30.クロードへの質問
「……城の中に変な人がいるのよ。長めの黒髪で銀色の瞳で、背が高い人。最初はこのリュートブルグ古城の以前の城主であるデュパール侯爵の息子の幽霊かと思ったの。物置小屋にあった彼の肖像画に似ていたから」
雨上がりの中庭。
ブリジットはいつものようにクロードを車椅子に乗せて連れ出していた。葉に付いた水滴が雲間から降り注ぐ陽光に照らされて輝いている。心地のよい風が吹く、輝やくような午後だ。
「たぶん……敵ではないと思うのだけれど。ああ、でも安心して。あなたのことを詳しくは話していないわ。毒のことは、向こうから気付かれたから仕方がないのだけれど。意志を示せるとか、その辺りのことは話していないわ。彼は、毒のことを調べると言っていたわ。味方……だとは思うのだけれど、どうなのかしら?」
問いかけてみるが、反応はない。彼自身にも判断がつかないのだろうか。せめて名前が分かればよかったのだが。
「でも、もし彼が味方だったら。あなたのことを救うことが本当にできるかもしれない」
すると、彼は二度瞬きした。
彼は味方であるということだろうか。ということは、クロードは彼のことに心当たりがあるということか。
「では、あなたが意思表示ができるということは彼に話しては……」
今度は一度瞬きした。
そこはまだ話すなということか。
クロードが話せればいいのに、ともどかしく思えてしまう。彼の指示があれば、ブリジットだって彼のためにもっと動くことができる。
いや、贅沢を言ってはいけない。彼と意志疎通ができるだけでもずいぶんといいのだ。今まではまるで人形を相手にしているようだった。少しずつ、いい方向へ向かっている。
「私……その幽霊さんに、あなたのことを殺すつもりなのかと言われたわ。まったく逆なのにね」
そして自虐的な笑みを漏らす。
「でもね……もしかしてそうした方がいいと思うこともあるの。こんなことを言ってはあなたは怒ると思うけれど、あなたがこのまま回復して、国王の座に戻って……。そうしたらどうなるかと考えてしまって。あなたの耳にもきっと入っていると思うけれど、とにかくあなたのやり方は乱暴で……何人もの人を処刑したと聞いたわ。自分の意に沿わない者を申し開きの機会も与えずに処刑するような、そんな怖い政治でこの国がどうなってしまうかと考えてしまうの」
それゆえに、クロードは身体を縛められているのだと考えてしまう。そうだとしたら、自分は余計な事をしているのではないか、と。
「それに、元のような生活に戻ったらきっとすぐにあなたは私のことなんて忘れてしまうでしょう……? あなたにはあなたが愛する女性がたくさんいて、その中で私なんて……。病弱で……いえ、今はだいぶ健康になったけれど、特に美しいわけでもないし、話が上手いわけでもない。戦や執務で疲れたあなたを癒やしてあげられるような包容力もないわ。一瞥もされないような道端の雑草と同じ、つまらない女だわ」
そう考えると悲しくなってしまう。
今は一緒に居られる。
しかし王宮に戻るとなったらそうはいかないだろう。ブリジットはここに取り残されてしまうかもしれない。仮にも自分を救った人にそう酷い事をしないと信じたいが、相手はクロード国王なのである。彼の悪評は数限りなくある。その中に、自分を死の淵から救うのに手を貸した妻を、用なしとばかりに捨て置いたという話も加わるかもしれない。
「でも……違うわよね。ごめんなさい、私、自分のことばかり……。誰であろうと、こんなふうに毒によって自由を奪われている状態なんて許されるはずがない、と考えていたはずなのに」
ブリジットは、知らずに目に溜まっていた涙を拭った。
「こんなふうに自由を奪われて……悪魔と恐れられたあなたでも不安で仕方がないはずなのに、ごめんなさい。大丈夫よ、私はあなたを救うと決めたの。今更心を変えたりはしないわ。あなたを縛るものから解放する。安心していいわ、私はなにがあってもあなたの味方だから。私も、同じような目に遭ったことがあるからあなたがどんなに辛い思いをしているか、他の人よりは分かっているつもりよ」
そう言って微笑みかけるが、クロードはなんの反応も示さない。瞬きもしない。
自分が変なことを言ってしまったから機嫌を損ねてしまったのだろう。
ブリジットはクロードの車椅子を押して、中庭をゆっくりとした速度で歩いていった。中庭から見上げる空はどこまで澄み切っていて、歪んだ自分の思いを見透かしているように思えた。
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