくる。
マリユスは一族の代表として、この一件のことを探るためにここへやって来たのだろう。無論、慣れない王宮暮らしをはじめた妹の様子を窺うような目的ではない。
「……これはあまり公にされていないことと思いますが」
「ええ」
マリユスはその話を聞きたいのだとばかりに身を乗り出してきた。
「シモンがクロード様に毒を盛ったのは個人的な恨みからでした。そこをフーリエ公爵につかれて、彼と手を組んだ」
「個人的な理由、とは?」
「以前、シモンがクロード様の妹君の家庭教師をしていたとは知っているでしょう。シュゼット様のことです。思い起こせば、親族の集まりのときなど、シモンの口から何度かシュゼット様のことを聞いたことがあります」
「ええ、確かにとても優秀な生徒で教えがいがあると言っていました。シュゼット様もシモンのことを慕ってくれていて、ノエルのときには特別な贈り物をしてくれただとか。シモンの方もそんなシュゼット様に好意を抱いているように思えました。……なるほど」
それでマリユスは全てを理解したようだった。
クロードが自分の妹に手を掛けたとは誰もが知る話で、そのエピソードから身内にも容赦がないと知らしめられていた。
「いや、しかし」
ギーは顎に手をやり、思案するように虚空へと視線を投げた。
「そんな理由があったとしても、果たしてフーリエ公爵の口車に乗るかどうか……」
「え……? それは一体どういうことですか?」
ブリジットがシモンと会ったのは、リュートブルグ古城へ行く前は数えるほどしかない。
しかしマリユスは違う。年が近いいとことして親しく交流していた。ブリジットよりもマリユスの方がよっぽどシモンのことを知っているだろう。
「そうですね、シモンのことを少したりとも知っている立場としては、今回のことを少々訝しく思います」
「と、言いますと?」
今度はブリジットの方が身を乗り出した。
「シモンがクロード国王陛下に個人的な恨みを募らせていたとしても、フーリエ公爵に力を貸すかどうか。シモンはフーリエ公爵を毛嫌いしていた。その理由は、かの一族はシュゼット様に辛くあたっていたというものではありますが」
「では他の者が……かかわっていると?」
「いえ、すみません。こちらの勝手な想像です。シモンとはここ数年はゆっくり語り合うこともなく、その間に彼は変わってしまったのかもしれない。シモンが個人的な理由でクロード国王陛下を殺そうと企んだのであって、この出来事は我がリシャール一族が拘わっているものではないかと陛下が考えているのならば、これ以上は」
早口でそう言うと、マリユスは用事は済んだとばかりに立ち上がった。
「お忙しいところ、お時間をとっていただいて感謝申し上げます」
「いえ……」
実の兄の他人行儀な挨拶以上に、彼の言ったことが気になって仕方がなかった。
しかし、きっと彼はこれ以上語ってくれないだろう。
「これで失礼いたします。なにか、王宮内で困ったことがあればなんなりとお申し付けください。ゆくゆくはリシャール侯爵家の長になる身として、お力になります」
「ええ……」
辞去の旨を伝えるマリユスのことを見ることもなく自分の思考に集中し、彼を見送ることもしなかった。
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