33.幽霊さんの名前
「では、どなたかクロード様を信奉している方に連絡を取ることはできませんか? この城の方は、誰が敵なのか味方なのか分かりませんし……」
「あいつを信奉している者? そんな者はいない」
そうしれっと言って、不敵な笑みを浮かべた。
「いない……とは? そんな、おひとりくらいいらっしゃるのではないでしょうか? クロード様は死神騎士団を率いていて、その騎士団の方々はクロード様に忠誠を誓っていたと聞いております」
「忠誠……そうなのか。よく分からないな。でもまあ、心当たりにこのことを知らせることくらいはできるが」
なんとも頼りない返事である。
しかし考えてみれば、クロードは逆らう者には死を与えるという君主であった。表向きでは彼に従いながら、その実、彼に恨みを抱いた者が多数だったのかもしれない。
「では、お願いします。頼れるのはあなたしかいないのです……」
ブリジットは深々と頭を下げた。
「俺は不思議で仕方がないのだが」
「なにが、ですか?」
「どうしてあいつのことをそこまで助けようとする? 名前だけの妻だろう。あいつと口を利いたこともない、あいつのことなんてなにも知らない」
「それはそうなのですが……」
そう指摘されると口ごもってしまう。
形だけの夫婦……けれどブリジットはクロードと過ごした日々の中に特別な繋がりを感じるようになっていた。それを説明するのは難しい。
「それに、あいつが元のように戻ったら、お前のことなど歯牙にもかけなくなるかもしれないぞ」
「それは……覚悟しております。ただ、私のように毒のせいで自分の人生を奪われるのを、黙って見ていることができないのです」
「ああ、なるほどな。あいつを哀れんでいるわけか」
「哀れみとは違うと思います。ただ、このやり方はあまりにも非道だとは思いませんか? 殺すのならばひとおもいに殺せばいい。それほどの恨みをクロード様はかっていたのかもしれない。でも、こんな真綿で首を絞めるようなやり方は見ていられません」
今もクロードはどんな思いで過ごしているのかと思うと、心が締め付けられる。
今まで自由に動いた手足が動かず、言葉を発することができず、ただ意識だけがあるだけの状態だ。
「そうだな……誰でも尊厳のある死を望む権利はあるはずだ」
彼は肩を竦めてから、真摯な瞳を向けてきた。
「できることはするが、俺ができることなんて僅かだ。あまり期待するな」
「ありがとうございます。……あの、そろそろお名前を聞かせていただいても……」
「そうだな、お前のあまり人に聞かせたくない過去も聞いてしまったわけだし」
「そうです! 私には名前を聞く権利くらいあるはずです。いつまでも幽霊さんと呼び訳にはいけません」
「ギーだ」
「ギー……」
記憶を辿るが心当たりはない。
王族の親戚筋の名前を思い浮かべる。彼の弟の名前はロランで、いとこの名前は……と頭の中で確かめるが該当者はいない。確か、クロードの大叔父の名前がギーだったと思うが、年齢が合わない。
家臣の人たちの名前はよく分からず、死神騎士団の人は、副官の名前しか分からない。それにも該当しない。
シモンかフィリップに聞けばどのような者か分かるかもしれないが、急に彼の名前を出しても怪しまれるだけだろう。
「それではな。……ああ、そうだ。あまり怪しまれることはするな。お前を疑わしく話す声を城内で聞いた」
「疑わしく……森で雑草を摘む、変わった趣味を持つ女、とかでしょうか?」
「それから、どうして名ばかりの王妃がああも献身的にクロードの世話をしているのか。彼の世話をすると言った愛人ですら、五日も経たないうちに音を上げたのに」
「それは……身体が動かなくなる前のクロード様のことを知っていたから、回復が見えない状態に絶望したのでしょうけれど。それはともかく、疑われているならば、気をつけます」
「できれば、夜の徘徊は控えた方がいいな」
「なるほど。ご忠告感謝いたします」
そうしてギーは去り、部屋にひとりなったブリジットはこれからどうなってしまうのだろうと不安を駆り立てられ、とても眠ることなんてできそうもなくなった。
ただ、事態が動いたことは確かである。
それがよい方向に動くことを願いつつ、ブリジットは浅い眠りについた。
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