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16.残念なお茶会

 翌日はクロードの愛人のひとり、カロリーヌのお茶会に招かれたので出かけることになった。

 本当はよく知らない人とのお茶会なんて気がすすまなかったのだが、どうしても言われたのと、なにか気になることが聞けるだろうかと思って少しの時間だけ、と約束して出かけたのだ。


 お茶会は王宮の中庭で行われることになっていた。蔓バラが美しい庭で、初夏の風が心地よく、久しぶりに華やかな気持ちになった。

 そこにテーブルが五つ用意されていて、それぞれに席が五つ用意されていた。

 ブリジットは主催のカロリーヌに挨拶した後、近くにある席につこうとしたのだが、それをカロリーヌの取り巻きである女性に止められた。


「あなたの席はそこではないわ」


 そう言われて、そうか、どの席でもいいわけではなく席が決まっているのかと、お茶会にあまり参加したことがない自分を恥じた。


「そうなのね。では、私の席はどこか教えてくださる?」


 丁寧に聞いたつもりだが、その女性は不機嫌そうな表情で顎をしゃくった。


「あなたの席はあそこよ」


 テーブルは五つかと思っていたが六つだった。

 王宮の壁の、くぼみのようなっているところにテーブルと、席が三つ用意されていた。その位置からはせっかくの中庭が見ることができず、壁を見てお茶をいただくことになりそうだ。


「ごめんなさいね、急なことでそんな席しか用意できなくて」


 カロリーヌはそう詫びたが、その言葉には悪いと思っているような響きはなかった。どうしても、と言われて来たはずなのに、まるでブリジットが無理を言って出席したようである。


「……ふん、身の程を知ればいいのよ」


 どこからかそんな声が聞こえてきた。それで、これはカロリーヌの意地悪なのだと理解した。


(……私はクロードの正妻で王妃であるのだから、こんな席を用意して、と憤るところなのから?)


 そうは考えたが、主催者の言うことに逆らうのはよくないし、そんなことを言って争いの芽を生むのはブリジットは望まないことだったので黙って微笑んで、言われたとおりの席に腰掛けた。


 ブリジットが座った席からは他の席も遠くて、せっかくなにか情報を得ようとやって来たのにそれもできそうもない。

 同じテーブルにつくことになる人からなにかを聞けるだろうかと思っていると、とても惨めそうな表情をして令嬢がふたりやって来て、席についた。そしてブリジットの顔を見て、目を逸らせてしまった。


「みなさーん」


 どうやら全員揃ったらしい、カロリーヌが中央のテーブルから声を上げる。


「今日はわたくしが主催するお茶会に出席してくださってありがとうございます! 大したおもてなしもできないかもしれませんが、最後まで楽しんでくださいね」


 温かな笑みと拍手がおき、席はともかくよい雰囲気のお茶会になりそうだな、と思っていたのだが。


「そうそう! 今日は特別なお客様を招いておりますのよ。皆さんも噂は聞いていると思います。クロード様の正妻で、一時こちらに戻って来てらっしゃるの」


 そしてブリジットに視線が集まる。

 こうして皆さんにきちんと紹介してくれるなんて。こんな席を用意して、と思ったが、本当に急に招待したから仕方がなかったのだろうと思いかけたのだが。


「で……ええっと、名前はなんでしたっけ?」

「え……?」


 表情を強ばらせるブリジットに、勝ち誇ったような笑みを浮かべるカロリーヌ。

 彼女の表情からは『お前のような女の名前など覚えてやるものか』という、こちらを侮る感情が読み取れた。


「あ、あの……ブリジットと申します」


 ブリジットは立ち上がりそう言った。

 それに対して向けられたのは、周囲の冷ややかな視線。そしてため息。いたたまれなくなり、すぐに席に座ってしまった。


「あら、よそ者を急に招待してしまったのでもしかして不快に思ってしまった方もいらしたのかしら? ごめんなさいね。とにかく、今日はさまざまなしがらみなど関係なく、楽しんでくださいね」


 そして意味ありげな視線をブリジットに投げかけてくる。

 考えてみればそうなのだ。彼女はクロードの愛人で、ブリジットは正妻。しかも夫を置いて王宮にやって来た。なにをしに来たのか、と思われても無理がないのだ。

 それでも、私はぜひにと招待されて来たはずなのにな、と思いつつ、紅茶に口をつけた。冷たくて苦い。


「ここはね、見せしめ席なのよ」


 隣に座る令嬢がそっと教えてくれた。


「王宮内にいるカロリーヌ様の取り巻きの、不興をかってしまった人の席……」

「そうだったのね」


 ブリジットは苦笑いを漏らした。


「カロリーヌ様のお父様は広大な土地を持っている侯爵で、本来ならばカロリーヌ様はクロード陛下の妃となる方ような身分の方なの。クロード様が結婚はしないとおっしゃったから、愛人という立場に甘んじているけれど……本来ならば私が、という気持ちが愛人たちの中で一番大きいのだと思うわ」


「そうでしたか。教えていただきありがとうございます。私はそのような王宮内の事情に明るくなくて」


 ブリジットが力なく言うと、彼女は周囲の様子を気にしながらさらに言う。


「なにを思って王宮に来たのか分からないけれど、早くリュートブルグ古城へ戻った方がいいわよ。いいえ、意地悪で言っているのではなく、それが身のためだと思うの」


「ありがとう……」


 こんな気が重いお茶会は初めてだ。

 それから、他のテーブルからブリジットのことをあれこれ言う声が聞こえてきた。

 だいたいは、何様のつもりで王宮にやってきたのかという声だった。正式に王妃として認められていると勘違いしているのではないか、と。中には、病弱でもうすぐ死ぬと聞いていたのにまだ死なないの、という酷い声もあった。


(まあ……そう言われるだろうことはだいたい想像がついていたからいいけれど。でも、実際に言われるとやっぱり辛いわね)


 そういえば、このお茶会のことは後からクロードに報告しなければいけない、と思っていたが、それはやめておいた方がいいだろう。こんな扱いを受けたと知れば、彼は怒ってしまうかもしれない、と考えていたときだった。


(……えっ、まさか?)


 王宮の四方にある見張り塔のひとつから、遠眼鏡を使ってこちらを見ている者の姿が目に入った。あれはクロードではないだろうか。


(あんな目立つところに……! 他の人に気付かれたらどうするの?)


 ブリジットは気が気ではなかった。

 そして、このお茶会のことを見たクロードが、彼女たちに敵意を抱いてはいけない、と考えてしまった。

 向こうからはこちらの様子は見えるが、会話までは聞こえていないだろう。だからなんとか繕えないものかと考えて、顔に笑顔を貼り付けた。


「あの……私はご存知か分からないけれど身体が弱くて、滅多に王宮に来たことはなかったの」


 同じテーブルの令嬢ふたりは訝しげな表情をしながらも、ブリジットの話を聞いてくれた。


「だから王宮のことを教えてくださらない? 私、このままだったら前国王の未亡人と辺境の城に追いやられたままになってしまうかもしれないわ。それより前に、華やかな王宮のことを知りたいの」


「そうね、そう考えればお気の毒ね……」


「いいわよ、あれこれ教えてあげるわ。もしかしたらカロリーヌ様に怒られてしまうかもしれないけれど、別にいいわ」


 そうして彼女たちは快く王宮のことを教えてくれた。王妃だからと偉そうな態度を取らずに、下手で頼んだのがよかったのかもれない。

 王宮内はもういつクロードが崩御してもいいような体制作りがすすんでいるようだった。あなたには辛いことかもしれないかも、と彼女たちは言ってくれたので、少なくともこちらに配慮してくれる心根の人達だと、状況が許せば友達になれるかもしれないと思った。

 そして彼女たちは、カロリーヌの誕生日に彼女と同じ色のドレスを着ていたということで不興を買ったのだと教えてくれた。


「ええ? そんなことで?」


 ブリジットが驚きを隠せずに大きな声を出してしまうと、ふたりは顔を見合わせてうなずき合った。


「要は誰でも、どんな理由でもよかったのよ。仲間外れを作りたかっただけ、標的がどんどん移っていくだけなの」


「カロリーヌ様の、日々の鬱憤の憂さ晴らしなのよ」


「それでも、王宮内で上手くやっていくためには、カロリーヌ様の取り巻きでいるしかないの。私のお父様は王宮内で働いているから、私のことで困らせたくないの」


「王宮なんて、そう楽しいことばかりではないのよ」


 彼女たちはカロリーヌの手前、ブリジットとそう親しくすることはできないけれど、なにか困ったことがあったらこっそり相談して、と言ってくれたことが心強い。

 辛い思いもしたお茶会だったが、王宮の内情も知れたし、なによりブリジットと話してくれるふたりが居たのでそんなに悪いものではなかった。

 ただ、お茶会が終わった後、クロードがとても不機嫌そうだったのが気になった。なにやらカロリーヌに対して思うところがあるようだったが、それを追及することはできなかった。

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