2.彼がなぜあんなことをしたのか
「シモンはクロード様が警戒心なく渡された毒入りのワインを飲んでしまうほど信頼されている従者だったのでしょう? どうしてこんなことを?」
「そうだな、あいつはこのロザーヌ王国やニルブルグ王国の歴史に詳しく、特に戦術に精通していた。戦略を練るときに大いに役に立ってくれていて、お前なしではこれほどの戦歴は飾れなかったと機会があるごとに伝えて、と信頼を寄せていることを示していたはずだった。あいつだけは裏切らないと甘い目論見をしていたが、見事に裏切られたわけだ。あいつがどうしてこんなことをしたかだって? それは俺が知りたい」
クロードの声が不機嫌になるのを感じた。
ブリジットはそうなるだろうことが分かっていたので、今までシモンの話題を避けていたのだ。だが、いつかは聞かなければならないと感じていた。このままでいけば、シモンはブリジットが知らないうちに処刑されてしまうかもしれない。
「多額の金を詰まれたが、あるいは家族の誰かを人質に取られて仕方なく、か。いとこならばその辺りの心当たりはないか?」
「残念ながら……。シモンがお金に困っているとは思えません。人質という点については、シモンは結婚をしていませんし、彼の両親も家族も私が王都を離れるまで変わりなく過ごしていました。恋人がいるかどうかは、分かりませんが……」
あれから、ブリジットもあれこれと考えたみたのだ。だが、シモンがクロードに毒を盛る動機に心当たりはまったくなかった。
ただ、結婚することが決まり久しぶりにシモンに会ったときに、以前とはずいぶん変わってしまったとは思った。シモンが王宮で家庭教師を始めた頃には育ちのいい穏やかな青年という印象だった。それが目つきが鋭くなり、頬がこけて、表情の作り方が変わった。いろいろな経験をして変わったのだろうと思うが、どんな経験が彼の顔を厳しいものにしたのかは分からない。
「シモンと話をすることはできませんか……?」
「お前がか? 死ぬ間際の俺のところに嫁がされた恨みでも言う気か?」
からかうように言われ、どう返していいか困る。時折クロードがこんなふうに言い方をすることがあるが、冗談はおやめください、と笑って対応していいものかどうか迷ってしまう。
「……そのようなことはありません。確かにシモンは、私をこちらに迎えるときに皇太后様に口添えをしてくれたと聞いてはいますが。二十歳まで生きられないと言われていた病弱で嫁ぎ先などないと言われていた私を、形だけとはいえ、嫁がせることに尽力してくれたことには感謝をしています。私が長く生きないだろうと、国王と共に没したという美談に仕立て上げようとしたという疑いはありますが、それでも誰かに嫁ぐという経験をさせてくれたことを嬉しく思います」
「……死にかけの夫の元へでも、か?」
「ええ」
「薄々思っていたが、お前は大分変わっているな」
それが肯定的な意味なのか、否定的な意味なのかは分からない。
「シモンは、クロード様のお側に仕えられるとなったときにとても喜んでいました」
「そうだろうな、家庭教師から国王直属の司令官という身分になれたのだ」
「いえ、そうではなく……。クロード様のことを心から尊敬していて、国王という身分ではなく、クロード様に仕えられたことを嬉しく思っていた様子でした。なのにどうしてこんなことをしたのか、不思議で仕方がありません」
「俺も、俺の配下の者も皆それを気にしているが、なにしろあいつはなにも語らない」
「ですから、もしかしたら私が聞いたらなにか話してくれるかもしれません。望み薄ではありますが……それでも直接聞いてみたいのです」
クロードは思案顔で腕を組み、しばらく黙してなにも語らなかった。
彼のことを気にしながらブリジットは食事を続けていた。この城の料理人は信用ならない、とのことで死神騎士団の中の料理に自信があるという者が調理をしていた。以前のように、ブリジットは病弱であるに違いないと思い込んだ料理人による、消化がよい少なすぎる食事ではなく、クロードに合わせて肉料理や卵料理が多くなった。ブリジットにとっては歓迎すべきことだった。今日の朝食はふわふわの卵と野菜の炒め物とベーコンにパンだった。
「怖くはないのか?」
「え?」
「あいつはお前を殺そうとしたのだぞ? そんな者に会って、お前が今以上に傷つくことにならないか気になる」
まさかそんな心配をされているとは思っておらず、なぜか嬉しくなってしまう。
「だ、大丈夫です……。今までも死を願われてきた身でありますし」
そしてふと兄のマリユスのことを思い出してしまった。
思えば、マリユスだけはブリジットの結婚に反対していたようだった。それは実の妹を心配しているというより、こんな妹では王家に対して無礼にあたるのではないかということのようだったが。
「……まあ、いいだろう。お前はシモンのいとこにあたるからな。いざ王都に帰ったときに、あいつの両親や親戚にあれこれ聞かれるのはお前だろう。そのときに話せる材料は多い方がいい」
「ええ、そのように思えます」
「では、ギーにそのように言いつけておく。ただ、地下の牢は酷い場所だ。それだけは覚悟しておけ」
「……分かりました」
そうは言っておいたが、覚悟なんてまるでできそうになかった。
恐らくシモンは拷問を受けていることだろうと想像する。地下に行った途端に血なまぐさいものを目撃しなければならないかもしれない。
(それでも……やはり直接話を聞きたい)
そうしてクロードとの朝食を済ませ、自室でしばらく過ごしているとギーが迎えに来た。牢に囚われている親戚を見たいなんて変わった趣味だな、などと言われつつ、彼と一緒に牢に向かった。
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