7.クロードの過去
深い眠りから目覚めると、寝室にある机に向かっているクロードの姿を認めた。なにやら書き物をしているようだった。
「……ああ、起きたのか」
ブリジットが起きたことにすぐに気付いて声をかけてくれた。
窓から外を見ると、そろそろ日が暮れそうな時間だった。橙色の陽光が部屋を淡く照らしていた。
「なにを書かれていたのですか?」
ブリジットは身体を起こして、クロードの手許を覗き込んだ。寝台に隣接して机があるのだ
。
「……大したものではない。それよりも俺に話があるんだって? ギーから聞いた」
そう伝えてくれたことにギーに感謝しつつ、こちらの心の準備というものがあるので、急に話せと言われても困ってしまうなと思ってしまう。なににしても、迅速に事を運びたいと考えるのが数々の戦闘に勝利してきた騎士団ならではなのだろうか。
「少々聞きにくい話なのですが……」
「なるほど」
「そうですね……」
言葉を濁しつつ、聞きたいことをずばりと尋ねるのは憚られて、なんとか遠まわしに話を聞けないかと考える。
「クロード様は少々無理な方法で、時には誰かを犠牲にしてまでもこの国にある内戦を収め、敵国……と黙されているニルブルグ王国との侵略にも勝利しました。そこまで勝利にこだわる理由がなにかあるのですか?」
「……そんなことが気になるのか?」
「ええ、気になります。その、傍若無人で人の心もないような魔王であるとの噂で、私も長い時間そうだと信じて来ましたが、実際にお会いしてこうしてお話ししていると、とてもそうとは思えないので。なにか考えがおありならば、聞いておきたい、と」
そのまま、実の妹を殺した理由など聞けなかった。だから兼ねてから疑問に思い、そして確認しておきたいことを聞いてしまった。そろそろ、クロードは理由もなく人を責めたりしない人で、きちんとこちらの話を聞いてくれると分かってきた。
「そうだな……。この国を強くするためだ。例えばニルブルグ王国の属国になるようなことがないために」
それは多くの人たちが言っていることだ。
ただ、その方法があまりにも残虐で性急であるという非難の声が小さくはない。
「ニルブルグ王国の属国になるのを避ける……確かにそうですが、クロード様が国王になられてから軍はかなり強化されて、その怖れは遠のいたと」
「そうか? 脅威は常に隣にあるぞ」
不敵な笑みを浮かべたクロードが知りうる脅威があるというのだろうか。
「どこかの国の属国になるのは、確かに屈辱的なことかもしれません。ですが、国民の生活を考えれば、むしろその方が助かるようなこともあるのではないですか?」
「……面白いことを言う。どうしてそのように思う?」
「ニルブルグ王国の国土は我が国の三倍にも及びます。豊かで文化レベルも高く、他国との結びつきも強い。ならば、その国を頼った方がわが国の利益になるのではないですか?」
「対等な立場で和平条約でも結べばそうかもしれないな。属国となるのとは違う。属国になれば本国の言うままにこの国にある全てを貪り取られて、滅亡の道を選ぶだけだ」
「……そうなのでしょうか……?」
「今から三百年前は我が国はニルブルグ王国の一部だった。我が国は大陸の北の外れの国土だと捨て置かれ、高い税金を課せられて、国民は貧しい生活を強いられ、国民は痩せ細り、幼児の死亡率は今の倍以上だった。そんな歴史を繰り返すわけにはいかない」
そんなやりように当時のロザーヌ辺境伯がが蜂起して独立を勝ち取り、ロザーヌ国ができた。それは分かるのだが、やり方が少々強引過ぎるのではと思うのだ。
「では……クロード様は国民を飢えさせないために戦っておられる。少々の犠牲があったとしても……」
「――俺がまだ皇太子だったときのことだ」
「? ええ……」
急にクロードの口調が変わったので戸惑う。彼は視線を遠くに飛ばしながら、語っていく。
「俺には身分違いの友達がいた。よく王宮から抜け出して城下町に行っていたから、そのときに会った友達だ。そのとき、あいつは俺が皇太子だなんて知らなかっただろうが」
「……素敵なお話ですね。身分差を越えて仲良くされていたのですね」
まるで物語のような話だとほっこりとした気持ちになった。今までひりひりすような話をしていたから余計に、だ。
「そいつは絵がとても上手かった。城下町にある寺院や噴水や橋を、惚れ惚れするくらい精緻に描いていった。将来は画家になりたいと言い、俺もそれがいいと言った。ふたりとも、当然そうなれると信じて疑わなかった。だが、それはできなかった」
「……なにかあったのですか?」
「単純なことだ。あいつの家は貧しく、弟妹を食わせるために働きに出なくてはならなかったのだ。市場での荷運びの仕事だ、無理な仕事ですぐに手の感覚が鈍り、前のように精緻な絵は描けなくなったと笑った。そして、絵を描くこと自体を辞めてしまったのだ。生活に追われて」
少年たちの夢が、そんな形で打ち砕けたことに衝撃を受けると共に、今まで自分が考えもしなかった庶民の暮らしを思うと、胸が苦しくなった。
「俺は、たとえどんな身分にあっても画家を目指した者は画家になれるような国にしたいと考えた。そのためには少々強引な手を取ってでも、安定した、平和な国にしなければならない。あらゆる脅威から国民を護り、なんの生活の不安もなく暮らせる国に。そのためには強い国王が必要だろう?」
ブリジットは大きく頷いた。
もしかしてクロードは自分の顕示欲のために国を強くしたいと考えているのかもという疑いがあったが、今こそそれが吹き飛んだ。クロードはこの国のことを、国民のことを深く考えている。
「俺の理解者が少ないことは知っている。わざとそう仕向けたということもある。だが、せっかく国中の諸侯も、隣国も俺が治める国に歯向かうのは愚かだと、そう畏れられる国にできた。ここで無に返すわけにはいかないのだ」
それがクロードが玉座を取り戻そうとする理由なのだろう。
「そうですわね……そのために犠牲になった方たちも……クロード様のお身内の方も」
「もしかしてシュゼットのことを言っているのか? なるほど、本当に聞きたいことはそれだな」
鋭く聞かれ、頷くことしかできない。どうやら彼に遠まわしになにかを聞いても、それを見破られてしまうようだ。
「前に毒を盛られたことがあった、と話したが、それをしたのはシュゼットだった」
「……え?」
「砒素だった、だからすぐに分かって吐き出した。最初は惚けたが、追及したらすぐに白状した。とある人物から金をもらって俺を殺そうと企んだ、と。そのときシュゼットは既に結婚していたが、夫に隠して作った多額の借金があったのだと。それを返済するために俺を殺そうとした。……愚かな理由だろう? 仮にも王族としてあまりにお粗末だ、幻滅した。生き恥を晒すくらいならばすぐに殺して欲しいと言われたので、そのようにした」
クロードの目が微かに歪む。
きっと苦しい思いだったに違いない、実の妹を手に掛けたのだ。だが、国王暗殺を企んだ罪は重い。断罪せざるを得なかった。
「それを……シモンには」
「余計なことは話していない。あいつは知る必要がないことだ。あいつにも、他の者にも、生意気にも妹の分際で兄に意見してきたから斬って捨てたと言ってある」
それは妹の名誉を護ったということなのだろうか。
「シモンを信頼していたならば、話しておけば……」
「ああ、今ではそう思う。余計な気を回して酷い目に遭った。話はそれだけか? 俺はもう行かなくてはならない」
早口でそう言って、先ほど書いていた手紙を持ってさっさと部屋から出て行ってしまった。
もしかして、妹のことはあまり聞かれたくないのではないかと勘ぐった。クロードは心根が優しい人……のように思える。身内である妹を殺して平気でいられるはずがない。苦々しい思いがあり、それは今もあるのだろう。
(それでも、私には話してくれた。信頼されている、と思ってもいいのかしら?)
ブリジットは暖炉の前にしゃがみ込み、夕食の知らせが来るまで、その炎を見つめながら考え事にふけっていた。
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