20.王妃の部屋
クロードが向かったのは王宮の最奥にある、国王の部屋だった。
執務室と居室と寝室があり続き間になっていて、侍女や侍従たちの控えの間がふたつ隣接していた。リュートブルグ古城の部屋よりもずっと広い。身の置き場に困ってしまうほどだ。
「……まあ、誰かが使った形跡がないだけましか。掃除が行き届いているとは言えないがな」
クロードはそう言いつつ、かつては彼がよく腰掛けていただろう執務椅子に腰掛けた。ブリジットはどうしていいか迷った後、執務机の近くにあるソファに腰掛けた。
クロードが言った通り、掃除があまり行き届いていなかった。ソファの前にあるテーブルには埃が積もっていたし、暖炉は灰がそのまま残っている。
クロードが王宮を離れてからもう一年近くになるだろうか。その間不在になっている部屋を掃除しようとする者はいなかったのだろう。
「お前の部屋もすぐに用意させるが……今日のところは元の部屋で我慢してもらうことになるかもしれない」
「え……、私は今の部屋で充分過ぎるほどですけれど」
「なにを言っている? お前は俺の妻で、王妃なのだ。それなりの部屋と侍女を用意させる」
クロードは立ち上がり、部屋のあちこちを見て回った。
かつての自分の部屋に戻ってこられたクロードは今どんな気持ちでいるのだろうと考える。複雑な思いがあるのだろうと察すると、どう話をしていいものか分からない。
(それから……私はこれからどうなるのかしら?)
王妃、と言われても、それがどのようなことかも分からない。周囲がそれを受け入れてくれるかも分からない。ここに来て急に心細くなってしまった。思えば、なんの覚悟もないままに王宮へ来てしまった。
「……浮かない顔だな」
クロードはブリジットが座るソファの隣に座った。
「ええ……急にいろいろとあったものですから」
「……ほっとした?」
「いえ、戸惑いの方が大きいかもしれません。これからどうなってしまうのか」
「どうもこうも、俺は元の通り国王となり、お前はその妃となるだけだ」
「ええ……そのように上手く運べばいいのですが」
「上手く運ぶ。お前には俺が付いているし、俺にはお前が付いている」
「そ、そうですが……」
その言いように戸惑ってしまう。これは、嬉しい方の戸惑いだった。
頼りにされているのだ、と強く感じた。ならば、自分の不安など横に置いてクロードの側に居るべきだろう、と。
「お前の言うとおり、今回のことは可能な限り穏便に済ませるつもりだ」
「私が言ったから、ですか?」
「そうだ。確かに俺の今までのやり方が反感を買ったのだろう……まあ、そうではなく自らの出世欲だとか、その者がこうあるべきだと思い込んでいる理念のためだとかいう理由もあるだろうが。確かに俺は、今までは我が国に仇なすものを排除しようと、そればかりに心を砕いて周りのことがあまり目に入っていなかったのかもしれない。だからこそ、こんな陰謀に巻き込まれた」
「そのようなこともあるかもしれませんね」
「俺は、お前に相応しい夫となるように努力するつもりだ」
その言葉が意外すぎて、ブリジットは嬉しいを通り越してどう答えていいのか迷ってしまった。
自分がクロードに相応しいかと今まで考えていたが、まさか彼がブリジットに相応しいか、などと考えたことはなかった。
「あの……今のところ私はクロード様に不満などありません」
「そうか? それならいいのだが……。とにかくお前に救われた命なのだ。俺は……」
そのとき、ふたりの会話を打ち切るように扉をノックする音が響いた。早く強めのノックで、急ぎの用事なのかと想像された。
「なんだ?」
クロードが声を上げると扉が開かれ、ギーが部屋に入ってきた。
「なんだ? とはお言葉ですね。あなた様が王宮に居る者たち全員を検めろと命じたのに」
不服そうに言いながら、ギーはふたりが座るソファの前に立った。
「とりあえず、掃除婦や洗濯婦など下働きの使用人たちはすぐに解放しました。あと料理人も解放しました。そうでないと今日の食事にもありつけそうになかったので。ああ、一応、どこかでなにか見聞きした者はいないかと聞いてみましたよ? 些細なことでもいいと言ったら、先ほどのクロード様の態度に恐れをなしたのか、本当に些細なことまで報告されたので少々困りましたが。……情報の精査に時間がかかりそうですよ」
ギーはぼやいて、わざとらしく肩を竦めた。
「なにかを企みそうな、それなりの権力がある貴族たちは捕縛して、見張りをつけてひとりひとり部屋に閉じ込めて順に話を聞いているところです。クロード様がその報告書を見て、クロード様の判断で解放するかどうかを決めるとのことで。それも、なかなかに時間がかかりそうですね」
「あの……なにもそんなに厳しくしなくとも。ある程度監視の目が行き届く部屋で、他の人との交流と、王宮から出る事を禁じるくらいにしては?」
ふたりの視線がこちらに向いたため、余計なことを言ってしまった、そんなことに自分が口を差し挟む立場ではなかったと思ったのだが。
「まあ、そうだな。そうしよう」
「かしこまりました」
そう言いつつ、ギーが意味ありげな視線をブリジットに投げかけてきたのが気になる。それはそんなに険があるものではなかったけれど。
「それから、状況からして一番怪しいロラン殿下とフーリエ公爵、その取り巻きたちは牢に入れておきました。後日、クロード様から直接話があるだろう、とたっぷり脅しておきました」
「そうか」
「奇襲をかけた甲斐がありましたね。特にフーリエ公爵など、少しでも身の危険を感じるとすぐに行方をくらます方なので。捕まえられてよかったです」
「そうだな、あいつならば、自分の実の孫に全ての罪を押し付けて逃げるくらい難なくやってのけるからな」
そんな薄情な者なのかと、会ったこともないフーリエ公爵を悪印象を抱いた。そんな者が相手だからこそ事を急いだようだ。
「とにかく、今日はゆっくり休め。部屋まで送って行こう」
「え……クロード様は?」
「俺にはやることが山積している。今までずいぶんと休んでしまったからな」
ブリジットはクロードの方にこそ休んでもらいたかったが、身体の自由を取り戻し、今までできないことをやりたいという彼の気持ちはよく分かる。自分もかつてそうだったから。
「でも、急に無理をするといけません。ほどほどになさってくださいね」
「分かっている」
「……ご自分が病みあがりだということをお忘れにならないように」
「分かったよ」
そうしてクロードはブリジットを部屋まで送ってくれた。果たして国王が王妃をその部屋まで送るなんてことがあるのか、と考えたが、自分はまだ王宮内のしきたりを知らないのでよいことにしよう。
部屋に戻り暖炉の前のカウチに座っていたらいつの間にか寝てしまったようだ。しかし起きると寝台の上にいた。エリーズに話を聞くと、夜にブリジットの様子を見に来たクロードが、寝入っているブリジットを寝台まで運んでくれたとのことだった。
王宮に戻り、身分を取り戻しても自分への気遣いをしてくれることを嬉しく思いつつ、ならば自分もクロードのためにできることはなんでもしようと改めて決意を固めた。
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