26.薬売り
自分はとんでもない秘密を知ってしまった。
クロードを中庭から部屋まで送っていってから、部屋では誰が聞いているか分からないので普段どおりに一方的に話しているふうを装い、夕方になって自室に戻ってから衝撃的な出来事に身体が震え、急に怖くなってしまった。
この城にクロードを殺そうとしている『敵』がいる。
しかもひとおもいに殺すのではなく、身体の機能を奪うなんてこんな回りくどいやり方で。
その『敵』は、もしかしてこの城だけではなく、遠くから毒を飲ませるように指示しているのかもしれないと想像する。そう考えると、毎夜クロードに毒を飲ませている複数の人間は、あれは毒ではなく薬だと思わされている可能性もある。むしろそう思いたかったが、油断は禁物である。この城にいる誰もが、クロードを亡き者にしようと企んでいる、と考えた方がいいだろう。
そして、なんの目的でこのようなことをしているのだろうか。
ブリジットは図書室から持って来た薬草学の本に目を落としつつ……その内容はまったく頭に入ってきていないが、じっと考え込んでいた。
彼は国王である。
国内の内戦をおさめ、他国の侵攻を妨げた優れた王であるが、傍若無人で周囲の声を聞かないという噂は庶民でも知っていることだ。これから国を治めていくにあたって不安を抱えている者がいるのかもしれない。事実、ずっと家に引きこもっていたブリジットでも、そんな声を聞いたことがあった。クロード国王はとにかく自分に刃向かうものは許さず、そんな者はことごとく粛清されてきたと聞いた。国を纏め上げるというより、独裁者になるのではないかという危惧があると。
そんな彼を暗殺、という形ではなく、戦のために負った傷で亡くなったことにする。そして彼がまだ王座に居る間に次期国王の政治の場を整える……そんな企みではないかと思いつくと、それ以外にないように思えた。
(でも……本当にそんな目的だとして、人の身体の自由を奪うなんて非人道的なこと許せないわ。もしかして、これからの国のことを考えて、なんて大義名分があるのかもしれないけれど、そんなこと……)
クロードに毒を与えている者の目的はともかく、そんなことはさせないという決意を固める。確かにクロード国王の悪評はあれこれ聞く。これから彼が治める国がどんなふうになるかという漠然とした不安が、この国の国民のひとりとしていないといえば嘘になる。
しかし自分は彼の妻であり、自分自身も長く毒を盛られ、苦しんできた身である。なんとしてもクロードの自由を取り戻したい。
(でも、私に出来るかしら……? このまま毒を小麦粉とすり替え続けて……それが露見したらきっと私の命はないわ。二十歳まで生きられるか分からないと評判の私だもの。急に死んだとしても、誰も……お父様ですら、怪しむことはないでしょうね。こっそり食事に毒を入れられてしまうかもしれない)
身の危険を感じるが、しかしそれでもクロードに毒を飲ませている人物を見逃すわけにはいかない。
そしてふと、あの毒はどうやって手に入れているのかと考えた。
人の身体の機能を麻痺させる毒……そんな毒があるとは聞いたことがなかった。薬や毒に関する本は何冊か読んでいたが、少なくともそこには書かれていなかった。
自分も毒を与えられ続けた身として、毒のことはあれこれ調べた。自分が飲ませられた毒は植物の根から作られた毒を薄めたものだろうと予想はできた。それが内臓の機能不全を起こさせていたのだ。だから食べ物を受け付けず、血の巡りも悪く常に青白い顔をしていたのだろう。そして死んでしまわないように量を調整されていた。殺さないように生かされていた……その事実を知り、気持ちのもっていきように悩んだものだった。どうしてこんな酷い事をしたのかと、怒りをぶつけるべき相手である母はもう死んでいた。母を憎みたかったが、献身的に面倒をみてくれていた姿を思い出すと、責めきれないという思いがあった。
母は出入りの薬師から毒を仕入れていたようだった。その者の姿を、遠目からだったが、何度か見たことがあった。灰褐色の外套を着てそこから出る手は驚くほど細く、目深にフードを被って人目を避けているようだった。どうしてそのような者と伯爵家の妻である母が話しているのかと不思議でよく憶えている。裏門の辺りで、人目を気にしてなにやら話しているのを見かけたことがあるのだ。きっと見てはいけないものだと思い、ブリジットは誰にもその人物のことを話さなかったが、今思えばそれを誰かに話していたら、母の罪を彼女が生きているうちに白日の下に晒すことができていたかもしれない。
読んでいるようで読んでいない本の字が見えなくなって、不意に周囲が暗くなっていることに気付いて違和感を覚える。
夕暮れ前にはエリーズがやって来て部屋のランプに火を灯し、そして食事の用意ができたと告げるのに。今日はなにかあったのか不意に疑問に思い、ブリジットは部屋から出た。
そういえば、王妃であるはずの自分に侍女がエリーズだけというのは、充分ではあるのだが、普通に考えればおかしいことだろう。そのことさえ、秘密で行われている国王に毒を盛るという行為を、できるだけ人目に晒したくないから、と考えてしまう。
ブリジットは三階にあるから自室から一階へと下りていった。その間、誰にも出くわさなかったのもおかしなことである。こんな広い城なのに人が少なすぎる。
そうして貯蔵庫の辺りに差し掛かったとき、誰かが声を潜めて話しているところに出くわした。
反射的に近くの小部屋に入り、そして話している人物を見て、ブリジットは思わず息を呑んだ。
灰褐色の外套を着て目深にフードを被っている。
それは恐らくはブリジットが飲まされていた毒を母に渡していた人物……。いや、そんなはずないとその可能性を却下した。ブリジットの実家がある王都郊外からリュートブルグ古城とはかなり離れているし、同じような外套を纏っているというだけだ。ブリジットはその者の顔も知らない。雰囲気や仕草が似ているというだけの話だ。
しかし、そんな怪しげな毒を売って歩く者がそんなたくさん居るだろうかとも考えた。
気付かれてはいけない、とブリジットはその者を見るのはやめて小屋に入って物陰に身を潜め、彼らの会話が聞こえてこないかと耳を澄ました。しかし、聞こえてくるのはかすかな、かさかさという物音だけだ。あれは例の薬をやり取りしているのではないか、というふうに思うのは考えすぎなのだろうか。
その外套の人物とやり取りしている人物を確かめたいと思ったが、どうやらそれは難しそうだった。用事は済んだとばかりにさっさと立ち去っていく足音が響いてきた。
足音がすっかり聞こえなくなってから、ブリジットはほうっと息をついて、石の床に座り込んでしまった。
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