15.見知らぬ人達の訪問
その日はレリアの訪問だけだったが、翌日から噂を聞いたのか色々な者がブリジットの部屋へとやって来た。
クロードは知りたかったことを向こうから話に来てくれるとご満悦だったが、訪問者は隣の部屋にクロードが居ることを知らないであれこれ話していくので、ブリジットは気が気ではなかった。
「私はね、クロード様が生涯妻は持たないとおっしゃったから仕方なく愛人となったのよ。それが、急に現れたあなたがクロード様の妻になるなんて許しがたいわっ」
そう言って敵意をむき出しにしてくる者もいた。そして、クロードのことをなにも知らない者がクロードの側に居て、彼の世話をしていることを許しがたいと言う。そして、そんなこの世で一番の幸福な役割を与えられたというのに、クロード様の元を離れて王宮にやって来るのは何事かと鼻息荒く迫ってくるのだ。
そして、中には既にクロードは死んでいるのだろうと疑っている愛人もいた。
「……ねぇ、隠さなくてもいいのよ。クロード様はもう亡くなっているのでしょう? でも、事情があってそれを隠している……。私にだけは本当のことを教えて?」
涙ながらにそう言われたが、それは嘘泣きであろうことはブリジットにも分かった。誰かにクロードの生死を確かめて欲しいと言われて来たのだろう。
中にはブリジットに大袈裟なほど同情を寄せてくる者もいた。
「……急にクロード様の妻となって、そしてあのお姿を見てさぞや驚いたことでしょう。クロード様から離れたい、と思っても無理がないことだわ。しばらくこちらで過ごすといいと思うの。もしよかったら明日開催される予定の、私のお茶会に来ない? たくさんお友達ができると思うわ。ねえ、きっと来てくださるわよね?」
こちらに好意を寄せてくれるのは嬉しいが、この親切にももしかしてなにか裏があるのかもしれないと勘ぐってしまう。
夕方になって、今日は疲れたからこれ以上の面会は断る、と言ってようやく腹の探り合いの面会は終わった。
気づけば、入れ替わり立ち代わり五人の人と会った。
クロードの愛人四人と、自称クロードの一番の友人という人物。クロードの口からその友人の名前を聞いたことはないので分からないが、彼にはもしクロードが死んだということならば、それはしばらく黙っているのがいいと忠告された。どんな思惑があるかは分からないが、それがブリジットのためだと言うのだ。
(初めて会った人にそんな心配をされるいわれはないわ……)
彼にもなにかの企みがあるのだろうと勘ぐってしまう。
少し王宮にいる人たちと話しただけなのに、ブリジットはすっかりげんなりとしてしまっていた。情報を得るために仕方がないとはいえ、知らない人と話すだけで気疲れしてしまうのに、相手はブリジットのことを快く思っていない人ばかりだ。
ブリジットはソファにもたれかかるようにして座り、そっと瞳を閉じていた。このまま夕食の時間まで寝てしまおうかと思いかけていたとき。
「……ブリジット様、お客様が見えられております」
前室の扉の方から声がした。
ブリジットは瞳を開けて、扉を見た。
「エリーズ、もう今日の面会はお断りしたはずだけれど」
「ええ、ですが……」
戸惑う声が聞こえ、よほどの人が来たのかと身構えた。
実は今はクロードが不在なのだ。ブリジットがもう今日は誰とも面会に応じる気はないと言ったら、騎士団の人達と話したいと出かけてしまって、いざというときのために寝室にギーを控えさせてくれているが。こんなときにクロードがいないのは心細い。
なんとか断ることはできないか、と考えているうちに扉がゆっくりと開かれた。
「いや、申し訳ない。私が無理を言ったのだ」
彼の侍従と思わしき者が開けた扉から、若い男が入ってきた。後ろには更にふたり、侍従を従えている。
(……ええっと……どなたかしら?)
王宮の事情に詳しくないブリジットは、彼が誰だか分からなかった。ソファから立ち上がり、その人物の頭のてっぺんからつま先までを見つめてしまった。
「申し遅れたな。私はそなたの夫の弟でロランと言う」
「ロ、ロラン様……? ですか?」
第一印象はクロードとは似ても似つかない、だった。
半分だけ血の繋がった弟とは聞いていたが、それでもこれだけ違うだろうか。確かにその黒い髪とすみれ色の瞳は同じだった。だが物腰も表情の作り方もまるで違う。ひと目見ただけで彼がいかに優しい人かが分かる。誰かに危害を加えようなんて、おおよそ考えないような人だろう。
次期国王としては少々頼りなく見えたが、平和となった世をそのまま平和に治めるには向いているように見えた。クロードが激しい戦闘の末に勝ち取った我が国の優位を保ったまま、これ以上無益な戦いはしないと平和路線を取りそうな人である。
この人との面会を断るわけにはいかない。
「ああ、結婚式には出席できなくて申し訳なかった」
「……いえ、とんでもございません」
ロランが差し出してきた手を取っていいものか迷ったが、彼の背後にいる侍従たちが睨みをきかせてきたので、これはそれに応じるより他に選択肢はないだろうと握手を交わした。
「少し、いいかな」
「ええ、もちろんです」
そうしてロランに暖炉を背にしてソファに座ってもらい、ブリジットはその向かいに腰掛けた。
「リュートブルグ古城から戻ってきて、まだ僅かだ。疲れているだろう。もう少し時間を置いてからと思ったのだが、どうしても直接話を聞きたくてな」
「ええ……」
ブリジットは緊張した面持ちで、相槌を打つことで精一杯だ。
彼は、こんなに優しい顔をしていているが、クロード殺害容疑の第一容疑者である。クロードを殺害して自分が国王に、と企んだ可能性が高い、と、少なくともクロードたちは見ている。
「単刀直入に聞く。兄上の容態はどうなのだ?」
「え……」
「臣下の中には、既に兄上の命は果てたのだという声もある。信じたくないが……」
そう言ったロランの声色は切羽詰まったもので、本気でクロードのことを気にしてそう聞いているように思えた。
「どうなのだ? 兄上が死んで……それに耐え切れずにこちらに戻ってきたのか? 見れば、そなたは心根が優しく慈悲深い女性のように思える。そなたにとってはかりそめの夫かもしれないが、それでも兄上に心を寄せてくれたのではないか?」
真摯な瞳で聞かれ、目を逸らせなくなる。
これがもし瀕死の兄を心配する弟の演技だとしたら、ロランはかなりの役者である。
「あの……他の方にも聞かれましたが、私がこちらに来たこととクロード様のことは関係ありません」
「……! そうなのか?」
「ええ。小康状態というべきなのでしょうか……私がリュートブルグ古城で住まうようになったときと、クロード様の容態には変わりがありません」
「そうなのか!」
ロランは心底安心したといった様子で、ソファにもたれかかった。
「そなたがそう言うのだったら間違いないだろう。安堵した」
(……ええ? 今日会ったばかりの女の言うことをそこまで信頼していいの?)
そんなことでいいのかと、こちらの方が心配になってしまった。
しかもこちらは嘘をついている。小康状態どころか、全回復しているのである。その後ろめたさで胸が痛む。
「実は……これを言ったらそなたは不快に思うかもしれないが、レリアにそなたとの手紙の内容を聞いていてな」
「左様でございますか。ええ、レリア様にはこのところロラン様のお手伝いをしていると聞きました」
「ああ。レリアがそなたと話したと聞いて、我慢ができなくなってしまってね。兄上のことはもちろん、そなたのことも。兄上の妻となった女性はとはどんな者なのかと気にしていた。レリアからの手紙から、尋ねたことを丁寧に応えてくれる誠実さを感じたが。こうして会ってみて、兄上のことを最後まで支えてくれそうな女性だと感じた」
「それはもちろんです」
彼に嘘をつかなければならないと心苦しく思っていたブリジットだったが、このことだけは胸を張って言える。
「こちらになにをしに来たのか、と勘ぐる者もいるが、気にする必要はない。兄上が小康状態であるならば、少々の気分転換にこちらにしばし留まるがいい。王都から急にあんな寂しい場所に行って、心細くなったのだろう。久しぶりに親しい人達と会うなどして過ごせばいい」
「そう言ってくださると嬉しく思います」
「では、私はこれで。今度ゆっくりと晩餐の席ででも話そう」
ロランは人懐っこい笑顔でそう言うと、侍従たちを引き連れて部屋を出て行ってしまった。
彼らの足音がすっかり遠ざかったのを確かめてから、ブリジットは周囲の様子を窺いつつ、寝室の扉の前にしゃがみ込み、そっとその扉を開けた。
「……どう思う?」
話しかけているのは寝室に忍んでいたギーである。
すると、こちらの部屋の会話を壁によりかかりながら聞いていたらしい彼が腰を屈めながらこちらへと近づいて来た。
「……話しかけるな。俺はいないことになっている」
「でも、いるわ。ねえ、ロラン様のことをどう思う? とてもそんな悪い人には見えないわ」
「あの者が問題なのではない。問題なのはその周りだ」
「……とおっしゃると?」
「見てのとおり、あのお人よしに今回のことを企むのは無理だろう。だが、その周りはそうではない」
「ロラン様を国王にするために、あれこれ企んだ者がいる」
「その通りだ」
「では、ロラン様は無関係で……」
「まあ、そうはいかないだろうな。それがクロードの奴も苦慮しているところなのだが……」
そう言葉を濁すギーを見て嫌な予感しかしなかった。
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