21.謝罪と温情ある措置
「……浅はかで愚かな私との面会に応じてくださるとは、王妃様は本当に慈悲深い。どうか今までの私の無礼はその慈悲深い心でお許しください」
ブリジットは目前で跪き、頭を垂れるカロリーナを驚きの表情で見下ろしていた。
「あの、やめてください。どうか顔を上げて」
そう言っても、カロリーナとその取り巻きたちは跪いたまま頭を上げようとしなかった。
ここは新しく用意されたブリジットの部屋に隣接する面会室だった。
ブリジットの部屋は居室と寝室がある他に、こうして面会をするための部屋があった。暖炉とソファがあり、部屋の壁には椅子が置かれていて、小規模なお茶会やちょっとした集まりができそうな広さの部屋だった。
本当はカロリーナと会う気はあまりなかったのだが、ぜひともお詫びをしたいと言われ、それを断るのはよくないと考え、少しの時間だけと言って応じたのだ。
そうしてやって来たカロリーナとその取り巻き十人に、部屋に入ってくるなりこんなふうに跪いて詫びをされるとは予想外だった。
「ブリジット王妃のご慈悲があり、私たちの罪が許されたのだと聞きました……」
「罪だなんて、あなたたちはなにもしていない、と私は思っていて、クロード様もそのように考えたのでしょう」
ブリジットが言うと、カロリーナの取り巻きたちは頭を下げたままで次々と言う。
「ブリジット様のお口添えがあったからです」
「以前のクロード様でしたら、罪の大小に拘わらずこの王宮に居る者たちを全て粛清しても無理がないことでした」
「それほどの怒りをかう出来事だったでしょう、身体の自由を奪われたことは」
「その怒りを治めてくださったのはブリジット様に他なりません」
「王宮の者たちは、皆、ブリジット様に感謝しております」
「ブリジット様のような方が王妃となってくださって、皆、嬉しく思っております」
先のお茶会でブリジットを侮った態度をとった者たちの口から出た言葉だとはまるで思えない。
クロードが玉座に戻ってから五日、先のお茶会からは七日も経っていない。
ブリジットはカロリーナのつむじを見つめながら、ため息を吐き出した。
「正直に申し上げると、そのような掌返しの態度を取られても、不信感が増すだけです」
「確かに、おっしゃるとおりですね」
カロリーヌはようやく顔を上げた。
「私たちがブリジット様に向けた態度、少し謝っただけで許していただけるとは思っておりません」
「いえ、それは仕方がなかったことだと思います。なにしろ、私は急にやって来て王妃を名乗ったのです。それには事前に王宮の様子を確かめるという事情があったのですが、それをもちろん知らない、特にクロード様と親しくしていた方たちには不快な存在だったでしょう。――それにしては、少々辛辣だったとは思いますが」
「ええ、申し訳ありませんでした」
カロリーナは先ほどのようなわざとらしさはなく、淡々と言う。
ブリジットはそんな彼女の言葉に頷いてから、さらに続ける。
「ですので、急に親しくすることは無理でしょうが、お互いに節度を持ってお付き合いいただけると嬉しく思います。どうぞこちらのソファにお座りください。そんなふうに跪かれていたらお話もできません。他の方もどうか」
「ブリジット様が理解ある方で助かりました」
カロリーヌは立ち上がりソファに腰掛け、他の貴族の女性たちはその近くにある椅子に腰掛けていった。ブリジットはカロリーヌの向かいに座る。
「私がこうしてお詫びをしにきたのには理由があります」
「ええ、そうでしょうね」
「ブリジット様が正式に王妃として認められた今、私が気にしているのはクロード様の元愛人としての立場です」
「王妃を迎えたとしても、愛人という立場は変わらないのでは? 私はクロード様に愛人を持つな、なんて言いません。むしろ私の方が後から来たのですから」
国王が愛人を持つのは普通のことであり、それどころか貴族の男性は妻の他に何人も愛人がいてもおかしくない。
「それを聞いて安心いたしました。ですが、少なくとも私はこのままクロード様の愛人として王宮に出入りすることはできないでしょう。先に失言があったこともありますし」
「そうでしたね」
クロードの身体が動かなくなったとき、医師にもう意識もないでしょうと言われ、彼がいながら彼を罵るような言葉を吐いた。
「そんな失言があったにも拘わらず、不問としてくださったのはやはりブリジット様が影響しているのでしょう。以前のクロード様とは違っているようです」
「そうですね、一度死んだようなものだとおっしゃっていますし」
「国王陛下に捨てられた愛人なんて惨めなものです。陛下に不興を買わないようにと考える貴族が多く、今からどなたかの元へ嫁ぐことも難しい……。実家に戻っても立場がありません。私には居場所がなくなってしまったのです」
そのような状況だと知ると、同情する気持ちを禁じえない。ブリジットもかつては嫁ぎ先などなく、このまま一生実家で兄の慈悲を受けながら、肩身の狭い思いをしながら生きていくのかと思っていた。
「ブリジット様のご慈悲で、王宮内に出入りすることを許していただけませんか?」
「なるほど。そうですね……」
ブリジットは考えを巡らせた。
確かにカロリーナは苦手である。だが、ブリジットが苦手ということは、王妃としてこれから付き合っていかなければならない苦手な人に対処できる人なのかもしれない。ここで恩を売る……とは少々言葉がよろしくないが、味方につけるのは悪くないだろうと思える。
「私は王宮にあまり馴染みがなく、王宮内のことに詳しくありません」
「ええ」
「その私にあれこれと助言をしてくださると助かります。相談役……として王宮に居てくださると」
「ああ! それは私が考えもしていなかった、これ以上ない素晴らしいことです!」
今まで神妙な面持ちだったカロリーナの瞳が輝きを取り戻した。
「それから、カロリーナ様のお友達にもあれこれと教えていただければ」
ブリジットがカロリーナの取り巻きたちに言うと、今までしょげた態度だった彼女たちがすっと背筋を伸ばした。
「もちろんです! なんなりと聞いていただければ」
「私がお教えできることなど僅かだと思いますが、なにかあればいつでも」
「よろしかったら私の姉や妹やいとこもブリジット様のお役に立ちます」
「ブリジット様になにかをお教えするような立場にはありませんのに、そのようなお言葉もったいなく思います」
そうしてこの部屋に入ってきたときにはこの世の終わりのような表情をしていた彼女たちは、明るい笑顔で部屋を出て行った。
それからも入れ替わり立ち代り、クロードの愛人や侍従たちがやって来た。本当は断りたかったが、エリーズが、一度カロリーナを受け入れてしまったのだから他の方を断るのはよくないと助言してくれたので、少しの時間ならばと応じることにしたのだ。
やって来た者は皆、そして先の態度を謝りつつ、なにかあったらいつでも力になる、いつでもブリジット様の味方であると言った。
彼女ら彼らの本心はどうか分からないが、表面上だけでも、こちらの味方になってくれると言ってくれるのは嬉しかった。
クロードが登場するまで、ブリジットに対する態度は辛辣であったので。こんなところで暮らしていく自信はないと思っていたが、クロードの庇護があればなんとかなりそうだ。
(このまま穏便にいけばいいのだけれど……)
そう願ってやまないが、そうはならないことは半ば予想していた。
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