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【第二部】1.夫婦の朝食

 クロードが戻ってきてから……正確には彼の意識が戻ってからは慌ただしい日々が続いた。


 まず、クロードが戻ったことはこの城以外では秘密にするようにと厳命された。シモンが実行犯だとして、彼にそれを命じた者が居る可能性が濃いとクロードは考えているようだ。シモンは黙してなにも語らない。


「……でも、クロード様のことを心配されてお手紙をくれた方にならば、こっそり無事をお知らせしてもよろしいのではないでしょうか?」


 朝食の席で恐る恐るとブリジットが聞くと、クロードは眉根に皺を寄せて、困ったような表情となった。


「……レリアのことか? お前の親戚だったようだな」


「そうです。レリアからのお手紙を読んで差し上げたことがありましたよね?」


 クロードは毒を飲まされ続け、身体の自由を奪われていたときも、意識だけはずっとあったそうだ。だから自分が色々な医師にかかった上に匙を投げられたり、もう国王は終わりだと死ぬのを待つしかないと家臣たちが話していたり、こちらが動けないからと酷い言葉を投げかけれたりしたことも、酷い扱いをされたことも憶えているそうだ。


 もちろん、ブリジットと結婚式を挙げたときのことも、リュートブルグ古城へやって来たときのことも憶えていると言われたので、そのときの自分に粗相がなかったかと考えてしまった。クロードはなにも分からないのだから、と周囲に言われていたにも拘わらず、ブリジットはもしかして意識があるかもしれないから、と思って接していたのでそんなに失敗はないだろうけれど。


「あいつはこちらの様子が気になるだけだ。俺のことを心配しているのではなく、俺がいつ死にそうか知りたいだけだろう」


「そ……そんなことはないかと。いつも心配していると、私のような者がクロード様に嫁いだことが許せないとまで書いてあったではないですか。クロード様のことを愛していて、それでそのようなことを書いて寄越したのだと」


「レリアがそんな玉か? 俺の愛人となったのも狙いがあったからだ」

「狙い……ですか?」


「ああ。お前は貴族の娘なのにそういう薄暗い陰謀には疎いようだから、よく分からないのだろうが」


 そう言われてしまうとそれが悪いように思えてしまう。

 王宮や貴族の邸宅で行われる舞踏会や晩餐会に頻繁に出席していれば、人々の繋がりだとか、その裏の繋がりだとか、本音の嘘の使い分けだとか、そんなものに触れる機会もあったかもしれない。


「そんな顔をするな。それが悪いとは言っていない。むしろ、だからこそ真実を見抜く力があるかもしれない」


「真実とは、クロード様が毒を飲まされているかもしれないと気づいたことですか……?」

「そうだな」


 クロードは今度は面白そうなものを見るような表情でブリジットを見つめた。

 クロードが戻ってからそろそろ五日は経つのにまったく慣れない。


 いつもは広い食堂でひとり寂しい朝食をとっていたのが、クロードと会話しながらの朝食になった。それはとても嬉しいことだったのだが、話される内容は結婚したばかりの夫婦の甘い会話ではない。たまには中庭に咲いていた花が綺麗だとか、部屋の窓に小鳥がやって来てくれた、という話をしたいのだが、とてもそんな雰囲気ではない。


 そして、目前に居るのが自分の夫だとはとても思えない。

 むしろ、クロードが車椅子に乗っていたときの方が夫婦と思えた、とは口が裂けても言えないけれど。


 クロードは騎士団の者たちとの打ち合わせやら、城の使用人たちからの聞き取りやなんやらで忙しくしていて、しかし朝食だけは必ずブリジットととってくれる。それは彼の気遣いであるのだろう。もしクロードが元のクロードに戻ったら、自分のことなんて捨て置かれると思っていたから、それは予想外の喜びであった。


「とにかく、レリアにも誰にも俺が身体の自由を取り戻したとは言わないで欲しい。お前が信頼を置けると思った者にも、一切情報を漏らさないように」


 命令するのではなく、言わないで欲しい、とこちらにお願いする形で話してくれるのも予想外であった。問答無用でこちらの言うことに従え、という尊大な人ではなかった。


「分かりました。それは、クロード様がこれからしようとしていることのために、ですよね?」

「ああ、そうだ」


 彼は黒い瞳を伏せながら、少し物憂げな表情で言う。

 まだ正式には聞いていていないが、どうやらクロードと騎士団たちは王都へと攻め込むようなつもりでいるようなのだ。


 シモン本人は決して語らないようだが、王宮にもクロードを追放しようとする、あるいは亡き者にしようとしている者がいるとクロードたちは予想していて、その者を捕らえて王座を奪還するのが目的のようだ。王座、と言ってもクロードは未だに国王であり、王座は彼のものであるのだが、王都にはそれを不正に占拠している者がいるというのだ。


 クロードが元のように回復したとは知らせずに、油断している隙を衝くのだという。

 それならばそれで、ブリジットは王宮内に手引きをしてくれる味方がいた方がいいのでは……と戦いや戦略について素人ながらに思うのだが、クロードはとにかく情報が漏れることを畏れている。


 彼は以前からとにかくできるだけ秘密裏に行動することを由としていたようで、それは死神騎士団たちも承知しているようだ。

 死神騎士団がリュートブルグ古城へとやって来たときは彼の指示はなかったものの、周囲に気付かれないようにと旅人や商人に扮してばらばらにやって来て、城の前で集合するとクロードを救出するために門扉を破壊しようとしたのだという。


 そして、この城の周辺に住む者に対しては、クロードが復活したことはもちろん、ここに死神騎士団たちが居ることも隠している。

 元からいる使用人十五人に、騎士団の者たちが加わって格段に食事量も増えた。

 町への買い物はいつも通り使用人たちが担当し、町から城へ来る者の対応も元から城にいた使用人たちにやらせている。


 町へ出掛けた者が、こっそり逃げ出したり、あるいは誰かに手紙を出してクロードのことを伝えたりするのでは、とギーに聞いたら、クロードが復活したと知ってそんな者がいるか、との返答だった。逆らったら死よりも苦しい目に遭うと噂の魔王だぞ、と。クロード本人を見るととてもそうとは思えないのだが、そう畏れている者は多いようだ。


(秘密を明かした方が信頼を得られるようなこともあると思うけれど……。でもきっと、それは私がなにも分かってないからそう考えてしまうだけね)


 一応、クロードの妻という立場でありながらなにも口を挟むことはできない。

 クロードが以前のように戻った今となっては、自分は彼を支えるためにできることなどなにもないと思うと、正体不明の焦燥感に襲われるのだ。


「あの……それからシモンのことは……」


 自分のいとこであり、許しがたい罪を犯したシモン。

 今でも信じられない。全て夢ならばよかったのにと思う。シモンがあんな乱暴なことをするなんて。

 彼は今、この城の地下にあるという牢に閉じ込められていると聞く。


「ああ。あいつが俺に毒を盛った動機や共犯者について一部始終を全て話せば楽なのだが、なにも語らない。思い起こせば、あいつから渡されたワインが始まりだった。南部の肥沃な土壌でつくられた百年前の珍しいワインだと言われ、苦味があったがそういうものだと言われた。あのときは酔っていたし、気付かなかった自分が間抜けだったのだが、そこに毒を入れてあったのだろう。それで身体が動かなくなった。それから薬だと言って飲まされ続けたものは、同じ毒だったのだろう」


 クロードはそのことを悔いるように目を細める。

 彼は国王であり、彼の命を狙っている者はいただろうから毒には警戒していたはずだが、身近な者だと油断があったのかもしれない。


「砒素や他の毒ならば分かったのだが、余程特殊な毒だったらしい」

「砒素が分かるのですか……?」


「ああ、舐めれば分かるだろう。国王なんて身であるので、小さい頃からその辺りのことは教え込まれている。特に俺は城外に出ることも多かったから、そんなときに毒見がいないときもある」


「あの……いえ、私の単なる興味ですので、これは聞くべきではないですね……」


 ブリジットはためらって自分の言葉を引っ込めたのだが。


「実際に砒素を盛られたことがあるかと聞きたいのか? あるな」


 あっさりと答えられたことに衝撃を受ける。我が夫はそんな修羅の中を歩んできた者なのだ。

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