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10.次期国王の悩み

 そもそも、自分が玉座に座るなんて考えたこともなかった。

 ロランは今日の仕事が片付いた深夜、執務机に頬杖をつきながら、ぼんやりと考えていた。


 兄であるクロードは、生まれながらに王者の風格を持っていると感じていた。どうして自分が彼と兄弟なのかと不思議なくらいだった。彼は圧倒的で、自分はその足元にも及ばないと自覚していた。将来は、国王となったクロードを陰ながら支える家臣になるだろうと思っていたし、周囲もそう望んでいた。クロードは腹違いだが敬愛する兄であった。クロードの強引なやりように眉を顰める者は多かったが、ただ玉座を温めるだけでこれという政策も打ち出さず、ただなるように身を任せていた歴代の王たちよりも全然いいと思っていた。なにがあっても自分だけは兄の味方でいようと決めていた。


 それが急な病でクロードが倒れ、その代わりを自分が務めるようになるとは。

 ロランはまたため息を吐き出した。

 祖父であるフーリエ公爵はお前こそ王である器であると言うが、自分ではとてもそう思えない。ただ、子供がいない兄の代わりに兄が戻るまで玉座を守るのは自分の役割に他ならないだろうとは思っている。しかし、兄の代わって国王になれるとはとても思えない。

 ロランの取り巻きは、乱暴な国王が制圧した国を治めていくのはロランに与えられた天命だと言う。


(兄上は……やはりもうお帰りになることはないのだろうか……)


 つい昨日届いた知らせによると、クロードの状態は相変わらずで身体を動かすこともできず話をすることもできずにいるとのことだった。ただ、残された時間を彼の妻と穏やかに過ごしている、と。


 その妻の存在もロランには不思議で仕方がなかった。

 なぜ今まで正妃を取ることを拒んでいたクロードに急に正妃をあてがったのか。クロードの意識がないうちに無理やりに結ばれた婚姻。クロードが喜ばないと知っていながら、歴代の王たる決まりだからとそれを押し通した皇太后に首を傾げる。確かに、この国のために尽力してきたクロードが、王になるための儀式にのっとっていないから正式な王とは認められないと歴史から抹殺されては困る。しかし、クロードはそんなしきたりを由とせず、そんな伝統を打ち崩そうとしている王だった。その意に反することだと思ってしまう。


 それに、この婚姻にはロランの祖父であるフーリエ公爵も異議を唱えたようだ。ただし彼はロランの考えとは違い、先王の正妃がいるとなると後々面倒なことになるかもしれないとの考えだったが。小癪なことを企みおって、と不機嫌を隠さずに言っていた。そうやってもうクロードが死ぬものと決め付けている祖父の言葉をロランは快く思っていなかったが、面と向かって抗議することもできない。もしロランが国王となったら傀儡政治が行われるだろうと囁かれているのを知っているが、自分でもそのように思う。とにかく国王になる覚悟もないし、国王として国民のためになにをしていいのかも分からない。


 ロランは立ち上がり、窓際に立った。

 兄の復帰を願っているが、王宮はもういつクロードが崩御してもいいようにとの準備が整っているような状態だ。それに虚しさを感じていた。


「……ロラン様、今日のお仕事は終わったと聞きましたが」


 ふと見るとレリアが立っていた。いつの間に部屋に入ってきたのか。


「ああ……そうだな」

「……お疲れの様子ですね。いえ、お疲れに決まっておりますわよね。急にこのような仕事を押し付けられて」


「いや、どれも私がするべき責務だ。クロード兄上が留守の間、兄上の代理として精一杯務めなければ」

「……。なにか温かいお飲み物でもご用意いたしますわね」


 レリアはそう言って一旦部屋から出ると、紅茶が入った茶器を銀のトレイに載せて持ってきてくれた。彼女は使用人でも侍女でもないのだから、こんなことをしてくれなくてもいいのに。

 レリアはクロードが懇意にしていた女性だった。懇意にしていた、というのはずいぶん遠慮した言い方で、開けっぴろげに言えばクロードの愛人だった。年の頃は二十歳ほどで、波打った金色の髪に物憂げな碧色の瞳が美しい女性だった。落ち着き払った物腰に、自分よりも年下なのに年上であるように思えることがある。祖父にはなにか企んでいるかもしれないが気をつけるようにと言われいるが、そんな気配はまるで感じない。侍女たちが、クロードがいなくなったので次期国王に取り入ろうとしている尻軽な女、と言っているのは知っているが、気にしていない。


「もうこの王宮で、クロード様の回復を口になさるのはロラン様だけです」


 レリアは琥珀色の液体をカップに注ぎながら言う。ロランは椅子に腰掛け、レリアが注ぐ紅茶をぼんやり見つめた。


「……ああ、そうなのか」

「以前、お話したことがありましたわよね? クロード様の妻としてクロード様のお側に行ったのが、私の親戚にあたる女性だと」


「ああ、気の毒なことだな」


 疲れた深夜だったからか、つい本音が漏れてしまった。レリアは小さく笑ってそれに応じた。


「先日手紙が届きました」


「クロード兄上の様子も書いてあったのか?」


 ついつい大きな声を出してしまい、それを誤魔化すように苦笑いを浮かべた。

 他から知らされる手紙は、クロードの回復は絶望的だという事務連絡のみで、クロードがどのように生活しているのか、その暮らしぶりについてはまるで情報がなかった。


「ええ、そうですね。晴れた日には外に出るなどして、穏やかな日々を過ごしているようです」


 そうしてレリアは、ロランが紅茶を飲んでいる間にクロードの妻であるブリジットという女性から届いた手紙の内容を語っていった。


「……本当は、君がクロード兄上の面倒を見たかったのではないのか?」


「どうでしょう? もうクロード様は私の知っているクロード様ではないようです。どんなに呼びかけても名前も呼んでいただけないとは、辛いことのほうが多いように思います」


「他の……兄上と懇意にしていた女性の中には無理やりにでも兄上の元へ行こうとして止められた者もいたようだが」


「そうですね、家族や周囲の人たちの反対を押し切って、最後のお世話をしたいと望む女性もいました。しかしそれは許されなかったことでしたので。教会にてクロード様の無事を祈っておりますが、今ではそれすらも許されない、と」


「どうにも、兄上はあまり王宮内では歓迎されていないようだな」


 ロランは自嘲した。

 クロードが王宮に居た頃には、クロードに少しでも取り入ろうと貴族たちが彼に群がっていた。クロードは常に二十人以上の従者を引き連れて歩いていて、彼と出くわすとロランは慌てて壁側に寄って道をあけていたものだ。今ではロランが多くの従者を引き連れて歩くようになっていたが、それは思ったよりも気分のいいものではなかった。この中に本当に信頼を置ける者が何人いるのだろうと考えてしまうからだ。つくづく自分は国王たる資質がないと嘆きたくなる。


「そうですね、クロード様があんなことになられて、王宮での力関係もがらりと変わってしまいました」


「そうだな。我が祖父が大きな力を持つことになった。今までは辺境に城に引きこもっていたというのに」

 そもそも、フーリエ公爵が王宮から離れたのはクロードが原因だったと聞いている。あの者が国王になるなどと、歴史あるロザーヌ王国の歴史に泥を塗るようなものだ、と、クロードの戴冠に最後まで反対していたのだという。しかし、その争いに敗れて居場所をなくし、周囲の勧めもあって隠居をしたとのことだった。


 祖父には祖父の思いがあるのだろう。

 だがその思いに答えることには言い知れぬ複雑な感情がつきまとう。


「私の願いは……兄上の家臣として兄上を支えることであったのに」

「ええ、そうでございましたね」


 淡く微笑むレリアがどんな感情を持っているか分からない。

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