25.思いがけない好転
変化が現れたのはそれから三日目のことだった。
クロードの瞳に僅かな光が戻ったような気がした……いや、回復を期待する自分の気のせいかもしれない。
その日はとても天気がよく、風が気持ちよかったのでクロードを車椅子に乗せてもらい、ふたりで中庭へと出て行った。
クロードにはやっとのことで出来上がったキルトのひざ掛けをかけていた。
初めてにしては上出来だと思えるものだった。白に青い草花の模様が入った生地で作ったキルトで、膝から足首までを覆ってくれる大きさだった。少しだけ自分で使ってみたがとても温かく、少し肌寒いと感じるときにぴったりだと思った。少し端の糸の始末が甘かったが、それは次に作るときの課題にしよう。
彼がもし動けたとしたら、こんな不恰好なひざ掛けなど、と鼻で笑われて払いのけられたかもしれない。そう思うと、今はクロードが動けなくてよかったかもしれないと思うのだ。
「……ここまで来れば、私がなにを話しても聞こえないわよね」
見上げた塀の見張り台の上には警備兵がいるが、ブリジットとクロードの姿は確認できても、その声までは届かないだろう。
「私は、やはりあなたは毒を飲まされていたと思うのだけれど、体調は少しは回復した? と聞いても答えられないわよね?」
瞳に輝きがあるような気がしたが、表情はやはり変わらない。
「私が身体をあれこれ動かしたり、血の巡りがよくなるようにさすったりしたから、赤紫になっていた部分はだいぶなくなってきたし、足の動きも手の動きもよくなった気はするけれど……自分の意志で動かせないのならばやはり無駄だったのかしらね」
大きくため息を吐きつつ、ふと、クロードが瞬きをしたのが目に入った。
これは毒を絶ってからの変化ではなく、今までもあったものだ。
手足は動かせないけれど、もしかして動かせないのは首から下だけで……と考えるが表情も作れないし話すことはできないから、と、その辺りはよく分からなかった。
「……そうだ、瞬きはできるんだもの。もしあなたが意識を持っていたら、瞬きすることで自分の意志を示せるかもしれない」
いや、そんな都合のいいことと、と考える。でも、もしかしてと予感の元に、駄目で元々……と語りかける。
「あのね、試しに二度瞬きして……なんてできないかしら?」
まさか、と思った。なんの期待もなく、ふとした思い付きで言っただけだった。
だが、彼の瞼は、二回、確かに瞬きしたのだ。
驚きのあまり、その場で飛び上がりそうになってしまった。
こちらの声が彼に届いている……!
胸の奥から熱い涙がこみ上げてきたが、それを必死で耐えて、周囲の様子を窺い、声を潜める。
「意識は……あるのね? 自分がどんな状況にあるのか分かっているのね?」
二回、瞬きした。
今度こそ間違いない。彼は自分の意志を示すことができるのだ。
彼は生きているのだ、いくら身体を動かせないとしても、ということを改めて感じた。
それが分かったことが嬉しくて、歓喜に打ち震えて叫びたいような気持ちになる。国中の人にこのことを知らせて歩きたいような衝動に駆られるが、もちろんそれはいけない。彼が意志を示せることは秘密にしておいた方がいい。
「私は……あなたが戦で負った傷ではなく、誰かに毒を飲まされ続けているせいで身体が動かなくなっているのだと思うのだけれど……どうかしら?」
二回瞬きした。
彼自身も毒のせいだと思っているのだ。ならばもう間違いない。誰かの陰謀で、意図的に、クロードは身体を動かせなくさせられている。
「それが誰の仕業なのか、は分かる?」
瞬きはない。誰の仕業なのかは分かっていないようだった。
それから……とあれこれ聞きたいことはたくさんあった。
今まで意志の疎通なんてできないと思っていたのに、まさかこんな方法があったなんて。
でも、その喜びのあまりあまりあれこれ聞きすぎてはいけないと自制した。慎重にならなければならない。そして、なによりこれは先に聞かなければならなければいけないということに気がついた。
「……このこと……あなたが意志を示すことができるということ……誰にも内緒にした方がいいわね」
誰にも、と言うのは違うかなと躊躇った。ここには元々彼の配下であり、信頼を寄せられる人物が何人かいるはずだ。
しかし、彼は間髪入れずに二回瞬きした。
「そう……分かったわ。当分の間、少なくともあなたに毒を飲ませている人が誰か……正確にはそう指示しているのが誰か分かるまではこのことは他言無用とするわね。大丈夫、私は口が堅い方だから安心して」
そして、二回瞬き。
それは自分を信頼していると言われているような気がして嬉しくなってしまった。
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