22.この城で行われていること
「……今日はクロード様のお部屋にはいらっしゃらないのですか?」
朝食後の時間を自室で過ごしていると、エリーズが声を掛けてきた。そういえば、いつもならばクロードの部屋に行っている時間である。
「今日は……少し気分が優れなくて」
「まあ、いけません! 持病が悪化されたのでは? お医者さまを呼んで……」
そして呼ばれて来るのはクロードの侍医だろう。彼とはあまり顔をあわせたくないし、しかも病気のために気分が優れないわけではない。
「いえ、大丈夫よ」
「そうおっしゃらずに。私たち使用人が体調が悪いと言っても診てもくれないような高慢な医師ですが、ブリジット様ならば別でしょう」
確かに王宮付きの医師であったならば、使用人たちの診察などしたくないと思うかもしれない。しかし、医師という職業なのだから体調が悪い人がいたらそれが誰であっても診てくれればよいのにと思う。こんな寂しい、近くの街までは離れた場所にある城であるならば、余計に、である。
「いえ、本当に大丈夫。きっと疲れているだけだと思うわ」
「そうですか、それはよろしゅうございましたが……。では、今日は一日部屋でゆっくりされてください。なにか温かい飲み物でもお持ちしましょうか?」
「ええ、お願い」
エリーズは笑顔で頷いて、部屋を出て行ってしまった。
ブリジットは今まで座っていた窓際の椅子を離れて、暖炉の近くにしゃがみ込んだ。
昨夜のあれは一体なんだったのだろうか。
あの後、しばらくしてからようやく決意して天井の通路を戻り、クロードの部屋に行ってみた。もしかして彼はもう死んでしまっているかもしれないと畏れ、確かめるのを躊躇ったが、なんとか勇気を振り絞って彼の部屋にこっそり忍び込んだ。
そして確かめたが、彼はいつものようになんの反応も示さなかったが、触れた身体は温かく、脈も打っていた。
ほっと胸を撫で下ろし、そのまま部屋に戻ったのだが、もしかしたら遅延製の毒かもしれないと思いついて、朝が来るのが怖くなった。今にも部屋の扉を開けて、クロードの訃報を知らせがもたされられると畏れたからだ。だが、今のところそんな知らせはない。
毒でなかったら、薬……だったのだろうか。
しかし、あんな深夜に、こっそりと?
毒だとしたら、それほど強くない毒で……少しずつ身体を蝕むような……?
そうだ、クロードは国王なのだ。長く苦しませたくないという思いがあったとしても、誰かが毒殺したとなると大事になる。だから気付かれないように少しずつ毒を盛っている?
そう考えると、まるでかつての自分のようだと苦々しい思いになった。
なににしても、ミルクに混ぜていたあれはなんなのか、確かめなければならない。そして、あれは夜な夜な行われていることなのか。
自分の知らないところでなにかが行われている。
その気配に胸が痛くなる。あれがただの薬だったらいいのだが……。しかし、医師はクロードのことをもうどうしようもないと言っていた。王宮の医師も匙を投げたのだという。そんな彼になんの薬を飲ませているのか疑問だ。
ブリジットは暖炉の炎を見つめながら、あれこれと考えを巡らせた。
誰かに相談できればいいのにと思うが、こんなこと誰にも話せない。エリーズにも無理だ。彼女のことは信頼しているが、主人が奇妙なことを言い出したら、他の誰かに相談してしまうかもしれない。そして、なにかあったときに彼女を巻き込んでしまうかもしれない可能性もある。
そんなことを考えていたとき、エリーズが紅茶のポットと茶器を持って部屋に入っていた。テーブルの上にそれを並べていく。
「さあ、こちらにいらしてお茶をどうぞ。一緒になにかお召し上がりになりますか? 先ほど給仕に聞きましたが、朝食も残されたそうですね」
「紅茶だけで充分よ、ありがとう」
ブリジットは立ち上がり、紅茶が用意されたテーブルの前の椅子に腰掛けた。
「やはり医師を呼びましょうか?」
「いいえ、そんな大袈裟なことではないの。そうね、よくあることなのよ。自分の身体のことはよく知っているから大丈夫よ。このままだと悪化してしまうかもしれないから、それで大事を取って休んでいるの」
「そうでしたか。それならよかったです」
ほっとしたような表情を見せるエリーズならば、昨夜の出来事を話してもいいかと思ってしまうが、いや、考えてみればここは王宮ではないが国王がいる場所なのだ。どんな企みを持った者がいるか分からない。信じたくないが、もしかしてエリーズもそうかもしれない。そう考えると、自分は今まで随分と呑気に過ごしていたなと思うのだ。
「あのね、夫婦で寝室が分かれているのはおかしいと思わない?」
尋ねると、エリーズはとても奇妙な表情となった。
「なぜ急にそんなことをおっしゃるのですか……?」
「そうね、急に気になったのよ」
「クロード陛下はご病気なのですから、寝室は分かれていてもおかしくないかと思います。それに、寝室を共にする夫婦ばかりではありあませんわ」
「そうかもしれないわ。でも……そうね、急に気付いたの。クロード様はいつお隠れになるか分からない状態だわ。だから、できるだけお側にいたい、と」
「クロード陛下のこと、お好きになったのですね?」
まさかそんなことを言われるとは思っておらず、ブリジットの心は大きく動揺した。それが顔に出てしまったのかもしれない。エリーズはなんだか憂いを帯びた笑みを浮かべた。
(私が、クロード様のことを……? そんなこと考えてみたこともなかったわ)
そう思いつつ、心は早鐘を打つ。




