13.王宮へ侵入
用意されたのは王宮の南棟にあたる部屋だった。王族たちの居住しているエリアの、外れにある部屋だった。
「なるほど、この部屋か。確かに長く不在になっていたから、用意しやすかったのだろう」
クロードは部屋に入っても警戒心をなくフードを目深に被ったままで部屋のことを見回す。
「ここは、どなたの部屋だったのですか?」
「シュゼットの部屋だった」
クロードの妹の名前だった。クロードを殺害することを試み、クロードに殺された妹だ。
「この机はシュゼットが使っていたものだ。その隣に椅子を持ってきて、シモンがシュゼットに歴史を教えていた」
「では……よくクロード様はこちらのお部屋にいらしていたということですね。仲が良いご兄妹だったのですね」
「そうだな」
感慨深げに頷くクロードには、複雑な感情があるように思えた。
「当家もそうですが、兄妹とは、なかなかに上手くいかないようですね」
「ああ、そうだな。お前の兄にも、妹に首をかがれないように忠告するか」
冗談めかして言うクロードは多くは語らないが、彼の中で妹のことはずっと引っかかっているように感じた。
それから、エリーズがブリジットの荷をほどいている間にクロードは部屋のあちこちを見て回っていた。ブリジットもそれについて、部屋を確かめた。
部屋は寝室と居室の二間になっていた。前室があり、その左右にまた部屋があり、そこが侍女と侍従の部屋ということなのだろう。自分が寝泊まりすることになる部屋を見たクロードは『狭い』とひと言だけ言って、興味がなさそうに扉を閉めた。
「それにしても、この部屋を用意してもらえるとは幸運だった。南棟の外れの部屋だから、外部との出入りが楽だし、連絡がつきやすい」
確かに部屋の窓を見るとすぐに南棟と王宮の外通路を隔てる塀があり、そこを乗り越えればすぐに外部と出入りができそうだった。高い塀だが、死神騎士団たちは難なく越えられそうだ。定期的に兵士が見回っているが、その見回りの時間をクロードは把握していると語った。
「……誰か来たな」
居室の窓から外の様子を見ていたとき、クロードが不意にそんなことを言い出して、彼は寝室の方へと行ってしまった。
間もなくノックの音が聞こえた。それは前室の扉を叩く音だろう。エリーズがそれに応じて行くと、間もなく困ったような顔をして戻って来た。
「あの……レリア様がいらしていますが、どうなさりますか?」
「レリアですって? 耳が早いのね、もう私が王宮に来たという話を聞いたとは」
「長旅で疲れているので後日ということにします? それこそ病弱で有名なブリジット様です、着いた途端に寝込んだということにして……」
「いえ、話をしたいわ。そのために来たのだから」
そう言っても、もう少し心の準備があった方がいいのではとエリーズは言ってくれたが、面会に応じることにした。手紙で終始強気だったレリアが、どんな態度に出てくるか気になった。
そしてブリジットが暖炉の近くにあるソファに腰掛けようとしたとき、レリアが部屋に入ってきた。
「まあ……! かりそめの王妃でありながら王宮の中に部屋を賜るとは……ずうずうしい」
そう吐いて捨てて、この部屋の主であるブリジットの許可を得ずに、ソファに荒々しく腰掛けた。
レリアの背後には侍女と思われる女性がふたり居て、こちらを侮ったような表情を浮かべている。
ブリジットは困ったような表情をエリーズを向けてから、レリアの向かいにゆっくりと腰掛けた。
「お久しぶりね、レリア。心のこもったお手紙をいただいて嬉しかったわ」
「ふん、どうだか」
まるで彼女こそがこの部屋の主とばかりに偉そうに足を組んで座り、背もたれに両腕をかけた。
「ちょっとこの娘には込み入った話があるから、あなたたちは下がっていてちょうだい」
レリアが侍女たちに言うと、彼女たちはそれに応じて前室へと下がっていった。
「そこの侍女、あなたもよ」
そしてエリーズにもそう命じる。
エリーズは怒ったような顔をしてブリジットを見つめる。自分の主以外に従う必要ないと訴えているような気がする。
「……エリーズ、悪いけれどお茶の用意をお願いできるかしら?」
「はい、かしこまりましたブリジット様」
まるでレリアにあてつけるようにそう言うと、エリーズは部屋を辞去した。レリアはふぅっとため息を吐き出し、それから少々腰を浮かしがちになりながらブリジットに迫ってきた。
「驚いたわよ、まさかこちらに戻ってくるなんて。あなたには、クロード様のお世話をするという役割があったというのに、それを放り出して来たの?」
「私は、クロード様のお世話係ではなく妻ですので」
静かにそう言うと、レリアは大袈裟にソファに倒れこむような動作をした。
「単刀直入に聞くわね。クロード様の余命はあとどのくらい? 半月? ひと月? それともまさかもう亡くなって?」
「……クロード様のご容態が心配で、それを確かめに来たのではないのですか?」
「もう回復する見込みはないのよ。それこそ神の奇跡でも起きない限り、ね」
その神の奇跡が起きたのだけれど、とは当然口にすることができず、ブリジットは複雑な表情を浮かべる。
「あなたも分かったのでしょう? クロード様の命はもう時間の問題だって。それで、これからの自分の身の振り方に困って王宮に来たのでしょう? 少しでもこちらに縁を作っておこうと思って」
「いえ、そのようなことではありません」
「隠さなくてもいいのよ。私だってそうだもの。もうクロード様は望み薄だから、ロラン様の方につくことにしたの」
そうして性悪な笑みを浮かべたレリアを見て気が気ではなくなった。
(そのクロード様は隣の部屋に居るのですが……大丈夫かしら?)
彼がいきり立ってレリアに飛び掛かってこないかと心配だったのだ。
しかし彼は自分の身分を偽って王宮に侵入している自分の立場を分かっているはずだ。ここで強硬なことはしないだろう、と信じることにした。
それに、今するべきことは王宮の様子を窺うことだ。そして、気になる言葉をレリアが吐いてくれた。
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