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28.幽霊からの詰問

 眠れないことが苦痛だとは知っていたが、このところ今まで以上にそう感じる。


 その理由は眠れないといろいろなことを考えてしまうからだ。特に深夜は、気持ちが後ろ向きになる。自分がやっていることなんてなんの意味もないと思ってしまうのだ。


 しかし、クロードと意志の疎通を取れるようになって、そしてこのところみるみる彼の顔色がよくなってきて、すっかり痩せ細ってしまっていた腕も足にも張りが戻ってきたような気がしていた。それを考えると前進しているように思えるのだ。


 容態が好転しているとなったらなったで、毒を飲ませているはずなのにどうして容態が改善しているのかと怪しまれる可能性があり、それも気が気ではなかった。いつ毒をすり替えていると気付かれてしまうのか。そんな不安に苛まれ、このところブリジットの方が具合を悪くしてしまうことがあった。クロードを救うためにも自分がしっかりしなければならないのに。


 今のところ、侍医はクロードの異変には気付いていないようだった。このところ毎朝の診察に、無理を言って立ち合わせてもらっているので間違いない。何度も立ち合ううちにそもそも彼の診察なんて形だけ、本当に診ているのか怪しいと分かり、それはむしろ幸運に感じた。


 だが、献身的に面倒を見ているフィリップたちは異変に気付いているかもしれない。そう考えると気が気ではなかった。


 そして、その日がとうとうやって来てしまった。


「……お前はなぜ薬をすり替えているのだ?」


 不意にそんなことを聞かれたとき、すっと背中の血の気が引いて、そのまま倒れこんでしまいそうになった。

 ただ、そのことを聞かれた相手は、この人ならばまだましかもしれない……と思われる人物だった。


 ブリジットが深夜徘徊しているときに出会う幽霊だった。

 それは彼のことを初めて見た塔の上の部屋であった。寂しく寒い夜、紺碧の闇の中に三日月が浮かんでいた。誰もいない、と思ってしばらくその部屋で過ごしていたところ、急に背後から話しかけられたのだ。


「ゆ、幽霊さん……どうしてそんなことを?」

「いいから俺の質問に答えろ」


 とらえどころがなくふわふわしている、と思っていた幽霊さんではないような、怖いほどの強い口調だった。

 ブリジットは戸惑い、どう答えていいか分からなくて口ごもってしまった。


「まさか、あまりに退屈な生活にこりごりして、早く夫を殺して自由になりたいなんていう」

「え……まさかそんなこと……」


 思いがけないことを問われ、慌てて首を横に振る。


「では、身体を自由に動かせない夫を哀れに思って、いっそのこと早く楽にさせたいとお命頂戴を狙ったか」

「とんでもないですっ! あれは毒で……私はそれですり替えているだけで」


「……毒? なにを言っている? あれは薬だ。身体を楽にする薬で、高名な薬師が調合したという……」


「クロード様の侍医は、クロード様にはなんの薬を飲ませても無駄だと言っていましたが……それでも薬を飲ませていたのですか?」


 なぜ幽霊がそんなことに詳しいのかと訝しく思いながらも問う。


「あんなヤブ医者のことなんて誰も信頼していない。形だけ付けられている医者だ」

「だから、侍医には言わずに毎夜薬を飲ませていた……?」


 毒を入れたミルクを飲ませている者は、当番を決めて日替わりでやっているようだった。あれは薬だと言われてやっているのかも、ということも考えたことがあったが、やはりそうだったのだろうか。


 では、もしかして本当にあれは薬で、別の毒を誰かが違う時間に飲ませているのだろうか。いや、違う。あの薬をすり替えてからクロードの様子は違ってきている。


「それはさておき、あなたはどうしてそんなことを知っているのですか? もしかして、あなたは幽霊ではないのですか?」


 尋ねるが答えはない。

 彼はなにやら考え込んでいるようで、こちらの声など届いていないようだった。


「幽霊では……ないのですね……」

「そんなことはどうでもいい」

「あまりどうでもよくないのですが……」


 生身の人間だとしたら、彼がクロードにとって味方なのか、敵なのか、それが問題なのである。

 ただ、クロードに毒を盛っているのが彼ではないのは明らかなようだった。


 しかし、クロードの命を狙って城に侵入している暗殺者という可能性はある。あまり気を許してはいけない、とブリジットは気を引き締め直した。


「それより女、あの薬が毒だというのは間違いないのか? お前の妄想ではないのか?」

「そう言われると自信がないのですが……」


「すり替えた薬は、これだな」


 そうして彼がどこからか取り出したのは、ブリジットが暖炉に隠していた薬だった。量が多くなってきたので、少しずつ暖炉にくべて燃やしていた。それの残りだ。


「そうですが……それをどうやって? もしかして私の部屋に入ったのですか?」

「俺は幽霊だからな。どの部屋にも入り放題だ」


 こうして、なんとなくズレた会話をするのは、この世とあの世とでは隔たりがあるからだと思っていたが、もしかして彼の性格なのだろうか。その人間くささに、彼はやはり幽霊ではなかったと確信した。


「女性の部屋に無断で入るなんて……」

「お前こそ夜中に城をあちこち歩き回って……病弱で今にも死にそうな女だと聞いていたが、どうやら違うらしい。おかげでやりづらくて仕方がない」


「やりづらいとは、なにをですか?」

「そんなことはどうでもいいのだ。とにかくこれは俺が預かる。いいか、お前の話が嘘だったらただでは済ませないぞ。それから、俺のことは誰にも話すな。薬のすり替えをバラされたくなかったらな」


 彼はそう言い残して、塔の上の部屋から出て行ってしまった。


 ブリジットはあまりの出来事にぼんやりとその様子を見つめるしかできなかった。一体なんなのだろう、もしかしてこれは夢なのだろうかとほっぺたをつねってみた。


「そういえば……名前も聞かなかったわ……」


 そんな的外れな独り言を呟いてしまった。

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