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5.哀れな王妃?

「来て早々、クロード国王にご挨拶なされたとか。その……いかがでしたか?」


 自分の居室に案内されると、ブリジット付きの侍女としてエリーズを紹介された。


 とりあえずブリジット付きの侍女としているのは彼女ひとりで、もし足りないようだったら言うようにとシモンに言われたが、ブリジットはひとりで充分だと感じていた。ここでは舞踏会も晩餐会もない。他の貴族たちとの付き合いもなにもない。ただ身の回りの面倒を見てもらうのにはひとりでもいいと思ったのだ。


 エリーズはまだ若い女性で、明るい雰囲気でてきぱきとなんでも動いてくれそうな気配があった。こんな幽霊でも住んでいるのではないかという城で、彼女のような侍女が側に居てくれるのは幸運だと思った。


 ブリジットの荷物は既に部屋に運び込まれていて、ただ主の許可なく荷解きするのはよろしくないとそのままにしていたと言われた。そのこともエリーズに好感を持ったことのひとつだった。

 クロード国王に嫁いだ、王妃という立場とはいえ、きっと本人は望まないことだろうし、彼の周囲に居る者も迷惑がるだろう。そんな中で侍女には恵まれないかもしれないと思っていたが、よい方向に期待が裏切られた。


「そうね、結婚式のときに一度会ったきりだったから。改めて挨拶ができてよかったわ」


「そうでしたか」


 ブリジットは着替えを終えて鏡台の前に座り、エリーズは髪をとかしてくれていた。

 鏡に映る自分は、ずいぶんと疲れた顔をしていたなと気付いた。ここまでの旅で三年ほどは老け込んだ気持ちだ。


「お話ができないことが残念だったけれど。それは分かっていたことだから」


「……ええ、そうですわね」


 エリーズは絡まっていた髪を丁寧にほどいてくれた。こちらが痛くないように、と気遣ってくれる彼女は、会ったばかりだが信頼できる人だと感じていた。


「私はクロード様の王妃として、なにをすればいいのかしら? かいがいしく看病でもできればいいのだけれど」

「……こちらではゆっくりとお過ごしください。陛下の世話をする者は他におります」


「フィリップとか?」

「ええ、彼は付ききりでクロード様のお世話をしております。クロード様の最後は自分が看取るのだと決めているようで、下手に手を出そうとしたら叱られる、とも聞いております」


 エリーズは鏡越しに困ったように笑う。


「そう。でも、せっかく結婚できたならば、夫のためになにかしたいわ」

「それは、いささか難しいのでは?」

「……そうよね、分かっているの。陛下はあんな状態だし」


 瞳は開いているが、その瞳にはなにも映っていない。

 クロードの心はどこか遠い場所に行ってしまっていて、もうここには居ないのだろうか。

 抜け殻の男性との結婚生活とはどのようなものだろうか。ここへ来る間にずっと考えてみたが、それは想像が及ばないものだった。エリーズたちが言うように彼の世話はフィリップや他の者に任せて、名前だけの王妃はできるだけ他の者に世話をかけないように、邪魔にならないように、静かに過ごせばいいのだろうか。


「それにしても、驚かれたのではありませんか? 結婚なされてやって来たのがこのような寂しいお城で」

「エリーズは……元は王城で働いていたの?」


「はい、クロード様の侍女のひとりでした。とはいえ、私は下っ端の下っ端で……直接陛下のお世話をしていたわけではないのですが」

「王城からここへ来たのならば、エリーズこそ驚いたのではない? 私は王城へ行ったのは数えるほどで、郊外の屋敷で暮らしていたから」


「ええ……そうですわね」


 そう言葉を濁したエリーズ自身が、寂しい思いをしているのではないかと感じた。彼女こそ、肩書きは王妃付きの侍女であるが、その名と実情が伴っていないと感じているのではと危惧した。


「あの、私のことはお気になさらずに。そもそも、陛下の侍女であったのは叔母様の口添えがあってやっとのことだったのです。王城では侍女というよりも雑用係でした、お部屋の暖炉の灰をかく、ですとか。このたび、ブリジット様付きの侍女になれてとても嬉しいんです」


「私も、エリーズのような人が侍女となってくれて嬉しいわ。どんな人がお世話をしてくれるのかと不安だったので」


「そんなっ、もったいないお言葉です」


 そうしてエリーズは恐縮した様子で腰をかがめた。

 髪を梳き終ると、では荷解きをしましょうとエリーズが言ってくれたので、実家から持ってきたトランクを次々と開けていった。


 とはいえ、普通の貴族の令嬢と比べたらその荷物は少ないものだった。

 病弱なブリジットが持っているドレスは数えられるほど僅かだった。せっかく嫁ぐのだから急ごしらえで作ってもらったドレスも何着かあったが、果たしてそれに袖を通す機会はあるだろうか。外出用の外套や帽子や手袋も新しく用意したものだったが、森に囲まれたこの城では、それを身につけても見てくれるのはリスやキツネや小鳥だけだろう。


 ブリジットの部屋は、王妃の部屋、というには少々小さいのかもしれないが、ブリジットにとっては充分だった。暖炉があり、その前にはソファがあり、部屋でも食事が取れるように椅子とテーブルがある。奥の部屋は寝室になっていて、大きな寝台と執務机がある。


「王宮ならば、この数十倍はある大きな部屋を用意されたのでしょうね。侍女も私ひとりなどではなく、十人ほどはいたでしょう。ドレスも装飾品も思うままでしたのに」


 エリーズは荷解きをしながらも、引き続きブリジットの身が哀れであるような発言をする。


「それは私の身の丈の合わないことなので、むしろ遠慮したいわ。私はここで充分。静かな場所で気に入ったわ。むしろ騒がしい場所は苦手で」

「そうでした。ブリジット様は、お体が弱いと伺いました」

「……。そうね。以前よりはずっとましだけれど」


「一度具合を悪くされると何ヶ月も寝込むこともあっただとか。長旅でお疲れでしょうし、陛下にお会いするという大変な役目も終わったのです。しばらくはこちらの環境に慣れるためにも、なにも考えずにゆっくりとお過ごしください。なにか必要なものがありましたら、なんなりとお申し付けください」

「……ええ、そうね」


 ブリジットはエリーズに弱弱しく笑いかけた。

 荷解きが終わると、なにか温かい飲み物でも持ってきましょうとエリーズは行ってしまった。

 ブリジットは窓の前に立ち、カーテンを引いて外の風景を見つめた。

 リュートブルグ古城は元は戦いの中にあって要塞の役割をしていただけあって、周囲をぐるりと高い塀に囲まれている。敵から城を護るためだが、今は自分を閉じ込めている塀のように感じる。塀の下は切り立った崖になっていて、その下には流れの速い川が流れている。背後は昼なお暗い森になっており、敵の侵入を防いでいる……自然の要塞のような城である。


(いつまでここに居るか分からないけれど)


 自分の身を心細く感じながら、遠くに見える山々を見つめていた。

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