6.薬売りとの攻防
「……なるほど。いとこ殿が病床についたために、代わりに貴殿が?」
その者はかつてブリジットが目撃した者と同じ、灰色の外套を身に纏い、目深にフードをかぶった男だった。
ひと月に一度、城にやって来るという話は使用人たちからの聞き込みから分かっていた。ただ、その正体を知る者はおらず、いつもシモンが対応していたとのことだった。
今日もいつものように正面の門からやって来て、頼まれたものを持ってきたと厨房の裏へと警備兵に伴われて案内されてきた。ブリジットはその部屋で、彼と向かい合って話していた。
「ええ。なにか大切なものを受け取らなければならないと言っていました。なので、信頼がおける私を代わりに、と」
なにも知らないふりで微笑んでおいたが、それが無理なくできたかどうかは分からない。
「これは、滅多なことでは人には渡せない」
「……そうなのですか?」
「強すぎる薬だ。信頼できる者にしか渡せない」
「そうでしたか……。いとこからは陛下に飲ませる大切な薬だから、必ず受け取るように言われておりまして。一日でも欠かすといけない、とも。なんとかなりませんか?」
胸の前で手を組んで懇願してみる。
さすが、怪しげな薬を売って歩くような男である。警戒心がなかなかに強い。
男は少し考え込んだような様子を見せ、ややあってから口を開いた。
「ところで、お前はリシャール家の人間なのか?」
急に実家の名前を出されて冷や汗が出そうになるが、自分はシモンのいとこだと名乗っているのだから、そう思われても自然なことだった。
「え? ええ……そうですが」
「なるほど。どうりで顔を見たことがあると思った」
そうして男は僅かに笑ったような気がした。
もしかして、と思っていたが、やはり母に薬を売っていたのはこの男なのかと疑う。
「もしかして、以前に当家にも出入りをしていた……?」
「ああ、そうだな。私はいろんな薬を売って歩いている。夜泣きに効く薬、癇癪に効く薬、夫の浮気癖を治すなんて薬までな。お得意様はたくさんいる」
「そ、そうでしたか……。私のいとこともその縁で……?」
「まあ、そのようなものだな」
そんなことではなく、母になんの薬を売っていたのかと問い詰めたくて仕方がなかった。
しかし、今はその件は無関係だ。
とにかく彼から薬を手に入れなければならない。彼の手から、クロードに飲ませていたという薬を。証拠を手に入れて、それから男を捕らえて問い詰めるという手はずになっていた。隣の部屋にはクロードと彼の配下の者がいて、こちらの話を聞いているはずだ。
「では、昔のよしみで薬を分けていただけませんか? いとこにくれぐれも頼まれておりまして」
「そう言われてもな」
「……お金は、事前に渡してあると言われておりますが、もう少しなら用立てできます。いとこに信頼されて頼まれた以上、渡していただけなかったでは申し訳が立たなくて」
そう言いつつ、ブリジットは用意してあった麻袋を取り出して、テーブルの上にその中身を出した。
銀貨が五枚。
庶民の四人家族が一年ほど、慎ましく暮らせるだけのお金だった。それを見て、薬売りは息を呑んだ。
「……そうだな、そんなに困っているならば売らぬでもないな」
「お願いします」
ブリジットは銀貨を麻袋に戻すと、それを男に渡した。
男は麻袋を受け取ると、斜めに提げていた鞄の中から白い包みを二十包ほど取り出してテーブルに置いた。
「……ではな」
そう言って立ち去ろうとした男だったが、そうはいかなかった。
扉を蹴破る音が響き、部屋に騎士たちが雪崩れ込んできた。
なにが起きているか分からない男はあっと言う間に騎士たちに包囲され、八方から剣を向けられた。
これでは逃げることなどできないだろう。
男は周囲の騎士たちをぐるりと見てから、おずおずと両手を挙げた。
「おや……これは一体どういうことですかな?」
「どういうこともなにもない。お前がシモンに薬を売っていたのだろう? そして、それを恐れ多くも陛下に飲ませていた。その薬がどんなものか知らなかったわけではあるまい?」
剣を向けられた状態で鋭く聞かれて、怯むかと思われたが男はその淡々とした口調を崩さない。
「……陛下に? さあ……。私はただ薬を売って歩いているだけで、それを誰にどのように飲ませているかは関知するところではありませんので……」
「ぬけぬけと……!」
今にも剣を振るおうとする騎士を、他の騎士が諌める。
これから男はどうなってしまうのか、とブリジットが戦々恐々としていると、不意にブリジットの背後からその肩に手を置かれた。クロードだった。
「……ご苦労だった。すまないな、このようなことを頼んで」
「い、いいえ……」
そうして彼に促されるようにして壁際へと下がった。
クロードは机の上に置かれた包みをひとつとってそれを開き、白い粉末を小指でなぞったので慌てて止めに入る。
「あのっ、絶対に口にしない方がよろしいかと思いますっ」
「そうですね、私のように少し口にしただけでぶざまに床に倒れて動けなくなり、ブリジット殿に介抱されたいのでしたら話は別ですが」
ギーが言うと、クロードは小指についた粉末を口に運ぼうとはせず、代わりにギーを睨み付けた。
「ブリジットに介抱されただって? なんだ、その話は。聞いていないぞ」
「ああ、そうでしたかね。なかなかに感動的な話だったので、宴のときにでも詳しく話そうと思っていたのですが」
「……なんだと?」
なぜか殺気立つクロードに戸惑いつつ、ブリジットは慌てて声を上げる。
「そんなっ、わざわざお話しする必要がない些細な話だったからです。それよりも、彼のことは……」
なぜか放っておかれてしまった薬売りの男へと注意を向けようとすると、クロードはああ、とつまらないそうに頷いた。
「……この薬はどういう薬なんだ? 誰に使うかは知らずに売ったとしても、その効能については知っているだろう?」
クロードが手を上げると、今まで薬売りに剣を向けていた騎士たちはその剣を下げて、鞘に収めた。クロードは騎士たちを少し下がらせて、薬売りの前に立つ。
「さあ……私が調剤しているわけではないので」
「嘘をつくな。その手を見れば分かる。それは薬師の手だ」
そう言われてブリジットは男の手に注目した。
男の手には小さな傷が無数にあり、火傷の跡や一部変色したところがあった。それは調剤のときにできたものだろうか、と予想する。
「……これはこれは……なるほど。聞いていたとおりなかなかに油断できない人物のようだ。これ以上の隠し立ては、こちらが不利になるだけですかね」
「理解が早くて助かる。知っていることを全て吐け」
「全て吐いた挙げ句に殺されては堪らないわけですが……」
「こちらに協力するというならば、殺すまではしない」
「それは信頼しても……?」
「それはお前次第だ」
肌がひりひりするようなやりとりに見ているこちらが緊張してしまう。
ブリジットは呼吸をするのも忘れて、ふたりのやりとりを見守っていた。
「そうですね……。しかし話さなくても話しても殺されるのであれば、話してしまってもいいでしょう。罪は薬にあるのではない、それを使う人間の方にある」
「そんな前置きはいい。いいから早く話せ」
すごむクロードにその場が殺気だった空気になるが、薬売りはまるで気にしていない様子で語り出す。
「……そうですね。この薬は、脳と神経に作用して身体の機能を麻痺させる薬です。強い薬です、一気に飲むと命をなくします。ですから、最初は少量、それから量を増やしていきました。もういつ死んでも構わないというので」
そんな特殊な薬があるのだろうか、とブリジットは疑ったが、それを調合した彼はよほど優秀な薬師だということなのだろうか。そんな人がなぜこんな怪しげな薬売りをしているのだろうか。王宮にでも召されて、高級薬師にでもなれるのではないだろうか。
「お前は、そのような特殊な薬を作るのが得意なのか」
「そうですね。効果が信用できないという者もいますが。なにしろ、しがない薬売りですから」
しかし彼の話では、それでも彼を信じて薬を買う者はいたのだろう。
「同じように、お前から薬を買った者はいるのか?」
「申し訳ありませんが、顧客の情報は漏らせません。それこそ信用商売なので、墓場まで持っていきます」
「今すぐ墓場に送ってやってもいいんだぞ」
「どう脅しても無駄です。そこだけはお話しできない。今回は、既に彼に薬を売っていたことが露見してしまっていたので」
淡々と語る彼からは、本当になにがあっても語らないつもりだろうという決意が感じられる。しかしクロードはそんなものにのらずに更に厳しく追及するだろうか、とびくびくしていのだが。
「……なるほど。分かった。ただ、お前にはまだ聞きたいことがある。おい、別室に連れて行け」
命じられた騎士が男の後ろ手を縛り上げた。これだけ屈強な騎士たちに囲まれては抵抗しても無駄だと分かっているのか、男は大人しく応じて別室へと連れて行かれた。
「……私が飲まされていた薬も、彼から買っていた疑いがあります……」
ブリジットはクロードの横に立ち、力なく言った。
「そのようだな、話は聞いていた。侯爵家にも出入りしていたならば、王宮内にも出入りしていた可能性があるな」
そして王宮内に居るだろうシモンの共犯者が、薬売りに頼んで徐々に命を奪うあの薬をクロードに飲ませようと企んだ。
それが誰であるのか、クロードは予想しているのだろうか。もしそれが弟のロランであるならば、彼は二度までも身内に裏切られたことになる。
(私は……これからどうやってクロード様を支えていけばいいのかしら?)
ブリジットはクロードに付き添われて自室に戻ると、今までの疲れもあって寝台に横たわり、そのまま眠ってしまった。
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