32.幽霊さんの謎
「……お前、おかしなものをあいつに飲ませているな。あれは一体なんなのだ?」
深夜、ブリジットが珍しく寝台で寝ていると、突然そんな声が降ってきたので慌てて身体を起こした。
見ると、寝台の横に『彼』が立っていた。その姿を見てほっとするのは、我ながらどうかしていると思う。彼が不審者であることは変わりがないのに。
「あ……幽霊さん。女性の寝室に無断で入るなんて失礼では?」
その口調も穏やかだ。とても寝室に侵入者を認めた女性のものではない。
「聞かれていることに答えろ。なにを飲ませているのだ?」
さすがは幽霊さんだと感心する。
あれは誰にも気付かれないようにと部屋でふたりきりになったときにこっそりと飲ませていた。そんな多くを飲ませるのは難しく、またドレスのスカートにこっそりと隠すにも限界があったので、解毒剤の粉末を水で溶いて香水の小瓶に入れて持ち込んでいた。
「なにをと言われても……解毒剤です」
「解毒剤だと?」
彼の眉根に皺がよる。
「安心してください。クロード様に飲ませる前に自分でも飲んでみましたが、なんの問題もありませんでした」
「どうやって手に入れたのだ?」
「自分で作りました」
「自分で作っただと? そんな怪しげなものを飲ませているのか?」
そう疑う気持ちは分かると思ったと共に、やはり彼はクロードの味方ではないかと考えた。もしクロードの命を狙っているのだとしたら、そんな言い方はしないだろう。
「怪しげ……かもしれませんが、私もかつて飲んでいたもので……」
話そうかどうか迷ったが、彼の信頼を得たいのならば自分のことを話したほうがいいと判断して、自分が幼い頃から毒を飲まされていたことを話した。
彼は最初は怪訝な表情をしていて、若い女性によくある妄想だと疑っている様子だったが、ブリジットが整然と語るのを見て、また語ることに辻褄が合っていることが分かってくれたのか、信憑性があると判断したようだ。全てを語り終えた後には僅かに瞳を揺らし、こちらに同情するような表情を浮かべた。
「……なるほど、なかなか大変な人生を送ってきたようだな。ただの病弱で大人しい、御しやすい侯爵家の娘だと思っていたが、違ったらしい」
「ですが……このことはできれば人には秘密にしてください。侍女にも話していない、私の秘密を明かしたのはあなたでふたり目です」
「ひとり目は?」
「……我が夫です」
そういえば、自分の話はクロードの意識があるのかないのか分からない状況のときに話してしまったが、今では彼には意識があり認知能力があると分かっている。急に妻に過去を告白されてどんなふうに思っただろうかと心配になってしまう。
「なるほど。シモンにも話していないのか? 彼は君のいとこだろう?」
「いとことはいえ、そんなに親しいわけではないというか……。もちろん頼りにはしておりますが、頻繁に会ったり、手紙のやり取りをしたりするような仲ではないのです。私はいつも寝たきりの生活をしていたので、幼い頃に一緒に遊んだような思い出があるわけではありません。父とは私よりは頻繁に会っていたようですが。こちらに来てからは話すようになりましたが、シモンがどんな人なのか、実はよく分かっていないのです」
「しかし……シモンはこの婚姻をまとめた者だ。話しておいて然るべきではなかったのか」
「父にも話していないことを?」
「そうか、実の父にも話していないことか」
「ええ、母の名誉にかかわることですので、できれば人に話したくないのです。今回はクロード様に飲ませている解毒剤について聞かれたので、私にやましいことがないことを証明するためにお話しました」
ブリジットが淀みなく語ると、彼は少々考え込んだような様子を見せてから、頷いた。
「なるほど、信頼を得るためか」
「ええ、そうです。あの……あなたも信頼してよい人なのでしょう? クロード様の味方なのでしょう? ならば手を貸してください」
「手を貸す、とは……?」
「クロード様をここから連れ出して、安全な場所に保護するのです。そうすればこっそり隠れて解毒剤を飲ませるようなことをしなくてもいい。私のような、ただ本を読んだだけの知識で解毒を作る者ではなく、ちゃんとした薬師が作った解毒剤を飲ませて、身体に溜まった毒を排出させることができます。そうすればクロード様の身体は元のように動けるようになる可能性はゼロではないかと……」
「連れ出す……ううむ」
彼は顎に手を当てて、なにかを思案するように唸る。
「その……私には頼れる人はいません。ただの無力な女です。ですが、あなたは誰か心当たりが……」
「なくもないが、この状況であいつを連れ出すなんて危険は冒したくないな」
「あいつ……?」
以前から気になっていた。国王に向かってなんて言いようだろう。彼が敵ではないのならば、クロードの配下の者かなにかで、彼のことを気にして城に忍び込んでいるのかとも考えていたが、違うのだろうか。
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