4.シモンへの尋問2
「ええ……できれば私も信じたくはないのだけれど。でも、お母さまが亡くなってから私の体調は劇的によくなったの。それはもしかしてあなたも感じていたのではない?」
「そうだな、確かに。王都からこの城へ来るまでも難しい体調かと思っていたが、特に道中体調を壊すことはなかったと聞く。料理長は、お前があまりに食べるから驚いていた」
あれこれと思い出し、シモンの中でいろいろなことを飲み込んで、消化しているようだった
。
「しかし、そうだな。ミレーヌ伯母さんの場合は、恐らくお前を手許に置いておきたかった以外の理由はないだろうな」
「……そうなのかしら?」
それはブリジットも考えていたことだった。
兄も姉も祖母に奪われ、母の手許に残ったのはブリジットだけだった。あるいは、ブリジットだけでも手許に残すのに成功したと言うべきだろうか。祖母は体が弱く、どこの貴族にも嫁がせることができそうもない孫にはまるで興味がないようだったから。
「ミレーヌ叔母さんは子供好きで……そうだな、お前を妊娠しているときもとても幸せそうだった。早くかわいい子供に会いたいわ、と言っていた」
「そうだったのね……」
その時の母の様子を瞼に思い浮かべる。
自分を生んで幸せだったのだろうか、と苦々しい気持ちと一緒に。
「お前のふたりの兄は、手許で育てることができず、生まれて間もなくお祖母様に奪われてしまった。リシャール家の大事な跡取り息子であるのだから、こちらで大切に育てるとか、なんとか。お前の姉もそうだった。どんな大貴族に嫁がせても恥ずかしくないような立派な淑女に育てる、という理由をつけて。お前も同じように奪われてなるものかと思ったのではないか?」
「でも、だからって我が子に毒を盛るなんて……」
そのせいで、自分がどれだけ苦しんだか。生まれつきだから仕方ないと思っていたことが、全て母のせいだったのだ。
「歪んだ愛の形だとは思うが、お前がかわいかったばかりにお前を手放すことを耐えられなかったのだろう。事実、お前の兄ふたりは自分の母をお前に取られたように思っていた」
「それは……知っています」
「そういうことだろう。お前の母親にとってお前に飲ませていた毒は、毒ではなく自分の娘が側に居てくれるための魔法の薬だったんだ」
「魔法の……薬……」
それはとても素敵な響きであったが、そのために味わってきた苦慮を考えると、ただのまやかしの言葉に思えてしまう。
しかし、母が自分に見せた優しさが嘘ではなかったのだろうということを、母のことを知っているシモンから聞くと少し心が軽くなった。娘の命は自分が握っているのだと歪んだ気持ちで、すがり付いてくる我が娘を見ていたわけではなかったのかもしれない。
「もしかしてシモン、あなたも同じ気持ちだったの……?」
ブリジットの問いに、シモンの口許に微妙に笑みが浮かんだような気がした。
「そう、ね……。あなたがクロード様に仕えるようになったときには、クロード様はまだ皇太子だったはず。それが若くして国王になり、それから他国との戦争に突入して、次々に武勲を挙げて。きっと従者も配下の者もどんどん増えていって、長く従順に仕えていたあなたのことなんて気にしなくなっていった……とか」
「……ふん、そんな理由で」
シモンは首を横に振った。
「ただ、クロード様は国王の器ではなかった。側で仕えていたから余計に、それはよく分かっていた。クロード様には敵を討ち滅ぼす力はあったが、敵が去った後、この国を平和に治める能力などなかった。それは誰もが危惧するところだ」
「それは……そんな意見もあるのは知っているわ」
ブリジットの父も、兄も、親族だけの集まりになるとよくそう言っていた。せっかく敵国の脅威から解放されたというのに、今度は和平条約を結んでいるはずの別に国に攻め込んで、この大陸を支配するつもりなのではないか、と。
「このままクロード様を王座に据えておいていいのか。そんな疑問を抱えていたところを衝かれただけだ。他にこの国を平和に治めていける者がいる、とね」
「……ロラン様の差し金なのか?」
ギーが口を挟んできた。
ロランとは、クロードの弟である。クロードが玉座に座れない間、彼が代理で国王の執務をしている。
「さあ。俺はただ、とある人物の使いだという者にクロード様を玉座から下ろすことに協力しろと言われただけだ。お前もクロード様に恨みがあるだろう、と。ロラン様が命じたのか、彼の取り巻きが勝手にやっていることなのか」
「その、とある人物とは誰なのか?」
「さあ? あちらからは名乗らなかったし、こちらかも聞かなかった」
シモンはそう惚けるが、知らないはずはない。よく分からないものから主に毒を盛るようにけしかけられて、それを実行するわけがない。
「……お前はもう処刑されることは決まっているのだ。お前に毒を盛ることを実行させ、自分の手は汚さずにいる者を道連れにしてもいいのではないか?」
「あの……もしかしてお父様……ということはありませんよね?」
ブリジットはそれを畏れていた。
父ならばそのくらいやりかねないと思っていたのだ。シモンにそう指示をすることもできただろう。
「……リシャール侯爵がそんなことを企んだとして、仮にも実の娘をそれに巻き込もうとするか? あの、誰でもいいから娘を嫁がせることだけを考えていた、おめでたい頭の男が? 皇太后様がなんとしてもクロード様に嫁を、と言い出したときに、お前の名前を告げたのは俺だった。皇太后様がそれを受け入れ、その話を持っていったとき、国王とはいえ、もうすぐ死ぬだろう男に嫁がせるなんて、と少しは拒絶するかと思っていたが、すぐに飛びついてきた」
その口ぶりから、シモンはブリジットの父を快く思っておらず、侮ってさえいるのだと分かった。
「それに、リシャール侯爵はむしろロラン様の台頭を快く思っていない方だ。だからこそ、せめてもの抵抗という気持ちもあって、お前をクロード様に嫁がせたのだろう。自分の娘は先代の王の妃だということで、王宮内での立場を守ろうとしたんだ」
「そう……でしたか」
ブリジットはほうっと胸を撫で下ろした。
父親の考えには眉をひそめたいところもあったが、この件に関わっていないと聞いてほっとした。
「俺に共犯者について、語ろうにも知らないのだ。手紙で指示があり、金をもらっただけだ。そもそも同じ目的を持っていたというだけで、俺は誰かに命じられて無理やりにクロード様に毒を盛っていたわけではない」
「あなたがクロード様に恨みを持っていたことは確かで……。それを誰かに指摘された。それをクロード様に話すぞ、と言われたら、司令官という座を奪われてしまう。下手をしたら殺されてしまうかもしれない。それならば、素直に毒を盛った方が得策、と考えた」
ブリジットが思ったことを言っていくと、シモンはふん、と鼻を鳴らした。
「ただの死にかけの侯爵令嬢かと思っていたら、意外と鋭いな」
「鋭い、ということは、私の考えが合っているということよね?」
確認するように聞くが、シモンはなにも答えない。
そうなると、ブリジットの考えは合っていて、シモンがクロードに恨みを持っていると、他者が知りうる出来事があったということだ。クロード自身は心当たりがないと言っていた。彼が知らないなにかが、と考える。
「そういえば……シモンは元々クロード様の妹君の家庭教師だったのよね? 確かシュゼット様……」
その名前を出したとき、シモンの顔が束の間歪んだ。すぐにもとのような無表情を装ったが、ブリジットはそれを見逃さなかった。
「シュゼット様は確か敵国と通じた罪で……」
ブリジットがそう言うと、シモンはかっと目を見開き、吐き捨てるように言葉を発した。
「シュゼット様は見せしめに殺されたようなものだ。身内にも容赦しない、と示すために」
その恨みがましい言葉に、クロードへの憎しみが滲んでいるように感じた。
「では、シュゼット様のことを恨みに思って? そうなのね?」
「……」
それからはなにを聞いてもシモンは答えようとしなかった。すっかり心を閉ざしてしまった、というようだ。
いつからこんなことを企んだのか、どうやって毒を手に入れたのか、城にいる間にも毒を運んできた者がいたが、あれは何者なのか……。しかしその問いにシモンはなんの反応も示さず、ただ俯いているだけだった。
ギーにもういいかと言われ、これ以上彼に付き合わせるのも悪いかと考えて、今日のところは話を切り上げることにした。
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