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12.嬉しくない再会

「大仰に出発の挨拶をしたくせに、すぐに戻って来たのだな。まあ、気持ちは分からなくもないが」


 マリユスはそう吐き捨てて、侮蔑するような表情をこちらに向けてきた。

 仕事の合間に少しだけ面会に応じてくれると言うので、ブリジットは彼……マリユスの執務室までやって来た。


 王宮に戻ったはいいが、当然のことながら急な訪問に王宮側は戸惑った。そして戻るべきは実家であるリシャール侯爵邸だろうと言われたが、ブリジットは引き下がらず、自分は王妃であるので自分の部屋は王宮内にあるはずだと食い下がった。王妃の部屋は、次期国王であるロランの王妃のための部屋だと言われたが、ならば私を王妃とした皇太后と話がしたいと主張した。上の方で話し合いをするからと言われたので、ではその間に兄に会いたいと申し入れたのだ。どうやら根回しが必要なようだとそこで気付いたのがその理由だ。


 王宮内に味方が少ないのは、ブリジットも同じである。

 一番頼りにできるのはやはり身内であり、兄であるマリユスが一番適当なのである。彼が急に帰ってきた妹を迎えようとなれば、彼の派閥の者は少なくともブリジットを邪険にはしないだろう。


「そうですね。私はよく分かっていなかったのでしょう。物言わぬ夫と暮らすことがどのようなものか」


 ブリジットは部屋の中央にあるソファに座り、マリユスと話していた。ブリジットの従者に扮したクロードは、今のところその正体を見破られることはなく、控えの間で待っている。そして、当然のことながらこの部屋でなされる会話を聞いているだろう。


「まあ、世間知らずのお前のことだ、そうだろうな」


「ええ、お父さまがせっかく持ってきてくださった婚姻だからと受けましたが……それは辛く寂しい生活でした」


 そして哀れを誘うように泣いているふりをしてみせた。


「お前にはもったいないくらいの婚姻だった。辛く寂しいだと? なに贅沢を言っている?」


 どうしてマリユスはここまで自分に辛辣なのかと、分かっていたことだが改めて悲しい気持ちになってくる。


「まあ、過去の栄光は今は見る影もないような、話さぬ、身体を動かすこともできなくなった人形が夫では、気持ちは分からぬでもないが」


(お兄様……少し口を減らしてくださらないかしら? クロード様が聞いているのよ? 彼の怒りをかったら、我がリシャール侯爵は……)


 しかしここで彼に事情を明かすことなんてできない。じっと黙って耐えた。


「それで、恐れ多くもこの王宮内に部屋を賜りたい、と?」


「はい……それが順当だと思ったのですが、そんなにおかしいことなのでしょうか? 私は王妃なのです。王宮内にはまだ国王であるクロード様の部屋はあるのでしょう? ならば私の部屋もあるのではと考えたのです。実家に帰るのは気が進みません、まるで出戻ったようで。父も私を歓迎しないでしょう」


「あるいはそうかもしれないな」

「王妃である間は王宮で過ごすのがよいと思うのです」


 王宮の内部のことを探るのだ、王宮内に留まれなければ意味がない。

 そのために無理を言っていることは重々承知している。だからマリユスが呆れ果てたような様子であるのは理解できるのだが、明らかにこちらを軽蔑しているような視線には胸が悪くなってしまう。


「しばらく見ないうちにずいぶんとずうずうしいことを言い出すようになったな。自分の立場が分かっているのか?」


「ええ、私は王妃です」


「名前だけの王妃という自覚はないのか? お前のことを正式な王妃と認めていない者がこの王宮にはいることも?」


 まるでなにも知らない子供に語りかけるような口調だった。


「分かっております。私は余命幾ばくもない夫に嫁いだ者で、本来ならばその身に合わない身分を一時的に手に入れただけだ、と。こんな状況でなければ、誰かに嫁ぐことすら難しい身であったことを」


「よく分かっているではないか」


「だからこそ、そのくらいのご褒美があってもよいのではないですか? 王妃だというのに王宮で過ごしたことがないとはあまりに哀れな身の上です」


「いや、お前は夫の元へ帰るべきだ」

「ですが……」


「面倒をかけさせるな。ただでさえ面倒な身の上であるのに」


 冷めた目で言うマリユスを見て、さすがにどうしてここまで言われなければならないのかと反抗心が生まれる。

 ここで折れてなるものか、と決意して、わざとらしく咳払いをした。


「それに、これは我が家のためでもあるのではないですか? 政治的な思惑があって私をクロード様に嫁がせたのでしょう? ならば、事実はどうあれ、私を正式な王妃として扱った方がよいのではないですか? 我がリシャール侯爵家としては」


 そこでマリユスは一旦黙って、思案するように瞳を動かした。

 マリユスのことは苦手ではあったが、リシャール侯爵家の次期当主としての手腕は信頼していた。こういうことは相手の好き嫌いによらずに判断してくれる、と。


(本当は私を今すぐ部屋から追い出したような気持ちでしょうけどね)


 実の兄妹でありながらこの関係は寂しいと思う一方で、マリユスとの間にある誤解を解くのはなかなか難しいだろうと思う。そもそも、それを誤解といっていいのかも分からない。

 やがて、マリユスは慎重な口調で話しだした。


「国王が不在の今、王妃の部屋を使うのは難しいだろう。知っているかと思うが、クロード国王には愛人がいる、それも複数。その者たちの反発が必至であろう。その中には、当家が敵に回したくない者もいる」


 どうやら王宮の中の権力争いや人間関係はかなり複雑なようだ。ブリジットは小さく頷いた。


「だが、まだ王妃であるというのに、王都に戻って来たお前が実家に戻るというのもおかしな話だ。王宮内に部屋を用意させよう」


 最初かなり拒絶されたために、こうあっさりと話が進むとは思っておらず、それが信じられずに一瞬言葉に詰まったブリジットだったが、すぐに気持ちを切り替えた。


「ええ、王宮内に私と私の侍女と侍従が過ごせる部屋を用意してください。できれば、クロード陛下の部屋の近くがいいです」


「ああ、すぐに手配させる。しばらくそちらの控えの間で待っていろ」


 マリユスの言うとおり、彼に感謝の意と辞去する旨を告げて部屋を出た。

 そしてマリユスの部屋のすぐ隣にある控えの間に入る。そこにはクロードとエリーズの姿があった。


「……あいつが本当にお前の兄なのか? ちょっと締め上げてもいいか?」


 開口一番そう言ったクロードに焦る。


「お、おやめくださいっ、そんなこと」

「お前のような病弱な妹がいたら、護ろうとするのが兄だろう?」


「我が家には……いろいろと事情があるのです」


 ブリジットがそう言うと、クロードは不服そうな表情をしながらそれ以上は言わなかった。

 クロードはブリジットの侍従に見えるように、そしてその正体が知られないように少々長めだった髪を切り、顔に少々化粧をほどこして目を小さく見せるようにして、黒い外套を身に纏い目深にフードを被っている。


 そもそも薬の影響かすっかりやつれて面差しが変わり、痩せてしまっているからすぐにクロードと気付く者はいないだろう、とのことだったが、ここは王宮である、なにかと鋭い者もいるだろう。油断は禁物だ。


「とにかく、部屋を用意してくれるというので助かりましたね。見てのとおりあまり仲がいい兄妹とは言い難いので、もっと渋られると思っておりましたが」


「お前は俺の妃であるのだぞ? 当然だ。もっと敬意をはらってもいいくらいだ」


 クロードは不服そうであり、その隣にいるエリーズは彼に同調するように頷いている。

 しばらくして控えの前に使いがやって来て、部屋が用意できたからとそちらに案内してくれた。

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