9.決意
「……出発は三日後に決まった。お前はここに残るか、それとも一緒に行くか選ぶがいい」
夕食の席を一緒にしたのはこれで三回目であった。
朝食の席とは違う、夕食は特別であった。ブリジットはとっておきのドレスを身に纏い、髪を結い上げ、母の形見である髪飾りや首飾りを身につけ晩餐の席についた。晩餐ではなぜか王妃としての資質を問われているような気がしたのだ。クロード以外の、他の誰がいるわけでもないが。
一度目は緊張してとてもクロードの目を見られなかったし、二度目は言いたいことの半分も言えなかったし、聞かれたことの半分も答えられなかった。
さぞや退屈な女だと思われているだろうと落ち込み、なんとかクロードが好むような話題を振れるようにと、彼の従者に彼のことを聞いてみたり、本を読んだりして準備をして挑んだ三度目だった。そうして頭の中で楽しい晩餐の席にできるようにと会話の内容を考えて、挑んだ晩餐で王都に帰る、などという話をされた。当然ながら、準備していた話は全て吹き飛んだ。
「王都へ戻られるのですか……?」
「ああ、あまりうかうかしていたら向こうに気付かれる可能性が高い。一気に畳み掛けるつもりだ」
クロードはそう言いながらナイフで切り分けた肉を口に頬張った。
確かに食事にしてもなんにしてもクロードがいることで今までとは違うものになっている。それを近隣の街の人に気付かれて、その噂が王都まで届く可能性がないとはいえない。
「畳み掛ける、とは? シモンは共犯者についてなにも語らないのでしょう?」
「語らずとも、シモン宛に王都から手紙が届いた。名前は偽っているが分かる。共犯者はロランの祖父だろう」
「……腹違いの弟君の?」
「ああ。手紙はロランの従者からだった。一度見た筆跡は忘れない。影で糸を引いているのはロランの祖父であるフーリエ公爵だ。恐らくは自分の孫を国王としたくてこのようなことを企てたのだろう。単純な構図だ」
そう言いつつ、クロードは一口大というにはかなり大きい塊肉にかぶりつく。
「シモンとフーリエ公爵にはそのような繋がりが……? かの公爵家と当家ではどちらかという反目する仲なのですが」
フーリエ公爵家とリシャール侯爵家とはなにかと争う間柄であった。社交界の場でも、貴族はどちらの派閥に属するか、というようなこともあったと聞いている。どちらの家から宰相が出るが、王妃が出るか、などという争いも昔から勃発していた。
だからこそロランが次期国王となったときに、リシャール侯爵家の王室内の立場を守るという意図もあってブリジットがクロードの元へと嫁がされたとの事情もあった、とシモンが語っていた。前国王の妃の一族を無下にすることはできまい、と。王宮内の力関係はブリジットには分からないことばかりだ。
「ですが、手紙だけでは分かりません。一度お話し合いをされては……?」
畳み掛ける、ということは一気に攻め込んで玉座を奪い返す……とのように聞こえる。玉座はクロードのもので、今はその代理で玉座を守っている弟のロランは、クロードの無事を知ればそれを大人しく明け渡す……と思うのだが。
「話し合い? 俺は殺されかけたのだぞ? それも考えられぬほど残酷なやり方で、じわじわと尊厳を奪われていったのだ」
確かに許しがたいやり方である。クロードの怒りも充分理解できる。
ただ、そのために無実の罪を負ってしまうしまう人、または理不尽に巻き込まれて負傷してしまうような人がいるのではないか、とブリジットは危惧してしまうのだ。
「なにか言いたいような顔をしているな?」
「……いえ、そのような。恐れ多いことはありません」
「言いたいことがあるならば言え。恐れ多い? お前は俺の妻であろう?」
そのひと言が、思いがけず嬉しく響いた。
(妻……そうなのよね……)
彼の態度を見ればそうだろうとは分かっていたが、やはりこうして直接言ってもらえると嬉しい。
「では、畏れながら……」
「だから、畏れなくていいと言っている」
「このまま不意打ちで……夜襲のように王都に攻め込んで、自分を亡き者にしようとした者を殺し、元の玉座に収まるでのは、なにも変わらないと思うのです……」
「変わらない? 面白いことを言うな。変わるだろう。王の玉座を不正な方法で占拠している者たちを排除するのだ」
「以前のクロード様のままだと、そう言いたいのです」
不審げな表情のクロードに躊躇してしまうが、それでも、となんとか自分を奮い立たせて続ける。
「恐らくは……今回のことを引き起こしたのはクロード様を国王に相応しくない、と、クロード様が国王だと不安だ、と考えてのことでしょう。クロード様が不在の間に、皆の考えはますますそう傾いているかもしれません。ならば、自分は国王に相応しいのだと示さなくては」
「……分かったようなことを言うな」
それは承知の上だ。
今までクロードがどのように生きてきたのか、王宮の中でどのようなことがあったのか、ブリジットはなにも知らない。
(けれど、私はクロード様をお守りしたい……)
その一心で訴え続けていた。
クロードには人々から慕われる……は今までのことから難しいかもしれないが、できるだけ人々から支持される、この人に国を任せておけば大丈夫だと思われるような国王となってほしい。彼が望むような国にするためにも。
そして、いつ夫が暗殺されるのかと恐れて暮らすのはどんなに辛いだろう。そんな個人的な事情もあった。
「クロード様のおかげで、国内に燻っていた戦火も、他国からの侵攻も落ち着きました。今度は国を平和に治めることを考えるべきではないでしょうか。クロード様に反感を持つ者たちと一緒に、です」
「言わんとしていることは分かる。俺の母親が口をすっぱくして言っていたことと同じだ」
「お義母さまが? でしたら……」
「生ぬるいやり方は好かない」
はっきりと言って捨てるクロードの気持ちを変えるのは難しい気がしてしまう。
しかしそれでも、諦めずにブリジットは話を続ける。もうクロードには、身体の自由を奪われるなんて辛い目に遭って欲しくない。
「王宮内の動きを、少しは探ってはいかがでしょう? それから攻め込んでも遅くないかと思うのですが」
「探る? 誰に探らせる? 王宮内にそこまで信頼できる者はいない。誰が裏切っているか分からない」
「たとえば……そうですね、愛人の誰かですとか……?」
「そんな行動力がある女はいないし、信頼できる女もいない」
自分の愛人だというのに、行動力はともかく信頼できないとはどういうことかと思うが、それだけ手痛い裏切りを受けて、信頼できる者が少なくなってしまったということだろうか。
「では、私が行きます」
「……なんだと?」
「もうクロード様のお側にいるのは疲れたとかなんとか言って、我こそは王妃である、という顔をして王宮に行けば」
「ぶ……」
そしてクロードは持っていたシルバーを皿に置いて、ナプキンで口許を拭きつつ大声で笑い始めた。
そんなおかしいことを言ったか、と恥ずかしくなってしまう。
そしてクロードはひとしきり笑った後、笑いすぎて目元に滲んだ涙を拭いながら言う。
「お前は本当におかしい者だ。王宮に行く? 今のこの状況で?」
「ええ、一番怪しまれないのは私かと思います。王宮の誰も、私のことをなにも知らない病弱で愚鈍な女とでも思っているでしょうから。王都に戻ることも、そう怪しまれないと思います。話すこともできない夫と暮らすのが辛くて戻って来たのだろう、と。そして、なにを勘違いしているか王妃面をして王宮内に住まうようになった、と」
「なるほど、いい考えのように思えるな。お前のことは誰よりも信頼できるし、お前は他の者が思っているような愚鈍な女でもない。俺が知っている中で一番行動力があり、直観力が冴えている上に、賢い女性だ」
「では……」
自分の提案を受け入れてくれた、との興奮のあまり腰を浮かしかけたのだが。
「だが、その提案は受けいれられない。なにより危険すぎる。俺とお前の結婚を快く思っていない者もいるだろう。そんな者がどんな手に打ってでるか」
「危険は承知の上です。私は、少しでもクロード様のお力になりたいのです」
「気持ちは嬉しいが、却下だ」
そこまではっきりと言い切られたら、これ以上言っても無駄なのだろう。
ブリジットはしょんぼりと肩をすくめてから、さつまいものポタージュを口にした。あれこれ話しているうちにすっかり冷めてしまっていた。
「……それで、話が逸れたな。どうするのだ? 一緒に行くのか、ここに残るのか?」
「もちろん、一緒に参ります。この件とはもう私は無関係ではありません。それに私は……クロード様と一緒にいられるならば……どこでも」
「……。そうか」
クロードはひとつ頷いて、テーブル越しの手を伸ばしてブリジットの手に自分の手を重ねた。
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