21.深夜の密事
考え事が多いせいか、このところ夜は一睡もできなくなってしまっていた。今までは夜明けに近づくと少しは寝ることができたのに。
ブリジットは今夜も城の中をふらふらと歩き回っていた。
そういえばあれ以来幽霊を見ていない。エリーズに幽霊のことをそれとなく聞いてみたら、怖い事を言わないで下さいよと言葉を遮られた。どうやら彼女はその手の話は苦手のようだ。そして、相変わらずエリーズ以外にまともに話せる人がこの城内にはいなかった。シモンとは先の一件以来気まずくなってしまい、必要最低限以外のことは話せなくなっていた。
(あの幽霊は、やはりこの城のかつての当主の息子だろうと思えるわ。物置で見つけた肖像画の雰囲気に似ていたもの)
今度彼と会ったら、死ぬとはどういうことなのか、あの世とはどういうものなのかを聞いてみたいと思った。ブリジットには悪霊に悪さをされるとかそんな畏れは頭になかった。
こうして幽霊を探している歩いているが、彼が現れるような気配はなかった。
念のため、賊だったかもしれないという可能性を考えて、警備兵にこの城の警備体制について尋ねてみたが、少しの隙もなく、ねずみ一匹だって侵入するのは不可能だと言われた。
屈強な彼らの言葉を信用とするとしたら、この城にそう何度も侵入するのは難しいだろう。秘密の通路を熟知してしまったブリジットも、城のあちこちへ続く通路は知っているが、城の外への通路は表門へ続くものしかないのだ。正確に言えば、かつて使われていたと思われる通路はあったが、それは塞がれてしまっていてそこから出入りするのは不可能だ。この城に入るためには、表門から入るが、あの高い塀をよじ登るしかない。
ということで、ブリジットの中で彼は幽霊に決定した。
幽霊が出るのは夜半過ぎだろうか。月のない夜の方が出やすいかもしれない。生憎今日は三日月だから、今日会える可能性は低いかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、ふとクロードの部屋の方から明かりが漏れているのに気付いた。
こんな時間に誰だろう。
それを確かめるためにブリジットは階段室へと向かい、階段の中ほどの壁にある秘密の通路を入った。
ここから入るとちょうどクロードの部屋の天井に出るのだ。狭く高さがない通路で、腹ばいにならないと進めない。だからこの前入ったときには途中で諦めたのだが、今夜はクロードの部屋に誰が居るのか気になったのだ。
埃だらけの通路である、ドレスが汚れたことを後でエリーズに咎められるだろうかと思いながら進み、クロードの部屋の辺りまでたどり着いた。そこに空いている穴から光が漏れていたので、その穴から部屋を覗きこむ。
ちょうどクロードが寝ている寝台の辺りが見えた。誰か居ることは分かったが、それが誰なのかは分からず、その手許だけが見えた。
寝台の袖机にはミルクが置かれていた。
そしてその人物は紙包みを取り出して、その中身をミルクへと混ぜた。
(ま、まさか毒……)
そう思うと畏れに身体が固まって、動けなくなってしまった。額からだらだらと汗が噴き出すのに、身体は冷たくなっていく。
そしてその人物はクロードにそのミルクを飲ませているようだった。なんてことをするのか、と今すぐ出て行って止めたい気持ちだったが、手も足も震えて、声も上げられない。こんなことをしていられないのに、と思うが、まるで自分の身体が自分のものではないようだった。
そしてふと思い出したのは、シモンの昼間の言葉だった。クロード陛下を早く楽に……まさか彼が毒を飲ませて、クロードの命を奪おうとしているのだろうか。医師は、今のクロードにはなんの薬も無駄だと言っていたから、薬は飲ませていないのだろうと推察できる。
ブリジットは瞳をぎゅっと閉じて、その時間をやり過ごしていた。
ふと物音がしたと思って見ると、誰かがミルクの器を手にしていた。それから扉が閉まる音が響き、部屋にあった明かりも遠ざかっていった。
クロードは死んでしまったのだろうか。
ブリジットはしばらくその場に留まり、声を上げることもできず、暗闇の中をただ震えていた。




