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4.王妃という立場



「フィリップだ。クロード国王陛下に三年ほど仕えている。こちらの城に来てからは、主に私が陛下の身の回りの世話をしている」


「……騎士団の方ではなかったのですか?」


「ああ、元、はな。今では死神騎士団は解散した」


「そうでしたね。どうぞよろしく」


 ブリジットはフィリップの逞しい手を取り、固く握手を交わした。

 クロードが率い、国の内外を問わずに多くの勝利をもぎ取ってきた死神騎士団はクロードが事故に遭い、回復は難しいと分かった途端に解散させられたと聞いた。死神騎士団は身分を問わず荒くれ者が集まった、手段を選ばない手段で戦ってきたことで有名であり、そんな者たちをまとめられる者はクロードを置いて他にいない、とのことが解散させられた理由だと聞いていた。


「あなたはシモンのいとこにあたるだとか」


 ブリジットをこの部屋へと案内し、扉の前に立って今までのやりとりを静観していたシモンの方へと視線をやった。


「ええ、そうです。母の兄が、シモンの父なのです」


「そうか」


 そして意味ありげな視線をシモンへと送る。シモンはなにも言わず、ただそこに立っていた。

 シモンは騎士団の中では参謀長官でクロードの補佐役だったのでシモンの方がフィリップよりも立場が上のはずだが、実際にはどうなのであろう。そして、フィリップはシモンのことをどう思っているのか気になった。敬意を払っているようには見えなかった。


「まさか自分のいとこをクロード様の嫁に据えるとは、お前も考えたものだな」


 フィリップの言葉に、シモンへと視線を転じると彼は皮肉めいた笑みを浮かべていた。


「ブリジットが陛下の妻となったことに、私の意図などなにも働いていない。皇太后様がそう望み、それに相応しいと選ばれただけだ」


 そう言われると、ブリジットの胸はギュッと締め付けられるように痛んだ。

 クロード国王の妻として相応しい。それは、今のこの状況の、クロード国王の妻として相応しいということだ。


 この国では、国王となるものは妻を持っていなければならないという決まりがある。

 だが、クロードはそれをくだらないしきたりだと一笑に付し、婚姻関係を結ぶことを拒絶していた。だから、彼は本物の国王ではないと反発する声が、主に教会から上がっていた。


 クロード国王が自分の意志を示すことができなくなった今、そして、彼の命が消えかけている今、せめて歴代の国王として名を残したいと望んだ皇太后が、周囲の反対を押し切って花嫁を選び、そして結婚させた。そうさせるのに、一番適当だったのがブリジットということだったのだ。

 普通に考えれば、起きているよりも寝ている時間の方が長く、いつも青白い顔をして歩くことも覚束なく、子を成すことも期待できないような花嫁、貰ってくれる人はいないだろう。


 ブリジット自身も自分は一生結婚することはないだろうと思っていたし、父であるリシャール侯爵もそうだろう。二十歳まで生きられないと言われたブリジットは十九歳で、世間的にはいつどうなるか分からないと思われている。死の匂いが色濃い侯爵令嬢……しかし、それは今のクロード国王にはこれ以上ないほど相応しい花嫁だった。子を成すことなど期待できない。必要とされているのは国王の最後の時間を一緒に過ごす花嫁なのである。


「まあ、こんな寂しい城だ。せめて自分の甥が居てくれることに叔父上が安心して、大切な愛娘を送り出してくれた、ということはあるかもしれないな」


 シモンの言葉にブリジットは大きく頷いた。


「なるほど、寂しい城か。王城に居た頃には百人からの従者が仕え、お抱えの料理人が二十人以上おり、常に二十人からの侍女が陛下のお世話をしていたとは信じられないような状況ではあるがな。今、ここには二十人にも満たない従者や使用人がいるのみだ」


 吐き捨てるように言ったフィリップは、この現状を嘆かわしく思っているようだ。

 クロードが動けなくなってから、彼の周囲に居た者たちはまるで蜘蛛の子を散らすように去っていったと聞く。そんな中でも彼の側に残っているフィリップやシモンは、忠義に篤い者たちなのかもしれない。


「考えてみれば、王妃様もお気の毒に。王城でならば、多くの侍女たちにかしずかれ、夜な夜な舞踏会に晩餐会にと明け暮れられたかもしれないのに」


「どちらにもあまり興味がないのでよかったです。私はただ、陛下のお側で静かに過ごしたいと思います」


 そう言って微笑んでおいたが、できれば人並みの貴族の令嬢のように毎夜開催される華やかな舞踏会や晩餐会に出席するような暮らしをしてみたかった。しかし、それは望みすぎなのだろう。


「そうか、なるほど。さすが皇太后様が選んだだけある。今のクロード様に相応しい王妃様かもしれない」


 フィリップは大きく肩をすくめてから、一転、厳しい口調で語り始めた。


「来た早々申し訳ないが……真実を知っておいた方がいいだろう。クロード国王陛下はもってあと半年だと言われている」


「ええ……」


 激しい戦闘の中で負傷したクロード国王が目覚めなくなったという知らせが国中を駆け巡ったのは、今から半年ほど前の話である。


 彼の侍医はもちろん、国中の医師がその回復を願ってあれこれ試みたがまったくの無駄だったという。恐らくは脳に損傷を受け、意識もあるかどうか分からない。食事は辛うじてとることができるので、それで命を長らえているが、立つどころか指の一本も動かせない彼の身体は、どんなに滋養のある食事を取らせても徐々に衰弱し、それを止めることはたとえ神であっても難しいのではないかとのことだった。


「もう治療は断念された。我らにできることは、せめて陛下が苦しまずに逝く事を願うことだけだ。それで、騒がしい王都を離れてこんな辺境の森の中にある城へやって来た」


 リュートブルグ古城は、かつてデュパール侯爵の居城だった。彼は当時のロザーヌ王に反旗を翻し、結果、この城は国王軍に攻め入られた。多くの血が流された結果敗れ、この城は廃墟となった。


 それから長い時間打ち捨てられていたが、クロード国王の祖父、先々代の国王がそれを買い取り、人が住めるようにと改築した。


 だが彼がここに住むことなく亡くなり、彼の息子はここを訪れることすらしなかったという。王都から離れていたので夏の間を過ごす別荘としては他に適当な城や館がいくつもあった。冬には雪深くたやすく立ち寄ることができない城だ。静かな場所で過ごしたい者には適した場所だったが、先々代の王も先代の王も、戦乱の世の中で静かに過ごす暇などなかったのだろう。


 そして、常に苛烈な戦いの中にあり、遂に周辺国の侵攻を食い止め、国内にある内戦の炎も制圧したクロード国王が最後に過ごす城として選ばれたのがこのリュートブルグ古城であるというわけだ。


「私も、クロード国王が静かな時を過ごせるようにと務めようと思います」


「ええ、そう願う」


 ブリジットはもう一度クロードの方を向いた。

 こんな精巧な人形のような者が、あのクロード国王だとは信じられない人が多いだろう。自分もそうだ。


「もうよいか。旅で疲れているだろう、部屋に案内する」


 シモンにそう促され、ブリジットはドレスをつまみあげて膝を折ってクロードに挨拶すると、彼の部屋から出て行った。

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