5.消えない疑念
牢を離れて地下通路を歩いて階段を上がっているとき、そっとギーに話しかけた。
「……あの、ギー。シモンは処刑されてしまうかもしれないけれど、最後にきちんとした食事を与えてくれないかしら?」
「もうしばらくは生かしておくと思うけれどな」
その軽い口調に、人の命をそんなふうにという反発心が生まれてしまうが、仕方がないことなのだろう。
「それは……王都まで連れて行って、正式な裁判を受けさせてから処刑するということかしら?」
「そこまで、クロードの奴が冷静でいられるかどうか分からないがな」
苦笑いと共に吐き出された言葉は、クロードが憤怒のばかりシモンを殺してしまうことがあるかもしれない、ということだろう。それだけのことをシモンはしたのだから、本来ならば同情の余地はないのかもしれない、のだが。
「シモンは先ほど、共犯者がいると言っていたわ。その者を捕らえるときに、彼の証言は必要ではないかしら?」
「クロードならばそんな証言なんて必要なく、誰が仕掛けたか分かったら問答無用で斬り捨てると思うがな」
「あの……こんなことを言ったら怒られるかもしれないけれど。だからこそクロード様を排除しようという動きが起きたのではないかしら?」
「なんだって……?」
ギーは階段を上がりきったところで足を止め、ブリジットを振り返った。彼はちょうど正面にある窓から降り注ぐ太陽の光を背にしていて、逆光となっているためにその表情がよく見えない。
「クロード様に毒を盛ったこと……とんでもなく罪深いことだと思うわ。だから、逆にそれを利用してはどうかと思うの」
「利用、だと?」
ギーは疑念に満ちた声を上げ、腕を組んだ。
「そう。この事実を白日の下に晒して、この件に加担した者を公にして、断罪するのよ。たぶん、それは今までのクロード様のやり方とは違うのだろうけれど」
「そうだな、今もこの件に加担したと思われる者を倒そうと、王都に攻め込む気満々だ。疑いが濃い者は片っ端に始末してしまうだろうな」
「でも、今のところ誰が加担したのか証拠はない」
「証拠など必要ないという人だからな」
「でも、そんなやり方を不満に思っている人はたくさんいる……。王宮のことなんてほとんど知らない私でも、そんな話を何度か耳にしたことがあるわ。とにかくクロード様のやりようは強引で、周囲の意見になど耳を貸そうともしない。先ほどのシュゼット様のこともそう。申し開きの機会も与えずに処刑したと聞いているわ。身内でも容赦はしないと、それは人々に恐怖を与えて、従わせるのによい方法だったのかもしれないけれど」
「シュゼット様のことは、いろいろと事情があるのだ。……ああ、そうだな。もしシュゼット様の件が、シモンに今回のことを企ませた原因だとしたら、シモンにも本当のところを話しておくべきだったかもな」
「本当のところ……?」
ブリジットが首を傾げると、ギーは額に手を当てつつ、慎重な口調で語り出す。
「シモンはシュゼット様の家庭教師だった、特別な思いいれもあっただろう。だから処刑された本当の事情は伏せた。クロードの命令だ」
「クロード様がそんなこと……」
「ああ見えて温情がある奴なのだ。シュゼット様のことは直接クロードに尋ねてみるがいい。お前にならば、本当のことを話すだろう」
そんな信頼を受けているかどうかは分からないが、少なくとも尋ねたからといきなり無礼討ちにされることはないだろう。それとなく聞いてみようと決意する。
「分かったわ。ところで……そう、今回のことは解決できたとしても、またいつ、クロード様を亡き者にしようと企む者が現れるか分からないわ」
「国王とは、そのようなものだ。いつ誰に寝首をかがれるか分からない」
「そうかもしれないけれど、わざわざ自分から敵を増やす必要はないわ。今回のことを企んだ人達を問答無用で殺したとして、その家族や親しい人たちはきっとクロード様を逆恨みするわ。それよりも、罪を罪としてしっかりと裁判なりなんなりでつまびらかにして、皆に納得を得た上で断罪した方がいいのではないかしら?」
「うむ。そうかもしれんが、クロードがそれを聞き入れると思うか?」
「それは……私は彼の妻とはいえ、彼のことはよく知らないわ。でも、クロード様は私が想像していたような、まるで聞く耳を持たないような人ではなかった」
「そうだな。お前がそう言うならば聞き入れる可能性は高いな」
からかうような口調に困ってしまう。
どうやらクロードはブリジットの事を命の恩人だとは思っているようで、勝手に決められた婚姻の望まぬ妻だと邪険にするようなことはない。だが、どこまで信頼を受けているかはまだ図りかねている。少なくとも、こちらの言うことならばなんでも受け入れる、ようなことはないだろう。
「それはどうか分からないけれど……。でも、できるだけクロード様にそう勧めてみることにするわ。それで、あなたにはそうなるように仕向けて欲しいの。クロード様が指揮する騎士団の副官を任されているのだから。彼の信頼が厚いようだし……」
「さあ、それはどうか分からないが。まあ、お前の大切な妻がお前のことを心配していた、とは言っておくさ」
そう軽く言って、ギーは再び歩き出した。
その背中を見つめながら自室までの通路を歩き、ギーのこともよく分からないと、これまでの彼の行動や言動をあれこれと思い出していた。
ギーは騎士団の副官でありながら全くそんなことを感じさせないような飄々とした雰囲気であった。クロードが意識不明になって、死神騎士団は解散されたとはいえ、クロードの無事を聞いてこうして集まるところをみるとなかなか結束が固かったように思う。そしてクロードのことが気になるのならば、自ら城に忍び込むようなことをしないで配下の者にやらせればよいのと思ってしまう。死神騎士団は見習いを合わせて五十人ほどいると聞く。特別に選抜された少数精鋭で、で敵国の二百人に対峙したことがあると聞く。
(そういえば、昔からの腐れ縁と言っていたわ。なんだろう……悪友? みたいなことなのかしら?)
クロードの方もギーのことを、口ではあれこれ言いつつも信頼している様子だった。
だから、なにも知らないブリジットが言うよりもギーに言ってもらった方がいいと思ったのだ。
(でも……もしかして私がシモンのいとこだから、彼を特別扱いして慈悲を与えて欲しいというふうに思われてしまっているかもしれないわね)
ともあれ、朝食の席ででもなんでもクロードに進言してみようと思った。自分のやり方に口を挟むな、と怒られそうだけれども。
自室へと戻るとエリーズが心配げな表情でブリジットを迎え、心が落ち着くように、と温かな紅茶を用意してくれた。
しかしそれに口をつけるよりも前に部屋に来客があった。クロードである。
シモンになにか聞けたか、と早速詰問されるのではないかと身構えたが、そうではなかった。
「……シモンの奴に毒を売り渡していたという商人がやって来たんだ。悪いがお前が対応してくれないか?」
なぜ自分が、という疑問があったが、きっとクロードがブリジットを信頼してのことなのだろう、とそれに応じることにした。
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